新人教育にはお金がかかる

第154話 わからない時はすぐに言おう

 オウマの街を出て二日後、私たちはウォルーストの王都ウォルケルに到着した。

 昨日のエマートンの街はまあ普通。特に語ることもなし。朝早くに出立して、ウォルケルが見えてきたのは昼の二の鐘が鳴ってすぐぐらい。


「ねえ、大きすぎじゃない?」


「だな……」


「だね」


「ワフン」


 小高い丘を超えたところで見えてきたのは街壁。すごく高いと思う。四階建てぐらいの高さ?

 その外側にも街並みが広がってるんだけど、これは多分、ベルグと同じで入りきらない住人なんだと思う。

 そこから私たちのいるところまでは畑が続いていて、季節的にももう少しで収穫って感じの畑ばかりだ。あ、ちゃんと休耕地もあるのね。


 そこそこ馬車の行き来があるので、立ち止まっていた私たちは道の左側に避けた。ここからなら、鐘一つもかからずに壁のあたりまで行けるだろうし、急ぐ必要もない。


「ちょっと休憩しようか?」


 私の提案に皆が頷き、その場に腰を下ろす。

 お茶……は人目のつくところであの淹れ方をするわけにもいかないし、おしゃぶり昆布を一欠片ずつ回す。


「こんなにおっきいと思わなかったなー、ボク」


「そうだな。ベルグの倍以上あるんじゃないか?」


 ノティアも大きいなーって思って、ベルグもさらに大きいなーって思ったけど、ウォルケルはさらにさらに大きい。


「ま、たくさん見るところあるってことでいいじゃん」


「おー、それだ!」


「ふむ」


「さあ、街へ。ううん、王都ウォルケルへ向かいましょ」


 私がそう言って立ち上がると、皆も立ち上がって大きく深呼吸。


「じゃ、行くぞー!」


「「「おー!(ワフー!)」」」


***


「やっぱり、ベルグから来たっていうと驚かれちゃったね」


「まあ、実際、ベルグの人でここまで来る人ってほとんどいなさそうだもんね」


 私たちはそんなおしゃべりをしながら、ウォルケルの街を歩く。

 私たちが入った南門、出入り口付近は馬車の荷の積み下ろしのために広くなっているが、そこから先はかなり煩雑。

 馬車の幅二台ちょうどぐらいの石畳がうねうねと続いていて……迷うやつだこれ。


「えーっと、私、すでに迷い気味なんだけど……」


 こういう時は正直に申告しておくに限る。

 全員が全員、自分以外の誰かが道を把握してると思ってるのが一番危ないし。


「え!? ボク、ミシャが分かってると思ってたんだけど」


 ほらねー、と自分のことは棚に置いておこう。

 ディーとクロスケが頼りなんだけど……


「ああ、心配するな。森に比べれば大したことはない」


「ワフッ!」


 ディーのセリフがフラグっぽいけど、クロスケが大丈夫っていうならきっと大丈夫。

 私たちが向かっているはずなのは宿屋街。兎にも角にも、しばらくここを観光するための拠点を確保しないとね。

 で、ベルグ王都にいる間に、サーラさんにお勧めの宿の名前は聞いてある。『一角水晶亭』という名前なんだけど、


「ただ、今もあるかどうかわかんないよ?」


 とは言われている。確かにヨーコさんたちと来ていた頃の宿なら、そういうこともありそう。

 それと極め付けが、


「ヨーコが懇意にしてた宿とか食堂って、次行くと閉店してるとか多くてさー」


 というセリフ。

 うん、知ってる。私もそういうタイプだったからね! いいなーって思った鄙びた中華屋とかなぜか、居抜きで家系ラーメン屋に変わってたりしたよ……


「む、あれだな。わかりやすい宿で良かった」


「ミシャ?」


「え? あ、まだちゃんとあったんだ。良かった〜」


 心底ほっとした。うん、これはヨーコさんのマイナスと私のマイナスが掛け合わさってプラスに転じたと思おう。


「すいませーん、今日から泊まりたいです!」


 ルルが扉を開けてそう声をあげると、たまたま掃除か何かをしていた娘さんがダッシュで近づいてきた。


「はい、喜んで!」


「う、うん。一週間いい?」


「はい、喜んで〜!」


 その飲み屋みたいな返事はこの店の決まりなの!?

