第180話 ブルースクリーン

最奥の部屋へと入ると、そこにはうっすらとした瘴気が漂っていた。

私たちが見たゾンビは片付いているっぽく奥へと進むと、その先には……


「ぐっ……、何者だ……」


「私だ。カーネリアン」


 シルバリオ様の威厳のある声が響き、ドラゴンゾンビと化してしまったカーネリアン様が振り向く。


「お、おおお……。シルバリオ……我が我で無くなる前に会えようとは……。このような醜態を晒す我を許してくれ……」


「カーネリアン。死霊と化そうとも、気高き竜としての心を保っているのだ。醜態であろうはずがない」


「その……言葉だけで……報われる」


 そう答えるカーネリアン様だが、ルナリア様に気付いてない? もう目も見えていないのかな……

 と、凛とした声が響く。


「カーネリアン」


「ル、ルナリア様!?」


「あなたの最後を看取りに来ました。心置きなく逝きなさい……」


 その言葉にカーネリアン様が頭を地につける。

 竜の序列みたいなものがやっぱりあるんだろうか。まあ白竜姫って呼ばれるぐらいルナリア様は偉いんだろう。


「ありがたき……ありがたきお言葉……」


 その返事を聞いたルナリア様がシルバリオ様を見、そして私に視線を寄越す。


「ミシャ、お願いするわ。何かあっても大丈夫なように、シルバリオ」


「はっ!」


 そう答えるとともに、銀竜の姿へと戻ったシルバリオ様。

 もし、カーネリアン様が正気を失ったら、いつでも押さえ込むということなんだろう。

 すっごく助かります……


「わかりました。クロスケ、力を貸してね」


「ワフ」


 大きく深呼吸してから一歩前へと進む。

 目の前のカーネリアン様は……やっぱり大きい。けど、側にシルバリオ様が控えてくれてるので、恐怖心はない。


「始めます」


月白げっぱく神様。緋竜カーネリアン様に安らぎの浄化をお願いします』


 私の日本語?が聖霊に届き、辺りに白い光が溢れる。

 それがカーネリアン様へと届くと、


「礼を言う、娘よ。我は……竜として……逝ける……」


 ドス黒く染まっていた皮膚が綺麗な緋色を取り戻していく様子を見る限り、浄化はちゃんと行われているみたい。

 問題はどれくらい魔素を使うかだけど……クロスケもいるし大丈夫そうかな?


「シルバリオ……、また、竜の都で会おう……」


 最後まで浄化が行き届いたところで、カーネリアン様が最期の言葉を発した。


『また竜に生まれ変わって、シルバリオ様に会えるようお願いします』


 思わずそうお願いしてしまう。

 できるかどうかわからないけど、私だってまたこの世界に生まれ変わるなら、ルルやディーの側がいい。日本に生まれ変わるなら真琴ちゃんに会いたい……


 浄化の光が治り始め、問題なく終わりそうと思った瞬間!


『コ、ノトキ、ヲ、マッテイタ……』


 大気を揺るがすような重低音の声が響き、カーネリアン様の口から漆黒の魔素が溢れ始める。

 え、ちょ、これ……何!?


「何者だ!」


 私を庇うようにその漆黒の魔素と対峙するシルバリオ様。

 それはありがたいんだけど、浄化の光がその漆黒の魔素で打ち消されるのか、すごい勢いで魔素を消耗していってやばい!


『ワレ、ハ、ヘル、ト、ゲフ、ナー……ソノ、カ、ラダヲ、イタ、ダク……』


 えっ!? ちょっ!!


***


 頭の中にひどい光景がフラッシュバックしていく。


 煌びやかな鎧を身につけた騎士が貴族っぽい若い男を殺した。

 そして連れ去られる女性……殺された男の人の奥さんだろうか……

 父親の遺体に泣きつく男の子。


 これは学校? さっきの男の子だろうか。

 頭の悪そうな、いかにもドラ息子といった奴に殴られっぱなしだ。

 入って来た先生だろうか。完全に見て見ぬフリ……


 どこ? 倉庫? 地下室?

 黒いローブ……黒神教徒? 男の子は青年になっていた。

 そして壁に鎖で繋がれているのは……いじめてた方のドラ息子っぽい。

 あっ……うわ……ダメだこれ。えぐ過ぎる……


 このイケメンは王子様? 座ってるのは玉座っぽいから王なのかな?

 隣にさっきの青年がいる。どうやって取り入ったんだろう……

 その前に引きずり出された老人は誰?

 突然の雷撃で黒こげになる老人……大笑いする王子……


 ………

 ……

 …


 ***


 ピピピピピピピピ……


「うわっ!」


 画面上、エディタに『j』の文字が埋め尽くされていた。寝落ちしたときに押しっぱになったせいだ。


「ダメだ。ちょっとスッキリしよ」


 セーブせずにエディタを閉じる。

 どうせたいして進んでないので、最後にコミットしたところまで戻した。


「んー、午前二時過ぎかー」


 フロアは真っ暗で私のパソコンのモニターだけが煌々と光っている状態。

 他のメンバーは終電で帰ってもらってる。正社員さんだし、正直、居てもしょうがないというか……まあ、うん。


 フロアを出て給湯室へ。コーヒーでも淹れよ……

 軽く湿気ってるインスタントコーヒーからスプーン一杯分。ブラックでいいか……

 湯沸かしポットに残っていたお湯を注いでぐるぐるぐる。


「はあ……。このプロジェクト終わったら辞めよ……」


 マグカップを手に取って……うっ……


「げほっ! げほげほっ!!」


 むせ……えっ?

 抑えた左手にべっとりとついたのは……血?

 あ、これ、やばいんじゃ……


 視界が歪み、立っていられなくなる。

 マグカップが手から落ち、床にコーヒーがぶちまけられた。


「げほっげほっ!」


 吐血が止まらず、床にコーヒーと血の色が混ざる……

 救急車呼ばないと……スマホ……机に置いたままだった……

 もうダメかな、私……


 真琴ちゃん……会いたいな……


 ………

 ……

 …


 ルル、ディー、クロスケ、どこ……

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