1-2 一縷

 調べ始めて3日ほどが経った。依然として『徒利継島』の情報は何も無い。今日もこのままに身が入らず終わってしまうのか────漠然とそう思っていた時だった。

「あっ十束川教授、何か資料が落ちました」

「あぁ有難う。って私は教授じゃないってば。……わざわざ苗字呼びしなくても、普通に乃恋で構わないよ?」

 少々ルーズ気味のセミロングの茶髪をやや内巻きにおろし、親切に私のダサい部分を指摘してきた彼女こそ、私の話を真面目に聞いてくれる数少ない風変わりな女子大生、五十嵐いがらし三六六こよみである。『スレンダーマン』を可愛いと評し、カバンに付けたストラップは勾玉という、私から見ても中々キマってる感じの子だ。しかし当人は至って真面目で、頭髪を染めるでも無し、華美な服装をしてくるでも無し、大学で謳歌出来るはずの自由を享受しようとはせず、かなり真剣に私の話を講義としてわざわざ書店まで受けてに来ている様なのだ。私が言うのも変な話だがちょっと心配になる。

 とはいえ彼女は学業に心配は無く、高校から継続しているバドミントンでは、かつて参加した高体連シングルスは全国ベスト16、ダブルスでもベスト8を獲るレベルの結構な実力者らしい。私も彼女の大学進学後、どうしてもと頼まれた為チラッと練習風景を覗きに行った事があったが、試合中の彼女の気迫は尋常では無い。鬼気迫る、というより『鬼そのものが憑依しているのか』と思わされるほどの覇気が、軽く10メートルは離れているはずの私にですら肌がひりつくほどに伝わってくるのだ。ネット越し数メートルも離れていない対戦相手なら、ず以てひとたまりも無いだろう。

「『徒利継島』……?」

「もしかして五十嵐さんは聞いた事、あったりする?」

「うーん、無いですねぇ……」

 希望の穂先に実ったのは落胆だった。もしかしたら知ってるかも、なんていう甘い期待を抱いた私が悪いのだが。

「……そうそう、教授。この後空いてます?」




 それから70分ほど後(『授業』は一コマ90分と三三六ちゃんから指定されている)、終了の号令を掛けた私は五十嵐さんと共に識くんの元へ向かった。

「まぁさっきの資料はね、その子がどうしても行きたいと言っていたから調べていたんだ。私自身、すごく興味あるし」

「あっ、それがあの男の子ですか?」

 彼は窓際の読書スペースで、鈍器として使うにも骨が折れそうなほどの厚い本を読んでしっかり言いつけを守ってくれていた。

「あっ乃恋さん、お帰りなさい」

「大分待たせちゃったねぇ。で、めぼしい物は何かあったかな?」

「残念ながらまだ何も……」

 しょんぼりして厚い本を閉じる。『消滅した市町村・集落大全』と銘打たれたものだったが、収穫は無しか。これはやはり調べるポイントを見直し再構築する必要がありそうである。

「ところで僕、名前なんて言うの?」

「…… しるしっていいます」

「よろしくね識くん。私は五十嵐いがらし三六六こよみ、十束川教授の生徒」

「だから、私は教授じゃないって」

 五十嵐さんは識くんを見て近所の子供程度にしか思っていないのだろう。識くんの後ろで浮遊している神様に気付く様子も無し、単純にあどけない少年に癒されている様だ。

「そうだ教授、さっきのあの資料────」

「……どうしたのそんな真剣な顔して」

「私さっき嘘言っちゃったんですよぅ、実はちょっとだけ心当たりアリです。【徒利継島】の事」

「「それは本当!!?」」

 識くんと私の声が見事にシンクロした。五十嵐さんは『ぷっ』と吹き出して笑うのを堪えている。

「そんな漫画みたいなカブリってあるんですねぇ!」

 ここが静寂を求められる書店で無ければ彼女は抱腹絶倒していた事だろう。ゼェゼェ言いながら目に笑い泣きの涙を貯め、ようやく捻り出した言葉がそれだった。そこまで面白いものなのだろうか……彼女のツボは私には理解し難い。

「教授、もしかして識くんにゾッコンなんですか?」

「なっ……!」

「大丈夫ですよ教授。私これでも隠し事は上手いんです……証明は出来ませんけど」

「何も無いから!」

 変な反応をして五十嵐さんはまた笑った。私は五十嵐さんから徒利継島の情報を貰う事にした。

「徒利継島の話は番村つがむらのお爺さんから聞いたんです。知ってますか、生戸おべ浜に住んでる船好きのご老人」

「あー……私も知ってはいるよ。あの人番村って言うのかぁ」

「その番村のお爺さんが、小さい頃徒利継島に行った事があるって。訪ねてみたら良い情報が手に入るかも」

「聞いてみるもんだなぁ……」

 私は一縷の光を、番村というお爺さんに見出した。徒利継島に神様を帰すという識の願いを、私は無事に叶えられるのだろうか。

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