第159話 変な癖は無い方がいい

「ちょっと待ってくださいね」


 二人に魔素で球体を作るのを止めてもらい、私はバックパックに入れっぱなしだったクロスケのリードを取り出す。

 皆が怪訝な顔をするが、まず円を教えるためにはこれが必要。


「まず、魔素を球にするのも円にするのも似たようなものなのはわかりますよね」


 長杖ロッドが邪魔になってきたのでそれを地面に置く。杖なしだと魔法は打てないことになっているけど、魔素のコントロールならできるから違和感はないと思う。

 というわけで、右の人差し指の指先を中心に魔素で円板を作る。熱心に見つめる二人に、その大きさ……半径を変えて見せる。半径を変えたところで円周が凸凹になったりはしない。


「杖を使わずにそこまで……」


 ライオネル導師がそんなことを言い出した。まあ、あれって魔素の流れを綺麗にするという意味ではコントロールしやすくなるけど、そもそも綺麗に出せてれば不要なのよね。


「で、ここからが本題なので、よく見ててくださいね」


 私はさっき取り出したリードを円の中心となっている指先に添え、左手でリードの先を円の外周に合わせる。要するに『半径を見えやすく』してみた。


「お二人とも『ふちを丸くすること』に集中していたようですけど、円や球は中心点から同じ位置にあることが本質です。こういう風に」


 左手を円の外周のあちこちに持ってきても、リードの長さは変わらずのまま。円なんだから当然なんだけど、この当然は数学だからわかること。というか、こっちの世界はコンパスとかないの?


「というわけで、杖なしで同じことをしてみてください」


 さて、どうかな?

 エイミー嬢は……お、飲み込み早い!


「できました!」


 予想以上に綺麗な真円が出来てる。やっぱり若いと飲み込み早いのかなあ……

 とライオネル導師もどうやら出来たようだ。だが、やっぱりまだ後付けで丸くしようという意識が働いてるっぽい。体に染みついちゃってるのかな。


「無理に外周を丸くしようと思わないでください」


「は、はい」


 うんうん、こういう時は若くてピュアな方が教えがいがあるよね。

 エイミー嬢は半径を長くしたり短くしたりとか、私がやったことを真似ている。天才かな?


「はい。じゃ、球も同じ。中心から同じ距離にあるようにだけ意識してやってみて」


「はいっ!」


 まあ、円が綺麗に作れれば球も楽勝だろうなーと思ってたら、やっぱり楽勝でした。

 ライオネル導師の方が遅れを取ってるぐらいかも? やっぱり染みついた癖みたいなものはなかなかね。『ヨーダの条件式』とか『エジプト人ブレース』とか……

 中心点を指先ではなく、任意の空間に置いて、そこを中心として球を作るというところまで習得してもらって、今日の講義は終了。


「ね? 簡単でしょ?」


 お髭の絵描きさんみたいなセリフ、一度言ってみたかったんだよね。あの人の場合は「簡単じゃないよ!」ってオチだったけどさ。


「苦労していたのが嘘のようです。それに杖も使わずに……」


「正直、杖は頼りすぎないようにした方がいいよ。エイミー嬢、お小遣いあるんだし、私みたいに指輪に術式を持つようにした方がいいかな。杖で魔素を安定化させる癖がつくと、ライオネル導師みたいに苦労するよ」


「はは……返す言葉もございませんな……」


 冷や汗を流す導師。ま、私たちにいらんちょっかいをかけた罰だと思って欲しい。


「はい。でも、その、ミシャ先生は杖は何に使っておられるのですか?」


「これは魔素や術式を貯めておくためかな。腰にある短杖ワンドもそうだけど、魔素切れが一番危険だからね。って先生はやめない?」


「え? では、ミシャ導師でしょうか?」


「いやいやいや、なんかむず痒いからやめて?」


「えー、いいじゃん。ボクはミシャ先生がいいな!」


「はい!」


 はい、もうそれでいいです。導師よりはマシだと思うことにします……


***


「はー、予想外のこと過ぎて疲れたよ……」


 荷物、杖、ローブを置いてベッドに倒れ込むと、すかさずルルが私の頭を持ち上げて膝枕してくれる。うん、気持ちいい……


「ルル、結果的に良かったとは思うが、少しこちらの情報を話し過ぎたのではないか?」


 と、私が気になっていたことを突っ込んでくれるディー。間違いなく優秀モードだ。

 だが、ルルは全然そんなことを気にしていないというか、


「大丈夫だって。相手が悪人だったら言わないけど、貴族とかだったら遠慮なくベルグと仲良くするようにしろってエリカにも言われてたし」


「え、そうなの?」


 私もディーもそんな話は聞いてないんだけど?


「そだよ。結婚式の時にエリカと二人になったことがあったでしょ。あの時に『あちこち旅するんなら、ベルグに友達を増やしてきてくれよ』って言われてたんだ」


「えー、それは先に言っておいてよ……」


「うむ、さすがに今日は肝が冷えたぞ」


 抗議するものの、ルルはにひひーって笑顔でしてやったり感を出してくる。

 まあ、そういうことならいいのかな……


「うーん、でも、あのライオネル導師ってお爺さん、胡散臭くなかった?」


「最初はね。でも、ナーシャさんを知ってる人なら大丈夫!」


 なんでもルル曰く、ノティアに篭りっきりのナーシャさんは人と会うのが大嫌いらしい。基本的にウマが合う人としか話したくないんだとか。

 そういう人なので、ベルグでもリュケリオンでもナーシャさんを知ってる人というのは、それなりの立場がある人が多くてごく僅か。ちゃんとした魔術士で、かつ、責任感の強い人としか会わないし、話もしないんだとか。

 うん、改めて言われてみると、すごく良くわかるよ……


「つまり、ナーシャさんを知ってるってことは、ちゃんとした人だってこと?」


「だね。だからチャンスだなーって」


 つまり、私もディーもルルにしてやられたってことね。まったくもう……


「でも、エイミー嬢が出てきたのは意外じゃなかったの?」


「うーん、まあね。でも、ミシャがすぐ手懐けちゃうんだもん」


「ああ、あれは酷かったな」


「ちょっ! 酷いってどういうこと!?」


 と起き上がろうと思ったら、ルルが覆いかぶさってきて頭を押さえ込まれた。

 背は私より低いのに胸の圧だけ大きいのずるいんだけど!


「自覚がないのでおしおき〜」


「まったく。困ったものだな、クロスケ殿?」


「ワフワフ」


 困ってるのはこっちです! クロスケ、タスケテー!

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