第148話 ホットフィックス
カルデラ屋敷を出発した翌々日。
私たちはラシャードの王都ラシーンを出発し、ウォルーストへと向かっていた。
昨日はケイさんに会って、お礼がてら夕飯でもご馳走するつもりだったんだけど……
***
「あれ? 閉まってるよ?」
ルルがそう口にする。確認するまでもなく、表の扉がガッチリと木戸で閉められていて、とても中に誰かいる雰囲気ではなさそう。
「まだ狩りから戻ってきていないとかだろうか?」
ディーのいう可能性もあるけど、今は昼の四の鐘が鳴った後ぐらい。
前にケイさんについてラシャードラビット狩りに出掛けた時も、昼の三の鐘が鳴る前には帰ってきてたので、この時間にいないのは違う気がする。
「完全に閉めてるし、どこかに泊まりで出掛けてる感じだと思うんだけど……」
とはいえ、ケイさん、どこかにいい人がいてって雰囲気はなかった。むしろそれはヨーコさんだったような気がしなくもない。
「お嬢さんたち、ケイちゃんが言ってた子たちかい? 賢そうなワンちゃんもいるし」
向かいの雑貨屋からそう声がかかり、振り返ると六十は過ぎてるお婆ちゃんがニコニコしている。
「ワフン♪」
クロスケがすぐにするすると近づいて、彼女の前でお座りすると、お婆ちゃんは嬉しそうにその頭を撫でる。どう見てもいい人です。
で、私たちが訪ねて来るかもしれないってことで、話してくれてたっぽい?
「えーっと、ケイさんにお世話になってる者です。ちょっとお礼に伺ったんですが外出中ですか?」
「ええ、そうよ。まあ、こっちにいらっしゃいな。お茶に付き合ってちょうだい」
「わーい!」
「ワフ〜♪」
あっさり釣られるルルとクロスケに、私もディーも苦笑しつつお邪魔させてもらう。
お茶とお菓子……お菓子っていうかこれおしゃぶり昆布!? こんな物が売られていたとは……たくさん買って帰ろう。
「ケイちゃんはたまにお城から急ぎのお手紙を届ける仕事が来るのよ」
「へー、すごい! そっか、飛べるから!」
「そうそう。なんでも偉い魔術士さんのお墨付きとかでね。ちょっと急ぐお手紙とかがあると、ひゅーっと飛んで届けるんだって」
偉い魔術士ってロゼお姉様のことかな?
そいやケイさんとロゼお姉様、スレーデンの遺跡の崩落騒ぎのとき、あの街道を二時間弱で飛んだんだよね。私よりスピード出してそう。
「では、しばらくすれば戻ってくるのでしょうか?」
ディーはご年配に対しての畏まった口調でそう尋ねる。が、お婆ちゃんはゆっくりと首を振った。
「そういうお手紙は大抵がお返事を待って、持って帰ってくる物なんだって。出て行ったのが今日のお昼前だから、しばらくは戻らないんじゃないかしら」
ぐぬぬ、私たちが着く前に出たところだったのか。
どこに行ったのか……は伝えてないよね。それなりに機密なことだろうし。
「ミシャ、どうするの?」
「待ってるよりも、帰りに寄ることにしましょうか。その時ならお土産も渡せるし」
「うむ、それがよかろう」
ということで意見も纏まったので、
「すいません。戻ってきたら、また来ると言っていたと」
「はいはい。あなたたちも気をつけてね」
とお婆ちゃんに頼んで終わりとなった。
そして、おしゃぶり昆布を買い占めました。
***
「ミシャ、もう一個!」
「ダメ! そんなペースで食べてたら無くなっちゃうし、夕飯食べられないでしょ!」
「そ、そうだな。そうだぞ、ルル」
ディー、あんたも今欲しかったんだよね? おしゃぶり昆布……
お婆ちゃんのお店で売ってるおしゃぶり昆布、旅に出るのでたくさん欲しいと買ったはいいものの、みんながハマってしまって大変なことに。いや、ホント、癖になる味だけどさ!
私たちはラシーンを出て、北西へと続く広い街道を歩いている。
今日の目的は国境手前の町ルズベリー。予定では昼の三の鐘ぐらいには着くはず。
馬車で行くと、更に国境を越え、ウォルーストの最南端の町オウマまで一日で行けるらしいけど、無理して急ぐつもりはない。
「それにしても、ケイさんどこに飛んでったんだろうね?」
「やはりウォルーストではないか? リュケリオンではなかろう……」
可能性としてはウォルースト一択。リュケリオンには『まだ』そんなに力を入れてないし、ベルグって可能性もイマイチ。急ぐ用事がないから。
「海を渡って、西側にある島の可能性も少しあるけどね」
「おー! そこも行ってみたいよね!」
島とはいうものの、ベルグ〜ノティアぐらいの大きさがあるそうだ。その島全体で一つの国だそうで、私の脳内イメージが四国になってる……
「ふーむ、ウォルーストなら、どこかで会う可能性もあるかと思ったのだがな」
「そうね。でも、ウォルーストって言っても、私たちが行きたいのは北の方だし、そのうちすれ違っちゃいそうだけど」
「ワフッ!」
ん? クロスケ? って、先を見ると、一台の馬車が路肩に寄せて……トラブルかな?
「どうしたんだろ?」
「馬車が故障でもしたのだろうか?」
二人はそう自然と優しい方向に気遣いをしてるけど、私はひったくりとかそっちの方に気がいってしまう。まあ、いつでも対処できるようにと、クロスケの頭をぽんぽんと。
「ワフ」
これでよし。さて、本当に困りごとなら助けたい。情けは人の為ならずっていうしね。
ルルとディーが少し歩みを早め、私もそれについていく。
「どうしたの?」
声をかけた先には……執事? ロマンスグレーで初老のイケオジが上着を脱いで馬車の下側を覗き込んでいる。
「すいません。どうにも前の車輪が回らなくなってしまい……」
あらら、そんなことあるんだ。
んー、こっちの馬車って車体に車軸受けがあって、前輪用に一本、後輪用に一本の車軸が通されてるだけだったよね。
「ミシャ?」
「私? まあいいけど、見てわかるかな……」
「持ち上げた方がいい?」
「いや、うん、やめて?」
ルル、普通に持ち上げちゃいそうで怖い。っていうか、まだ中に人がいるんじゃないの?
とりあえず、クロスケに背後を守ってもらいつつしゃがむ……見えないし! しょうがない。
「ルル、ちょっとこれ持ってて」
ローブに傷とか付けたくないので、ささっと脱いで手渡す。で、こういうのは背中を地面にして車体を真下から覗くしかないので、よっこいしょっと……
「ああ! 申し訳ありません!」
執事さんのそんな声が聞こえるけどスルー。
なんだか、ちょっと大きい石が車軸と車体底面に挟まってる。こんなことあるんだ。
その石を反対側から
「よいしょっと! 大きい石が噛んでたので外しました。これで回るかと」
「おお! ありがとうございます!」
執事さんが大袈裟に礼を言い、私にそっと銀貨一枚を握らせた。
「え? いや、大したことしてないですけど……」
「いえいえ、お持ちいただいて困るものでもないでしょう。それでは、急ぎますので」
執事さん、そう言い残して御者台に乗ると、さっさと馬を走らせて行ってしまった。そこそこの速度だったので、中に人がいると大変じゃないかな……
「誰か乗ってた?」
「ああ、一人乗っていたようだ」
優秀モードのディーが答えてくれる。ふーむ……
私は手渡された銀貨をそのままサイドポーチにしまい込んだ。
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