第158話 幾何学には意味がある

 たかが傭兵の魔術士に白金貨一枚。

 どういうつもりなのかなんとなくわかるけど、さすがにそれはダメです。ということで、


「ルル、お願い」


 正直、こんなところでバラしたくはなかったけどしょうがない。

 ルルが頷いて、サイドポーチからベルグ王家のメダルを取り出すと、それが淡い光を放つ。


「ボクの名前はルル=ノティア。ベルグ王国ノティア伯爵ワーゼル=ノティアの孫娘だよ」


 それを聞いた瞬間、エイミー嬢が硬直し、ライオネル導師が真顔になった。ちょっと面白いと思ったのは内緒にしとこう。


「し、失礼いたしました。ワシは、いや、私はウォルーストの元宮廷魔術士、今は学園にて魔導師をやっているライオネル=エルスと申します。エルス男爵家の次男ではありますが、領からは退いておりますゆえ」


「わ、私はウォルースト王国アミエラ子爵家の三女、エイミー=アミエラと申します。ご無礼をお許しくださいませ」


 二人が立ち上がって、慌てて深々と礼をするのをルルが止める。

 ベルグ最大の伯爵家とはいえ、ただの孫娘なんだからどーとかこーとか。


「とにかく二人ともお座りください。私やエルフのディアナはルルの見聞を広めるためのお供のようなものです。過分な報酬を提示していただきましたが、長く寄り道できる立場でもないので」


「いえ、ご身分をお伺いする前とはいえ、調略めいたことをしてしまい申し訳ありません」


 ジジイ……ライオネル導師が二十歳ぐらい若返ったような口調になって驚く。この人、とんだ食わせ者だよね。


「ごめんね。でも、ミシャは常識がないからしょうがないんだ」


「うむ。ミシャだからしょうがない」


 あれ? なんでまた私が悪いことになってるの?

 まあそれはいいとして、これで一件落着かなと思ったら。


「あの……ここにいる間だけでも、魔法の講義をしていただくわけにはいきませんか?」


「これ、エイミー嬢。気持ちはわかるが事は外交問題になりかねんのですぞ」


 とライオネル導師がエイミー嬢をたしなめる。

 まあ、他国の魔術士を鍛えるとかって、やっぱり正式な手続きとかがあって然るべきなんだろうなーとは思う。が、


「ボクは別にいいよ。ウォルーストはいい国だと思うし仲良くしたいし。でも、ここにいるのは一週間ぐらいだから、その間だけね」


「え、ちょっとルル?」


「なんで? ミシャだってリュケリオンでいろいろ教わってたよね」


「うっ……」


 ぐ、ぐぐぐ、確かにそう言われればそうだった。しかも見つかったばかりの空間魔法とか教わってしまった。重力魔法も結界魔法も……


「ウォルケルには来たばかりなのだし、エイミー殿に案内してもらって、その対価としてミシャが魔法の指導をすれば良いのではないか?」


 ディーまでがルルの意見に同意してしまったので、もう勝ち目は無さそう。まあ、教えるのは良いんだけどさー。


「はあ……。じゃ、昼の空いてる時間で良ければ。一応、私たちはルルの親戚が北のドワーフの自治区にいるという話で、そちらに行くだけですので」


 こっちも特にウォルーストに他意はないことを伝えておく。


「なるほど。そういうことでしたら……」


「ドワーフ自治区の隣、アミエラ領は私の父が治める地。お伺いする際には同行させて頂いてよろしいでしょうか?」


 ん、んー……、やましい目的があるわけでもないし、ここですんなりエイミー嬢をお目付けにしておいてもらった方が良いのかな?

 などと考えていたら、


「じゃ、よろしくね!」


「は、はい!」


 ルルがあっさりとオッケーして握手してた。

 うん、知ってた……


***


 今日は特に大聖堂を見るぐらいしか予定がなかったので、そのままエイミー嬢の魔法の講師をすることになってしまった。

 なんだけど、


「えーっと、普段ってどういうことを教えてるのか、言える範囲で教えてもらえます?」


「いやいや、たいしたことはしとりませんのー。魔素の制御や詠唱の正確さを磨いたりと、リュケリオンで習うようなことですな」


 おとぼけジジイに戻ったライオネル導師がそんなことを答える。まあ、嘘ではないと思う。

 実際にリュケリオンでも、一般的な魔術士はお役所仕事をしつつ、空いた時間を自己の魔法技能の研鑽にあてる、みたいな感じだったし。

 ちなみにディオラさんは「稼がなくてもいいほどお金を持ってる」から、お役所仕事をしてないらしい。白銀の乙女で築いた財産あってこそなんだろうね……


「じゃ、エイミー嬢は何を学びたいと思ってます?」


「私は人より魔素が多いと言われ、魔術士への道を選びました。ですが、それをうまく操ることができていないと思っています」


 そう言ってちょっとしょんぼりするのはなかなかにかわいい。

 とはいえ、私は魔素のコントロールは『教える前に完璧だった』んだよね。ロゼお姉様曰く。


「ミシャは人に教えるの上手だから大丈夫だよ!」


「ワフワフ!」


 ルルとクロスケがそんなことを言い出したけど、私、二人に何か教えたことあったっけ? クロスケは教えるっていうか、勝手に学んでる感じだし。


「では、とりあえず視覚化を掛けてみてください」


「はい!」


 ふむ、エイミー嬢の魔素の色はなかなかに綺麗なピンク。この子、少し白に寄ってるし、意外と白銀の乙女っぽいのかもしれない。素養があるようなら、ディオラさんに任せて良いかも?


「じゃ、球を」


 頷いて魔素を球状にするエイミー嬢だが、なんか形が歪だ。どこかが膨らんでて、それを修正すると別のところが……みたいなことをしてる。

 隣で同様に赤く透き通る魔素を球状にするライオネル導師。このジジイ、一緒に学ぶつもりか。

 で、さすがに元宮廷魔術士という腕前なんだけど、私から見るとちょっとまだ歪な感じがする。ただ、リラックスできてて無駄に魔素を操作してない感じかな。


「ん、ちょっと見てくださいね」


 私も視覚化を掛け、空色の魔素が見えるようになると二人が随分と驚いてくれる。まあ、珍しいのは知ってるのでスルー。


「ミシャだからしょうがないよ」


 ルルがニコニコだけどスルー。

 で、魔素を球状にしてみましょうか。


「すごいです……」


「ここまでとは……」


 ライオネル導師、とぼけるフリ忘れてますよー。

 さて、何が違うのか? エイミー嬢はそれを見てもう一度チャレンジするが、球体に近づけようとしすぎて余計に不安定に。

 球という形を無理に押しへしして作っている感じだけど、なんでそんなことするんだろ? 魔素で球を作るのは中心点から一定距離内に魔素を充填させるだけなんだけど……

 あっ……


『エイミー嬢は、そしてライオネル導師も球というものを数学的に理解してないのでは?』

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