第173話 担当の者を呼んできます

「では、みなさんお気をつけて」


「うん、エイミーもね! また戻ってくるから!」


 ルルがそう言ってガッチリと手を握り、そして離す。

 エイミー嬢が馬車に乗り込むと、静かに扉が閉められ、それは南へと出発した。


「では、私は先行する。昼の三の鐘にまた」


「はい」


 その答えにケイさんは満足そうに頷き、ふわっと浮いたかと思うと北北西へと飛び去った。

 うん、あの速度なら確かに一日で行ける気がする……


「じゃ、私たちも行きますね」


「おう! 気をつけてな!」


「無理しないように! 色々終わったらまたおいでよ!」


 ローラッドさん、ナタリアさん夫妻に別れを告げ、私たちも北へと歩き出す。

 竜の都への西側の入り口『テイルゲート』までを一日で踏破予定。ちょっとズルするけどね。


***


「転移……ですか?」


「うん、まあ、自分が転送するのを転移って、私が呼んでるだけだけどね」


 美味しい夕食をいただいた後、明日以降の予定をさっさと決めてしまおうということになった。

 けど、ケイさんの想定をエイミー嬢にも理解してもらうには、先に彼女の疑問を解決しておかないとだと思う。

 というわけで、空間魔法、その測位と転送の説明をエイミー嬢にした。


「生きてる物は単純には転送できない仕組みになっててね」


「なるほど。でも、ミシャ先生はそれを可能にしてるんですよね?」


「まあね。でも、これは流石に今は教えられないから許して。魔素の色が青じゃないとダメっていう制限もあるから」


 渋々っぽいけど納得はしてもらえたので、明日の移動をどうするかの説明を。

 多分、ルルもディーもわかってないと思うから……


「はいはい。じゃ、みんなちゃんと聞いてね。明日は一日で竜の都の入り口まで行くよ」


「おおー、どうやるの!?」


「全員で空を飛ぶのか?」


 うん、わかってない。一回やったじゃん!


「はあ。まずは朝からケイさんに先行してもらいます。飛んで行ってもらうので、歩いて四日かかる行程が半日ほどで行けます」


「すごい!」


「確かにすごいが、ケイ殿だけ行ってどうするんだ?」


「まさか、ケイ様の場所まで転移するんですか!?」


 うんうん、エイミー嬢は理解が早いね。


「「ああ!」」


 ルルとディーも理解してくれた模様。

 まあ、一回やったことだし、あんまり不安はない。けど……


「そこまでの道って危なかったりしないの?」


「日が出ているうちなら問題はない。むしろ夜の方が危険だ」


 やっぱそうだよね。人の気配がないようなとこで野宿する方が怖い気がしてる。

 ケイさんも飛ぶなら日の高いうちの方が視界も通るし……雨じゃなきゃいいけど、まあ今日の天気からしても大丈夫だと思う。


「飛んでいけば昼の三の鐘が鳴る前には着くだろう。その時間になったら……これを地面に置くので転移してきて欲しい」


 というわけで、ケイさんに渡した腕輪をさっそく転移先にすることになる。


「わかった!」


「ワフッ!」


 ルルの返事にクロスケも嬉しそうに吠える。かしこかわいい。


「四日を一日で……、すごいです」


「まあ、ズルしてるけど急ぎだからね。普段はこんなことしないから」


「そうだな。ゆっくり景色を楽しむこともできない」


 うんうん、ディーも良いこと言うね。とはいえ、野宿はあんまりしたくないけどね……

 で、転移でショートカットするのはいいんだけど。


「その竜の都って、私たちすんなり入れてもらえるんですか?」


「ああ、ギルドカードがあれば入れる。それにミシャが持っている銀竜貨を出せば間違いなく入れる」


「えっ、銀竜貨?」


 銀竜さんからもらったから銀竜貨? 金竜だったら金竜貨? というか、普通の竜貨がどういうのか気になりすぎる……


「竜貨は人の世界の貨幣とは意味が違う。そうだな、ルルが持っているベルグのメダルのような物だ」


 ああ、そういえばその話は聞いたっけ。通行証代わりになるって話だった。


「なるほど。では、銀竜貨はシルバリオ様の物だから意味があると?」


「うむ。まあ、銀竜はシルバリオ様だけではないがな」


 銀竜っていうからレアなんだろうと思ってたけど、ユニークじゃないんだ。

 っていうか……


「ケイさん、竜の都に詳しいね」


「ん、ああ、君たちには言ってなかったな。私はもともと竜の都に住む翼人よくじん族だからな」


「おおー!」


 ルルがキラキラした目でケイさんを見てるんだけど、私はちょっと気になるというか……そこに居づらかったからロゼお姉様に拾われたって話だったような。


「えーっと、その関所? みたいなところを通った後の予定はどうなんでしょう?」


「竜の都ではテイルゲートと呼ばれている門を超えたところは獣人族が住む地域だ。彼らは同族意識が強く他所の者は歓迎されない。が……」


 ケイさんの目がクロスケに向いた。

 え、まさか……


「クロスケが本来の姿で同行していれば歓迎されるだろう」


「ワフン!」


 ドヤ顔かわいいけど、ウィナーウルフってそんなレベルで信仰されてるの……

 ディーはさもありなんみたいな顔してるしさ。


「あの……クロスケ様の本来の姿とは?」


「あ、ああ、ごめん。そっちも話してなかったね。クロスケ、いいよ」


「ワフッ!」


 クロスケの毛色が元に戻り、つよかっこいいウィナーウルフ本来の姿に戻る。

 その姿を初めて見たエイミー嬢は……うん、唖然とするよね、普通……


***


 出発前に屋敷の裏手にある林を少し入ったところで空間魔法の測位をした。もちろん、エイミー嬢やローラッドさんには断りを入れて。

 竜の都に向かった後、シルバリオ様との交渉結果がどうなるかはわからないけど、ここに戻ってくる可能性もあるかもしれない。


「ふーん。ま、俺らは細けえことは気にしねえ。いつでも遊びに来てくれや」


「うん!」


 ローラッドさんに転移のことを話したら、そんな反応をもらいました。ロッソさんの血だなあとしみじみ思ったり。


「ミシャ、我々は急がなくてもいいのか?」


「うん、どうせ転移するし、人気のないところまで移動できてればいいかな?」


 ローラッドさん以外のドワーフには、転移のことは伏せてもらっているし、かといって誰も居なくなる屋敷の中から転移したら「どこいった?」みたいになるしね。


 ドワーフ自治区を出て、北西へと緩やかな上り坂を進むと左手前方に海が見えてきた。

 今まで見てきた南側の海とは違い、もっと濃く深い青が横たわっているような、そんな重さを感じる。

 海からの風も心なしか肌寒い。暦的にはもうすぐ十月。大陸の北側は一気に秋から冬へと季節が変わるらしい。少しだけ雪景色を見たい気もする。


「おー、すごい! 仕事終わったらまた見に来ようね!」

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