 ともかく、この宿も今まで見たところと同じで一階が食堂になっていて、二階と三階が客室という普通の宿だった。

 で、サーラさんが言ってた通り、女性客専用。


「ウォルケルの西の方の宿屋は汚くて汗臭い傭兵ばっかりだから東の方の宿屋がいいよ。『一角水晶亭』ってところが、まだあるならお勧めかな。女性専用宿だし」


 と、街全体的に東側がハイソで、西側が泥臭いとかそういう話も聞いた。まあ、傭兵ギルドは西側にあるらしいので、ここで仕事をするなら西側に行くこともあるかも?


 程なく、四人部屋に通されて、今日のところは夕食までまったり予定。

 部屋はさすがに女性専用だけあって清潔で、ベッドなんかもベルグなら貴族が持ってるレベルのやつだった。ウォルケル侮れぬ……


「なんというか、すごい国だな」


「だね。ベルグってまだ田舎なんだなって思っちゃった」


「まあ、人の多さがねー」


 まだ中世の技術レベルで未開地もあるこの世界、やっぱり人口が多い国の方が強いと思う。人力分の生産力が捻出できるわけだし。小屋経済強い。いや、官僚制経済かな?


「明日はとりあえず大聖堂に行くで良いんだよね?」


「ん、サーラさんも『とりあえず行っとけ』って言ってたしね」


「街中からでも少し見えていたが、言われてた以上に大きそうだな」


 ウォルーストの観光名所として名高いのは、彩神様さいしんさまを祀る教会の大聖堂らしい。サーラさん曰く「めちゃくちゃ広いよ」とのこと。


「ミシャ、ベルグでウォルーストのこと調べてたけど、何か面白い話ってないの?」


「うーん、面白い話かどうかは微妙かな。それよりもヨーコさんの日記の方が詳しかったよ」


「ほう、どういったことが書かれていたんだ?」


「えーっとね……」


 ヨーコさんの日記にはウォルーストがどういう国かについて、簡単にだが要所を押さえて書かれていた。こういうマメさはホントすごい。


 ウォルーストはもともと、大陸中央からの移民というか開拓民が建てた国。

 このウォルケルから始まっているらしいが、それは今のこの広い王都の北東部かららしい。それがどんどんと大きくなって、今のこのサイズになったと。


 その北東部は貴族街。王城もここにあり、質実剛健って感じの王城は街壁の一部でもあるそうだ。過去、数度に渡って、大陸中央からの侵攻をはね返し続けたらしい。


 北側が教会。話に出た大聖堂がある。ヨーコさんの日記にも「ここは見ておくべき」と書かれているので期待大。街を出て北側はしばらくして山脈にぶち当たって止まっている。


 東から南にかけては富裕層、主に商人たちが店を出し、住まう場所。現状では東側のテランヌ公国との交易、南側のラシャード王国との交易が盛ん。


 南西から北西は肉体労働派が住む場所。西側を出てそのまま海岸に出るまでの間には、結構深い森があって、森では狩りができるけど奥には魔物が出る危険もあって……ということらしい。


「ダンジョン無いの?」


「……あるらしいよ」


 どうせ嘘ついてもルルは絶対に看破すると思うので正直に。

 で、当然のようにキラキラとした目をするルル。ディーはしょうがないなという顔になってて、諦め早すぎじゃない?


「ただ、西門から出て、さらに北西、要するにドワーフの国というか自治区にあって、出入りも彼らの許可がいるって話だからね?」


「む、むむー……」


「だから、先にそっち行ってからじゃないとね」


「わかった!」


 よし、問題の先送り成功!

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