第150話 アーカイブブランチ

 オウマの白銀のあかり亭を朝早めに出て、お昼前にはコーマの村が見えてきた。

 これといって街を囲う柵のようなものもないようで、野菜畑がずーっと広がっている。なんだか前世の田舎を思い出す風景で懐かしさを感じてしまう。


「ふー、この辺りは空気が素晴らしい……」


 自然ソムリエのディーがそんなことを言いながら風の精霊と戯れている。多分。

 道の右側には川が流れていて、多分、メーヌ川の支流なんだと思う。元は東の山からの雨水かな?


「お、農夫さんがいる! ちょっと聞いてくるね!」


「ワフッ!」


 返事を待たずに駆け出すルルとクロスケ。ディーはうっとりしてるし、まあ、いいか。こういうところで照れとかなく人に聞けるルルはホント助かるし……

 私たちが追いつくと、既にルルとクロスケは農夫のおじさんと仲良しになっていた。


「ほー、そんな遠くからか! そりゃ元気のええ!」


「でね、オウマの街の白銀のあかり亭でコーマの洞窟のこと聞いてきたんだ!」


「ほーほーほー、あのおてんばは村のこと、ちゃんと覚えとったかー」


「それでギルドの詰所で許可を取ったら良いって聞いたんだけど」


「おお、そうじゃそうじゃ。ギルドの詰所なら、この道をまーっすぐ行きゃええよー」


「わー、ありがと!」


 うん強い。もう全部ルルに任せて良いんじゃないかな……

 私たちみんなで一礼し、その道をまっすぐと進む。

 ぽつぽつと民家が見え始め、やがてそれが密集し始める手前に申し訳程度の門があった。門っていうか木の柵が道の左右にちょっとあるだけ。

 そこに立てかけられた看板には『白銀の乙女の伝説の村〜コーマへようこそ』と書かれていた……


***


「うむ、ここだな」


 森を縫うように走っている小道、いや、獣道をディーが先導してくれ、私たちはコーマの遺跡の入り口に到着した。

 共用ギルド詰所では、いかにも人の良さそうなおばちゃんが野菜を売っていたりして、私たちが遺跡に入りたいというのをずいぶん引き止められた。最近、ゴブリンが出て物騒だからやめとけと。


「え? 村に被害とか出てないの?」


「今んとこは問題ないねえ。でも、増えたら困るねえってんで、依頼出そうか困っとるんよ」


「じゃ、ボクたちが倒してくるから!」


「ダメだよ! お嬢ちゃんらに怪我でもさせたら、月白げっぱく神様に申し訳が立たんよ!」


 などと一悶着あったんだけど、傭兵ギルドのギルドカードを見せると渋々納得してくれた。

 うん、先に見せるべきだったね……


「入口のこの感じ、ノティアのダンジョンに似てるね」


「うん。っていうか、この立て札って多分ロゼお姉様が作ったやつなんだよね」


 素朴な立て板、ノティアのそれと同じ金属で出来てるけど『許可なく立ち入りを禁ず オウマ領ギルド管理課』っていう文言……


「解析するのか?」


「しないしない。ダンジョンの結界をうっかり消したりしたら、ロゼお姉様にお仕置きされるよ」


 うん、カエルに変えられたりしそう。ないわー、ないない。

 一応、結界は結界魔法の結界解除でないと壊れないはずだけど、そうだとわかってても触りたくないもの。


『なんかこのコードいらないと思って外したんですよね、あはは』


 かつて新人くんのリファックタリングで大惨事が引き起こされた記憶がよみがえる。しかも、あの子は正社員だから怒れないという……


「ミシャ?」


「ああ、ごめんごめん。さ、行きましょ。ディー、光の精霊お願いね」


「心得た」


 ぽわっと光の精霊が浮き上がり、嬉しそうにディーの頭上を舞う。今までよりずっと仲良くなれてるようで何より。

 一人ずつ順にギルドカードを立て板にかざし、そのまま洞窟へと入る。なんだかちょっと冷やっとする感じ?


 洞窟はしばらく降った後、真っ直ぐな道に変わり、少し広くなったところで……


「うわっ! すごい!」


 天井を見たルルがそう驚きの声を上げる。洞窟っていうか鍾乳洞だったのね。

 実物はほとんど見たことないけど、精霊の淡い光に濡れた鍾乳石が照らし出されてすごく綺麗。たまーにぽつりと水滴が落ち、足元の石に弾ける様子も神秘的だよね……


「冷んやりするのはこれのせいなのか?」


「うーん、どうだろ。地下って基本的に温度の変化が少ないからね」


「へー」


 確かに鍾乳洞は涼しいっていう記憶があるけど理屈はいまいちよくわからない。やっぱり水がポタポタしてるから気化熱で涼しくなってるのかな?

 そんな呑気な会話をしていると、


「ワフッ!」


 クロスケが突然前に陣取り、四肢を踏ん張って前方を睨む。

 あ、完全に油断してた……


「グギャッギャ!」


 前方から走ってくるゴブリンは四体。

 ディーは既に弓を構え、声をかける間もなく矢を放つ。


「全部倒しちゃダメだよ! クロスケ、一体ずつね!」


「ウォン!」


 そうルルが宣言したせいか、ゴブリンは二体だけ倒され、残りの二体が迫ってくる。

 けどまあ……


「ギャァァァ!」


 瞬殺されましたね、はい。

 ヒョロい棍棒を持ったゴブリンがルルやクロスケに触れられるわけもなく。


「ギルドのおばさまのために魔石を取っておくか?」


「そうだね」


 うん、それはお任せします。私は後で清浄を掛ける担当ということで。

 浅い階にいたってことは、外から入ってきたゴブリンかな? ノティアやスレーデンのダンジョンみたいに光る苔が生えてないところを見ると、特に用がないなら入るなって感じかも。

 そいや、リュケリオンの魔術士の塔ってダンジョンだったんだよね。あれって三十階にダンジョンコアがありそうだったんだけど、ロゼお姉様に聞くのすっかり忘れてたなあ……


「ミシャ、綺麗にしてー」


「はいはい」


 ルルとディーを手に持つ魔石ごと清浄で綺麗にする。

 そいや、清浄って他人にかけられる魔法だよね。魔素同士の消滅でうまく動かない可能性とかありそうなんだけど何でだろ……


「さて、進むか。少し油断していたのは反省だな」


「ワフワフッ!」


「ご、ごめんなさい……」


 クロスケが怒ってるのでしっかりしないと。

 防衛機構の魔法を発動させるのも忘れてたし、ここしばらく平和だったせいで気が抜けちゃってるなあ。ここに来たのはウォーミングアップ的な意味でも良かったのかもしれない……


「よし!」


 私は両手で頬をぱちんと叩く。

 気合い入れ直そう!


「じゃ、改めて慎重にね。私たちも強くなってるけど、油断は禁物ってことで」


「うん!」


「だな」


「ワフン!」

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