第156話 突発仕事はだいたい厄介

 蒼空そうくう神様のことはいったん保留。手を組んで黙礼し、先へとしばし進む。

 当然そこにあるのは……


「すごい……」


 ルルが思わずそう口にし、ディーも私も頷くしかできない。

 エリカの結婚式をやったベルグの大聖堂にあった月白げっぱく神様もすごいなあと思ったけど、ここの月白神様の像はなんかもう「そこにいるのでは?」って感じ……

 像のサイズは今まで見た三神と変わらないし、ポーズもどちらかというと普通で、慈愛に満ちた表情で手をかざしてくれているだけなんだけど。


 先に入った人たちも少し惚けていたみたいだけど、はっと気がついて歩み寄り、跪いて祈りを捧げた。

 その人たちが今まで以上に真剣な感じなのをゆっくりと見守ったのち、私たちも同じように。


『えーっと、ルル、ディー、クロスケ。あとマルリーさんたちやエリカ、私に親切にしてくれたみんなが幸せでありますように……』


***


 月白げっぱく神様の像にお祈りを捧げた後、順路はそのまま裏手へと続いて、大聖堂の裏側出口へとつながっていた。広い大聖堂だけど、普通にお参りに来て入っていいのはこの順路だけらしい。

 出た先には簡単な菜園が広がっていて、おそらく教会の人たちの手で管理されているんだと思う。

 そして、その先には敷地を隔てる壁があり、向こう側に見えるのはウォルーストの王城。少し小高い丘の上に立つ王城は、この菜園越しに見ても十分に威厳があった。


「広かったけど、もう少しいろいろ見てまわりたかったね」


「まあ、しょうがないよ。孤児院とか学校を冷やかしに行くのも何か違うでしょ?」


 最後の順路の壁に大聖堂の作りというか間取りが書かれていたんだけど、この参拝順路以外の中央部分は社務所的なところらしい。で、右側には貴族のご子息のための学園があり、左側には孤児院があるそうだ。


「さて、このまま帰るのか?」


「うーん、帰りにまた湖の側を通ると思うんだけど、休憩所があったみたいだし、一休みしたいかなあ」


「賛成!」


「ワフッ!」


 ということで、誘導に沿って裏手を右へと進み、湖の近くまで回ってきた。

 そのまま南へと進めば教会の出口へと繋がっているようだけど、湖の近くは公園のようになっていて、ベンチが並んでいたり、出店が出ていたりする。

 ノティアでも教会の敷地内にお土産屋さんがあったけど、ああいう感じなのかな? まあ、肉串とかも売ってるみたいだけど……


「ルル、お腹空いてるなら……」


「買ってくる!」


「ワフッ!」


 最後まで言う前に駆け出して行ったのを見て、ディーと苦笑い。


「私は飲み物を買ってこよう」


「お願い。私は適当に席を確保しておくよ」


 とはいえ余り離れたところもなんなので、近くの丸テーブル付きの場所に。椅子は四つあって一つ余るけど、混雑してる風でもないのでいいかなと。

 程なくして、ルルとクロスケが肉串を四本買ってやってきた。薄い鉄トレイのようなものに乗せられていて、鉄トレイの方は回収されるのかな。

 ディーも木のマグカップを四つ持って戻ってくると、それを慎重にテーブルの上に置いて、席に腰を下ろした。


「ミシャ、冷たくして」


「はいはい」


 ルルがアイスティーを御所望なので、カップの中のお茶を半分ほど魔法で冷却して凍らせる。

 私もアイスがいいかな。残暑というほどでもないけど、それなりに暑いし。


「はい、クロスケ」


 クロスケの前に肉串を出すと、器用に一欠片抜いてモグモグする。かしこかわいい。

 私は一本全部はちょっと多いし、ルルとクロスケに食べてもらおうかなーとか、ぼーっと考えていると、なんだかお爺さんが近づいてきた。お爺さんだけど、明らかに魔術士の格好をしてる……


「お嬢さん方、ここに座ってええかの?」


「うん!」


 ルルが全然気にせずにオッケーするけど大丈夫なのかな。クロスケも肉串に必死。ディーだけが、大丈夫なのか? って顔でこっち見てるんだけど……


「突然ですまんの。お嬢さん方、ウォルケルは初めてじゃろ? ちょっと気になってのー」


「あ、はい。そうです」


「昨日、来たばっかりだよ」


 自分の肉串を空にしたルルに、私の分を渡しておく。大きい欠片四つとか無理!

 で、それはいいとして、お爺さんはニッコリとして、


「ほー、リュケリオンあたりから来たのかの?」


「ううん、ベルグからだよ!」


 ルルが素直に話すので私もディーも内心ハラハラしてる。とりあえず転移のことだけは黙っておいて欲しいんだけど。


「そこな、魔術士のお嬢ちゃんもなのかの?」


「あ、はい。そうです」


「ほーほー、ベルグにはナーシャ殿という偉い魔術士がおるんじゃが知っとるかの?」


 アッハイ。嫌って言うほど知ってますけど……


「ミシャはナーシャおばさんの弟子だよ」


「ほー! なんと! は? おばさんということは、お嬢ちゃんは姪御さんかの?」


 ルルがガンガンと暴露していくので冷や汗が……

 これ、後で怒るべきなのか悩む。でも、ルルってこういうので相手の見極めを失敗したことないタイプだしなあ。


「ボクからだと大叔母って言うんだっけ?」


「あ、ああ、そうだな」


 ディーの表情が痙攣ひきつっていて、もう一押しあると残念モードになりかねない。

 なんとか話を別の方向にすり替えたいところなんだけど……


「ライオネル導師様! こんなところに!」


 よく通る声が響き、駆け寄ってくるのは……十二・三歳ぐらいの女の子。どう見ても魔術士です。本当にありがとうございました。


「おー、エイミー嬢。こちらの魔術士のお嬢さんは、かのナーシャ殿の弟子だと聞いてのー」


「昔の話は結構ですから、早く今日の講義をお願いします!」


 エイミー嬢、ぷりぷりと怒っていて、縦ロールのツインテールがよく似合ってる感じ。ドリルツインテって実物初めて見たのでちょっと感動もの。

 って、そんなことはどうでもいいので、さっさと退散することにしよう。


「じゃ、私たちはそろそろ……」


 と切り上げにかかる。ルルは「ほへ?」って顔。ディーは「うんうん」ともはや残念モードになりつつある。


「あー、魔術士のお嬢さん。すまんがこの子の魔法を見てやってくれんかのー」


「は?」


 何を言い出すの、このおじいさん……


「導師様! 傭兵の魔術士に教わることなどありません!」


「ちょっ! ミシャは……むぐっ!!」


 思いっきり言い返す気まんまんだったルルの口を塞ぐ。さすがにそれ以上言われるとアウトっぽい気がしたので。


「では、エイミー嬢がミシャ殿に勝ったら、講義をしようかのー」


 このジジイ、話しかけてきたところから完全に確信犯じゃん! 完全にやられたなー。

 チラッとルルを見るとキラキラしてるし、ディーはもう残念モードに突入している。クロスケは……くあぁ〜っと大あくびしているから、二人とも悪い人ではなさそうだけど。


 さて、どうしたもんだか……

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