第145話 要件定義と基本設計

 暑い盛りも峠を過ぎたかなという気がしてきた。相変わらず日差しは厳しいけど、漂う風にほんの少し涼しさを感じる。

 ラシャードはベルグよりも南にあるし、まだもうしばらくは暑いのかな。でも、ぼちぼちと旅の準備を始めてもいい気がしてる。

 それとドワーフの国はウォルーストの北にあるらしいし、結構寒いかもしれない。転移ですぐに戻ってこれるとはいえ、吹雪の中を歩いたりはちょっと嫌。


「来週ぐらいから行こうか?」


「賛成!」


「ワフッ!」


「そうだな。ゆっくり行けば、ちょうど紅葉の時期と重なるだろう」


 ほほー、こっちでも紅葉っていうんだ。翻訳さんがいい仕事してくれたのかな?

 ともかく、赤に黄色に染まる山並みは見てみたい。ベルグでも見れるかもだけど。


「ウォルーストの北にあるドワーフの自治区って、ルルは詳しいの?」


「うーん、じーちゃんに故郷だって聞いたぐらいかなー」


「私は鍛治で有名なところだと聞いたことがあるな」


 なるほど。ルルの身に付ける鎧をもっと良い物にしたいけど……


「ルルの今の鎧ってロッソさんが作ったの?」


「そうだよ!」


 うーん、だとするとそれより良い物とかできるのかな。


「それをもっと良くしたいけど、そのドワーフさんたちに出来そうかな?」


「どうだろ? でも、普通の鉄しか使ってないから、材料はよくできると思うよ?」


「まあ、行ってみて確認でいいんじゃないか? ウォルーストの北の山脈は魔銀ミスリルや希少な鉱石が採掘できると聞くしな」


 ああ、なるほど。それでドワーフが住みついてるのか。

 でも、領主様やロッソさんがそんな場所を出たっていう理由もわからないし、ちょっと気になるかな。変に閉鎖的過ぎると、ルルは大丈夫でも私やディーの肩身が狭くなりそうなんだよね。


「ディーはちょっと気をつけた方がいいかもね」


 その言葉にディーは「???」みたいな顔をする。

 自分の種族を忘れてるんじゃないの、このぽんこつエルフ娘……


「そんなとこだったら帰ろうよ。ボクは美味しいもの食べに行きたいだけだもん!」


「ん、そうだね。一応、エリカに話しておかないとだし、クラリティさんにも聞いておきましょ。ワイバーンも確か近くだったよね?」


「そうだった! ワイバーンも見たい!」


「ワフワフ!」


 うん、襲ってこないならね……


***


 ざっくりと日程を考える。


 まずはリーシェンの灯台に飛んで、昆布とか探してから一泊。

 次の日はリーシェンを出てから、カルデラ屋敷に転移して一泊。

 その次の日はラシャードの王都ラシーンに行ってケイさんに会う。


 ここまでは確定。

 ルルがケイさんに稽古をつけてもらうって話になると、カルデラ屋敷にしばらく滞在? というか、ロゼお姉様は帰ってきてるのかな? 落ち着くまではリュケリオンにいそうだけど……テランヌとヴァヌの件は落ち着いたし帰ってきてそうな気もする。


 そういえば、私とルルの用事ばかり優先してて、ディーの希望を聞いてない。


「ディーはどこか行きたいところとかないの?」


「私か? うーむ、秋咲きの花があるところには行きたいな。庭の花壇にもう少し彩りをだな……」


 秋咲きの花っていうとコスモス? 秋桜っていうぐらいだし、秋だよね?

 ……うん、ソフィアさんにも会ってから行った方が良さそうね。


「はい、終わり〜!」


 サーラさんの声が掛かり、ルルが水球を割って回避する。


 あれからの訓練でルルは三個の水球を継続して避けられるようになり、水球を割ってから避けるという方法も習得。センスがあり過ぎて怖い。

 サーラさんも「見切ったわ!」とか言って五個以上を避けられるようになったんだけど、やっぱりどう動いてるかがわかると違うらしい。

 ま、それでも身体強化を使った体術の訓練には有効ということで……


「はー、疲れたー!」


「お疲れ、よくあそこまで動けるよ」


 スッとシルキーから出された冷え冷えの豆茶をごくごくと飲み干すルル。一気に飲んでぷはーってするのはオヤジくさいのでやめようね?


「シルキー、私にも冷たいのちょうだい」


 サーラさんもテーブルについてそうオーダーする。

 そういえば……


「白銀の乙女で北に行ったことがあるって聞きましたが、ウォルーストには?」


「ん、あるよん。あそこは平和な国だから観光気分でいんじゃない?」


 あらら、そんな感じなのね。

 まあ、だからこそドワーフの自治区もあるのかな。


「北にドワーフ自治区があって、山脈にはワイバーンがとか聞きましたが」


「ドワーフの自治区には行ったことはないね。とはいえ、あそこはウォルーストが一番大事にしてるところだから、物騒なことはないと思うけどねえ」


「やっぱり希少鉱石が出るからです?」


「だね。ま、何か作ってもらいに行くとしても、あんまり期待し過ぎない方がいいよ」


「え、なんで?」


「希少な鉱石は滅多に採れないし、すぐ売れちゃうらしいからね」


 あー、そりゃそうだよね……

 というか、魔銀ミスリルだってかなり希少なんじゃないの? ロッソさんが割とほいほい用意してくれてたけどあれはどこから? ルルのために溜め込んでたのかな?


魔銀ミスリルも希少なんですよね?」


「希少って程でもないかなあ。そりゃ銀貨よりは希少だけど、金貨ほどじゃないよ」


「ええ!?」


 魔銀ミスリルは銀鉱脈の一部から取れるそうだけど、取れる量に対して必要とする人がそんなに多くないらしい。

 魔導具に使うと優秀だけど、魔法付与のハードルが高いせいで普及率が低い。じゃあ、武器防具にって話になるけど、それを失うリスクを考えると使われないらしい。

 そりゃそうか。ゲームみたいに『逃げる』を選択して持って逃げられるとも限らないわけだし。


 それに身体強化を使えて魔銀ミスリルとの相乗効果まで狙えるクラスになると、ルルとかエリカ、マルリーさん、サーラさん、ケイさん……うん、少ないね。

 各国の近衛騎士の、それも一部ぐらいは見栄もあって魔銀ミスリル製武具を持ってるそうだ。まあ、それだって毎年買い替えるようなものでもないしね。


「じゃ、ルルに魔銀ミスリルの鎧を用意するぐらいは頼めそうですね」


「いいんじゃない。そいや、マルリーの盾と鎧は見たことあるでしょ?」


「あの白銀の盾と鎧は威圧感があった……」


 ディーが身を震わせる。まあ、厳ついよね、あれ。私もビビったし。


「あれも魔銀ミスリルなの?」


「あれは魔銀ミスリルに何か混ざってるらしいよ? 確かそのドワーフのとこで作られたやつらしいけどね。ロゼ様がそんなこと言ってたし」


「はあ……ロッソさんじゃなくてなんです?」


「どうだろ。あの頃はまだヨーコもいなかったし、誰もそんな詳しいことまでは聞かなかったからなー」


 あ、うん、なんとなく察しました……

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