1-3 勾引

 識くんを雨風に晒したまま、私だけ屋根の下て眠るなんて事が出来る訳が無い。良心の呵責に耐えられず、お世辞にも綺麗とは言えないが、ここ数日の間識くんを私の自宅に連れて帰っている。雨風を凌げるなら、とは思ったが我ながら飛んだだと、穴があるなら入りたくなってしまう。


 そんな私に識くんが告げたのは、更なる『しでかし』だった。

「あの……今日まで言い出しにくかったんですけどその……神様が寝床が無いみたいなんです。神棚って────」

 しまった。彼に憑く神様の分まで考えてはいなかった。私の家には仏壇も神棚も、礼拝堂の様なものも無い。……悩んだ末に、私はホームセンターに買いに行く事にした。時刻は午後7時を少し回った所……男の子を一人家に置いていくのは気が引けたが、時間が時間という事もあり連れ回す訳にも行かないだろう。

「あの……神様?もし識くんが危険な目に遭いそうになったら護ってあげてよ?」

「……」

 神様は言葉を発しなかったが、はっきりと『言われなくてもやるさ』という決意を抱いた眼差しで頷いた。私も『よし』と頷き、識くんの見送りでホームセンターまでママチャリを漕ぎ出した。




 僕は他人の家に初めて上がったものだからどうも落ち着かなかった。部屋に無数にある書籍やメモ書き、どれもが新鮮に映る。『江戸異聞青春譚・魔球まきゅう宗兵衛しゅうへえ録画!!』『ボールペンのストック補充』……特に素敵な内容という訳では無いのだが、その一つ一つを見るだけで少し楽しく時間を潰す事が出来た。余談ではあるが、僕の一番のお気に入りのメモ書きは『1人でも覚えていれば幻想は不滅。まだ死なせない』だ。

 ……乃恋さんはきっと、あまり表に出さないだけで辛い思いをし続けた人なんだろう。オカルトや幻想的なものを排斥したこの世界で1人、そんな世界の流れに逆らって生きてきた。大学教授だったお祖父さんの影響も大きいのだろうが、乃恋さん自身もまた自分に暗示を掛けて誤魔化しているのかも知れない。少なくとも彼女と初めて会ってから数日、あの人の事が怖くなるくらいには内面が見えない。僕も内心を曝け出して良いのか分からないから、模範的な受け答えしか出来ずにいた。

 ……だから僕は、悪い気もしながら、彼女を試す事にした。




「ふぃ〜、識くんただいまぁ……」

 私が帰って来た時、家の中に識くんの姿は見当たらなかった。見守りを託したはずの神様は頭を抱えて部屋の隅で小さくなっている。まさか。

「神様……識くんは?怒らないから教えて」

「……!!」

 神様は死人同様みたいなので、身振り手振り、更には紙芝居をして大まかな事を教えてくれた。

 ……実は識くんは生まれ持った【老若男女、どんな神様にも例外無く好かれる】という特殊体質があり、放っておくと神様にかどわかされてしまうのだという。

 そうなるのを防ぐ為に【護衛】の力を司るこの神様をわざと憑依させ、他の神様からの干渉をこれまで防いで来たんだとか。

 だが、その体質に目を付け、良からぬ事に利用すると考えた者がいるらしく、識くんと神様はあの奥まった祠で身を潜めていた。境内は結界で外界の干渉をより強固に防げるからだ。

 そこに私が来た。神様は識くんを敵や他の神様から守るのが仕事であって、無理に閉じ込める事は仕事では無いから、外に出る意思を識くんが示せば最後、それを止める事は神様の性質上出来ないのだとか。かくして結界の外に出て来た訳だが、同時に識くんを狙っていた者に所在がバレ、私が識くんから離れたのを見計らって侵入、神様を『少年を守りたいのなら逆らうべからず。動かず、四半刻の間沈黙せよ』と言霊で呪縛をかけ無力化し、易々と識くんを連れ去ってしまったらしい。

 識くん狙いの住居侵入とあって金品の盗難は無く(盗む様な貴重品も無いが)、神様もまだあと10分ほど神としての力を使えないらしい。さてどうしたものか……。

「……とりあえず、ありったけの能力で誘拐犯をぶちのめす。カチコミじゃァッ!!」

「ちょっと待って下さいっっ!!」

 …………へ?

 連れ去られたはずの識くんがピンピンした状態で目の前にいる。

「ごめんなさい乃恋さん!本当に信じて良いのか、貴女の考えがどんなか、ちょっと気になっただけなんです!誘拐は真っ赤な嘘なんです、法螺ホラ、ガセ、戯言ざれごとなんです……!」

「……嘘で良かった」

「え……」

「嘘じゃなかったら私、本当に誘拐犯ボコボコにしに行くところだったよ。趣味の関係とこのご時世の都合、現代で最強の霊媒師は私だからね。『胡散臭い』って他にやる人いないから。……怖がらせちゃったね。ごめん」

 私は、私の鬼の様な形相を見て怯えた識くんの頭を撫でる。最初こそ肩が震えていたが、そのうち落ち着いて、感情の落差で疲れたのかそのまま私の膝にちょこんと乗ったまま眠りに落ちてしまった。

「……神様、私たちももう寝ようか」

「……」

 神様は首肯うなずき、私の代わりに識くんを布団まで抱きかかえて運んでくれた。私も布団に潜り、もう一度神様の方を見て、

「おやすみなさい」

 と告げた。

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