第1話 少年と変人

1-1 苦戦

「────着いた。ここが僕のおうちだよ、お姉さん」

「うわぁ……」

 そこは古びた祠と、それを祀る為に整備されながらも苔生した石段、人工物と自然が絶妙な塩梅で調和した美しい空間だった。

 ……だが、少年が住めそうな家屋は無い。一体この子は何者なのだ……?

「そういえばまだ自己紹介して無かった……僕はシルシって言います。のしきの字でシルシって読むらしいです」

 少年の名前はシルシと言うらしい。あまり聴き慣れない名前だが、正しく強い思いがそこにあるなら、多少風変わりな名前でも私はアリだと思っている。私の知人の中にも変わった名前の子いるし。『三六六こよみ』とか『甘薫花バニラ』とか……。

「私は十束川 乃恋。櫻宮おうみや書店でアルバイトをやってる三十路のおばさん」

「……もしかして十束川さん、知り合いに妖怪とか神様に詳しい人いません?」

「……正に私自身がそこそこ詳しいけど。どうかしたの?」

「────っ」

 泣きじゃくり始めた識の言葉にただならぬ気配を感じた乃恋は、着ている白衣のポケット……その中にある御札に手を伸ばす。

 実は彼女、祖父から除霊のやり方も教わっていた。幼い頃祖父の真似事をして研究まがいの事をしようと廃屋に立ち入った時に起こった『事件』がきっかけなのだが、これはまたの機会に取っておこう。

「誰にも僕のこと言わないって、約束出来ますか────?」

「私は君の味方だよ」

 乃恋はそう言った途端、識の背後が揺らめいたのを見た。そしてそこに、はっきりと見知らぬ誰かが現れたのをしっかりと見た。

「これは僕に憑いた神様。小さい頃からずっと一緒なんです」

「……え?」

「この神様は帰る場所を見失っちゃったんです。【徒利継とりつく島】って言うらしいんですが、地図にはそんな場所ありません」

「……神様?」

「だから十束川さん、力不足の僕の代わりに、この神様を元いた場所に戻してあげて欲しいんです……十束川さん?」

 私は衝撃度の高い話や物事を理解するのが遅い。今回はとりわけ、非現実的要素が多すぎて頭が回りきらなかったが故の反応の遅さだった。神様、地図に無い島、そしてそれを当然の如く語る少年────私が幻想を発掘する趣味に目覚めてそれなりに月日が経つが、ここまで幻想然とした、れっきとした幻想の体相をした事象に鉢合うのは初めてだったのだ。

「力不足かも知れないけれど、尽力するのを約束するよ。何せ私は独自とはいえ、【失われた幻想】を探す為の学問を学んでいるんだからね」


 啖呵を切ったからには、私は幼気な少年との約束を守らざるを得なくなった。情報が極めて乏しい中、『何故その島は地図に載らないのか』『本当にその島は実在するのか』の二つを調べる為、国土地理院に頼ってみる事にした。恐らく、ここに無ければまた別の筋を当たる他無いからである。

 ────私の予想は的中していた。どの年代を、どの地域を探しても『徒利継島』なんていう島は無く、私は市役所やら大学やらにも問い合わせてみる。他のオカルト系学問の専攻なら何か知っているかも知れないと思ったからだ。

 ……結果から言うなら、てんで話にならなかった。『その島の話は流石に虚構だ』『大手の情報筋で、少なくともその島の話題は見たことが無い』との事である。どうして誰も知らないのか、或いはあの少年が何がしかのトリックで偽の神様を出現させて法螺を吹いたのか、私にはとうとう分からなくなってしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る