第160話 素直な子ほど成長が早い

 翌日、朝の四の鐘がなる頃、私たちはライオネル導師、エイミー嬢と出会った親水公園に来ていた。

 あ、せっかく来たのでちゃんと彩神様さいしんさまに礼拝して来ました。なんだか気持ちも晴れやかに。


「お待たせしました!」


 テーブルでまったりお茶していたところにエイミー嬢が走ってくる。そんな急がなくても良いのに。


「待ってないから大丈夫! ほら、座って座って」


「は、はい」


 お茶は先んじて四つ頼んであったので問題なしだけど、せっかくなので、


「冷たいほうが良いよね?」


「あ、はい」


 許可をとってから、エイミー嬢のお茶の一部を凍らせる。キンキンに冷やすと体に良くないと聞いたことがあるので、ほどほどに冷えたアイスティーを召し上がれ。


「ミシャ先生はすごいですね……」


「へ?」


「ほら、普通はそんなことできないんだってー」


 ルルがそんなことを言い、ディーもうんうんと頷いている。別に大したことはしてないと思うんだけど。


「普通の魔術士は小さくて細かい魔素制御はできません。私も苦手です……」


「え、そうなの?」


 三人ともうんうんと頷く。ああ、魔法付与とかが上手くいかないのってそれもあるのか……

 うん、話題を変えよう。聞いておかないといけないことがあるんだし。


「えーっと、それで報告はしてもらえたってことでいいのかな?」


「はい。ライオネル導師からではありますが、ルル様たちはお忍びで来ていると言うことで。ウォルーストとベルグは直接国境を接している国でもありませんし、公式使節団でない以上、普通の旅人としての扱いになってしまいますが」


「それは全然オッケーだよ!」


「うん、それでお願いします。エイミー嬢がお目付け役ってことでいいのかな?」


「はい。恐縮ではありますが……」


「いやいや、ライオネル導師がついてこられても困るし」


 私がそう言うとエイミー嬢は思わず笑ってしまう。そしてこう続けた。


「ライオネル導師ですが、ミシャ先生の講義の時間には必ず同席したいので許可をもらってくれと」


「いやまあいいけど、教えるのはエイミー嬢だけだよ?」


「はい、それはもちろん」


 さすがにジジイに手取り足取り教えるのはちょっとね。じゃ、エイミー嬢みたいな若い子ならいいのかと言われると、それはそれでオッサンみたいでちょっと……


 さて、一心地着いたことだし、


「そろそろ行く?」


「そうだね。じゃ、エイミー嬢、よろしく」


「はい、お任せください!」


***


 それから数日、昼の二の鐘ぐらいまではウォルケルの街をエイミー嬢の案内で歩き、その後は魔法の講師をやる日々が続いた。


 街歩きの方はほとんどが東側。貴族街はさすがに入れなかったけど、商店街では様々な商品を見ることができた。

 食べ物的な話だとベルグでは見られなかったソバなんかもあってびっくり。そういえばソバって寒いところの方がいいんだっけ? 帰ったら緑の手を持つソフィアさんにでも聞こう。

 あとは武器防具なんかも、ドワーフ自治区から卸された逸品が並んでいてすごいんだけど……


「確かにいい出来だったけど、ロッソさんの盾やクラリティさんの弓ほどじゃないよね?」


「だね。ロッソおじさんの円盾ラウンドシールドはやっぱりすごいなって」


「うむ。この弓を超えるものも見当たらなかったな。さすがと言ったところか」


 とエイミー嬢に聞かせるのははばかられるので、宿でそんなことを話した。

 全体的な質で見るとウォルーストの方が高いとは思うけど、一品物はやっぱりあの二人に軍配が上がる。

 クラリティさんなんて、いい弓を作るためだけにドワーフに弟子入りするエルフだもんね。覚悟の差みたいなものなのかも?


 エイミー嬢への講義の方は順調と言うか、彼女は理解も早くてやっぱり天才かな?

 実際の魔法の詠唱はコツと言うよりは努力に近いと思うので、魔素の制御を中心に。

 今まで粘土を捏ねるように魔素を形にしようとしてたのを、できるだけ数学的図形として捉えることを教えた。

 エイミー嬢が苦手だと言っていた細かい制御なんかも、点と点を繋いだのが線、三点を繋いだ線に囲まれたのが面だという意識があればいいだけ。要はポリゴンなんだけどね。


「うん、魔素の制御で教えられることはだいたい教えたかな?」


「ありがとうございます! 魔術士としてやっていく自信が持てるようになりました」


 そう言われると嬉しいけど、自分的にはまだ序の口を教えただけな気分。物理法則なんかも知っておいた方がいいんだろうけど……。あんまり教えすぎるとエリカに怒られそうだし。


「私からも改めてお礼申し上げます」


「いえいえ。まあ、縁があったということで、何かの時にでも」


 ライオネル導師には言外に『困ったときは助けてね?』を匂わせておくと、向こうもそれを理解したのか苦笑い。


「この老体にできる限りのことは」


「わ、私もです!」


 エイミー嬢にはこれからドワーフ自治区へと連れて行ってもらうのでそれで十分だけどね。

 で、ちょっとここからは大人の話。


「ライオネル導師、聞いておきたいことがあって」


「はは、なんでしょうかのー」


 器用におとぼけジジイに戻ってるけど、まあいいや。


「ウォルーストはリュケリオンに魔術士の留学はしてないんでしょうか?」


「何年かに一度あるかどうかですなー。今のエイミー嬢なら十分可能性はあるかと」


「なるほど。あそこの高等魔術士のディオラさんは、うちのディアナの伯母で私の師匠の一人だったりします。なので、もしエイミー嬢が留学という話になるんなら、私から一筆書いておきますけど」


 エイミー嬢が嬉しさで舞い上がってる感じだけど、若干、腹黒い狙いもあるからねえ。

 さすがにその辺、ライオネル導師は気付いてるっぽいかな?


「それはそれは。リュケリオンはいろいろあって、もうしばらくは落ち着かないと聞き及んでおりますがのー」


「そうですね。私たち白銀の盾のギルドマスターの弟さん、マルセルさんっていうんですけど、その人も大忙しだと思います」


 ディオラさんとマルセルさんの二人が新しくリュケリオンの議席を取ったことぐらいは知ってると思う。つまり、ベルグが新たに二席持ったということを暗に伝えておく。そのくらいは知ってるかもだけどね。

 ちなみに、このやりとりに関してはルルにも了承済み。まあ、エリカが友達増やしてこいって言うなら、ディオラさんとマルセルさんにも味方を増やしておきたいよねってことで。


「エミリー嬢をベルグに取られてしまっても困りますがのー」


「それはないですよ。ベルグは常識がある友人が欲しいだけなので」


 ニコニコしつつ「エミリー嬢を完全に取り込むとかやめて?」「いえいえ、連絡が取れる信頼筋が欲しいなー」みたいなやりとりをする。


「なるほど。そういうことでしたらお願いしたいかと。エイミー嬢が留学できるかはお約束できませんが」


「ええ、それで十分です」


 今すぐライオネル導師の一存で決めれるようなことでもないしね。

 大人の事情でエイミー嬢の留学はダメとかになるとちょっと心苦しいけど、そのときはまたここに来て教えてあげることにしましょ。

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