第163話 スモールワールド

 ドワーフ自治区にはお昼過ぎに到着。馬車で鐘三つ——三時間——ほどなので、結構近い感じ? 自治区とは言うものの、ウォルーストの一部で、管轄はアミエラ領に含まれているそうだ。


 私たちの馬車が先にその別荘の門を潜るが、降りるのは後続の執事さんメイドさんが準備万端整えてから。


「お嬢様方、どうぞ」


 年配の執事さんが扉を開け、私たちが降りるのに手を貸してくれる。うーん、貴族。

 メイドさんたちは、さっそく屋敷の中のお掃除から始めるようだ。ちなみに、どれくらい滞在するかは微妙に決まってない。二、三日かもしれないし、ルルの鎧を作ってくれるって話になった時はもっとかもしれないし……


「屋敷を整えている間に、私たちは長に会いに行きましょう」


「オッケー」


「ワフッ!」


 なるほど、確かに先に挨拶しといた方が良さそうね。まだお昼過ぎだし。


 そんなわけで、別荘を出て自治区……というか鉱山の村を歩く。別荘が入り口近くにあったが、長の住む屋敷は坂を登った先にあるそうだ。

 通りのそばにあるのは家兼工房といった感じの建物ばかりで、ところどころからカンカンとかガンガンといった打撃音が聞こえてくる。


「この辺りは随分と土の精霊の力が強いな……」


 ディーがそんなことを言っているが、すれ違うドワーフが皆、ディーを見てギョッとしてるのに気付いてないんだろうか。うん、気付いてないな。そういう娘だったよ……


「あれです」


 十分ほど緩やかな登り坂を進んだところで、左手に大きな屋敷……ううん工房だよね、これも。それが長の住む場所らしい。


「長が代替わりしても、あそこに住むの?」


「ええ、そう聞いています。ただ、ルル様がお探しのローラッド様は今の長の娘さんと結婚なさっているそうですよ」


「え、そうなんだ」


 アミエラの領主様、エイミー嬢のお父さん言い忘れてたのかな。まあ、ともかく、それなら次の長って話もわかる。

 長の工房だが、特に門も何も無く、扉は開けっ放し。田舎の大きな家とかそういう感じだったけど、それに近いかな。


「失礼します。エイミーです」


 エイミー嬢はお父さんと何度か来たことがあり、次の長の奥さん、ローラッドさんの奥さんも知ってるらしいので、気負わずに中へと進んでそう声をかける。


「あら! エイミーちゃん?」


 と声が聞こえ、土間のように続いている奥から出てきたのは……ナーシャさんの若い頃ってこんなだったのかなっていう感じのドワーフ女性。けど、なんというか筋肉がすごい。


「ナタリアさん、こんにちは。突然お伺いしてすいません」


「いーのよ! いつでも遊びにきてちょうだいね。で、お連れの人たちは?」


 とまあ、気になるよね。ルルが。


「ボクはルル! ローラッドさんの従兄弟にあたるワーゲイの娘です!」


 その言葉を聞いて、ナタリアさん、すんごく驚いた顔になり、


「あんた! ちょっと! 早く来な!」


 すんごい声で奥に向かって怒鳴りつけた。ナーシャさんそっくりじゃないですかね……

 で、奥から出てきたのは……うん、ロッソさんの若い頃って感じですね。


「うっせーかかあだな。なんだよ、ったく、普通に喋りゃ聞こえてるんだよ」


「いいから、ほら!」


 と腕を引っ張られてルルの前まで連れてこられる。


「初めまして! ワーゲイの娘でルルです!」


「ほー! あの男にこんなべっぴんさんが生まれるか! いや、お前さん、ルシアさんそっくりだなあ!」


 ぱあっと破顔したローラッドさんが思わずそうこぼす。そいや、ルルのお婆ちゃんを知ってる人はみんな、ルルを見てそっくりだって言うよね。


「で、紹介するね。ボクの親友で同じギルドメンバーのミシャとディアナ」


「あ、どうも」


「よろしくお願いします」


 どうして私は急に振られると「あ、」とか言ってしまうのか。ちゃんと頭を下げて挨拶できるディーはすごいよね……


「ふむ……」


 と私たちを見定める風のローラッドさん。なんだけど……


「ミシャはナーシャおばさんの弟子だし、ディアナはクラリティさんと同じだよ」


 ルルがそう言った瞬間、ローラッドさんが苦虫を噛み潰したような顔になる。


「エルフっ娘はまあクラリティの伯父貴と同じ変人ってことか。で、魔術士の嬢ちゃんは、あのババアの弟子だって?」


「自分の母親をババアなんて言うんじゃないよ!」


 私が何か言う前にナタリアさんがローラッドさんの頭を叩く。似過ぎでしょ、この二人。

 エイミー嬢が引いてるんじゃないかと思ったけど、わりと見慣れてるのか笑顔だ。


「まあまあ、その辺で。私もナーシャさんにはお世話になりましたし……」


「わかるぜ。俺も随分とゲンコツ食らったもんよ」


 腕を組んでうんうんと頷くローラッドさんだけど、「あなた、今さっきも食らってましたよね?」って言いそうになって堪える。


「そろそろ、長にご挨拶させていただいてよろしいでしょうか?」


「ああ、すまんな。今、呼んでくるわ。そっちの部屋で待っててくれ」


 とローラッドさんが奥へと消え、ナタリアさんは私たちを右手にある部屋へと通してくれた。

 流石に土間続きではなく、一段上がった部屋には木でできたシンプルな椅子とテーブルがあって、応接室っぽい。

 で、ナタリアさんがお茶を入れてくれたりしているうちに、ローラッドさんが長を連れて来てくれたようなので、失礼のないように立って迎えましょう。


「あらあら、エミリーちゃん久しぶりだねえ」


 え? 長って……

 入ってきたのは温和な雰囲気が漂う……ナーシャさんと同じぐらいのお歳のお婆さん。


「ささ、座って座って。で、あなたがルシアの孫娘ね」


「はい! ルルって言います!」


「私はガーラよ。あなたホントにルシアに似てるわねー」


 とりあえず和やかな雰囲気で始まって良かった良かった。ルルの祖父母の話やロッソさんナーシャさんの話も聞きたいけど、それはちょっと後回し。

 まず、私たちの目的はローラッドさんに会って、ワーゲイさんからの手紙を渡す事なのを伝える。長への挨拶は形式的なものだけど、エミリー嬢から何か困ってることがあったらといった話などを。

 で、まあ、副目的だけど、ある意味、主目的な事。


「ボク、鎧を新しくしたいんだけど、ここで頼んでいいですか?」


「ルシアの孫娘なんだし、作ってあげたいところだけど……。それはロッソが作った鎧よね?」


「はい!」


 長がローラッドさんに目配せすると、


「親父が作ったんなら、しゃくだがそれ以上はなかなかな。素材を良くしてやるのが一番だが、今は魔銀ミスリルぐらいしかねーな」


 とだいたい予想していた返事が返ってくる。まあ、それでも良いんだけど、せっかくだからもう一段階上を狙いたい気持ちが。なので、


「あの、白銀の乙女のマルリーさんの鎧はここで作ったと聞いてますが、それって今は難しいでしょうか?」

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