第142話 デッドロックにご用心
【MainThread】
クロスケへのご褒美が用意されるまで、私たちは自宅でのんびりとした日々を過ごした。
とはいえ、ルルは相変わらずサーラさんを呼んで稽古をつけてもらっていたし、ディーは森へ入って植物を探してくる日々。
私はというと、ゆっくりとヨーコさんの本、いや手記かな、それを読むのがメイン。神聖魔法は今のところ魔石の浄化にしか使ったことがない。
怪我を治す治癒や、無くした部位の再生も可能なんだろうと思うけど……そんな場面に遭遇するつもりもない。いざというときの、万が一のための勉強。
「ミシャちゃん、ちょっとおいで」
ルルとサーラさんの稽古を横目に読書していると、サーラさんからお声がかかる。
私にも稽古しろとか言うんだろうか……
「なんでしょう?」
「よくディオラとやらされた稽古なんだけどさ。ミシャちゃんは水球は作れるでしょ?」
「ええ、もちろん」
ディオラさんが初めて会った時、いきなり飛ばしてきたアレ。
「あれを同時にたくさん作って、ルルちゃんに打ち出して。ルルちゃんはそれを避ける訓練ね」
「うっ、なるほど……」
ルルがそれを聞いてキラキラした目をしているので付き合わないわけにも行かなそう。
まあ、水球なら当たっても濡れるだけだし、初夏のこの季節なら風邪引いたりもしないかな。
「えーっと、どれくらい離れてでしょう?」
そう尋ねると、サーラさんは私から少し離れ、十歩ぐらいの距離でこちらを向く。
「ふふ、かかってくるが良い、小娘」
イラッと来たので、水球を三つ最速で打ち出したが、あっさりと避けられた……
「ダメダメ。同時って言ったでしょ? それに真っ直ぐ狙って飛んでくるとか工夫が足りてない。もっと曲げるとかしないと」
うぐぐぐぐ……
単発を早く詠唱しても連続になるだけで同時にはならない。並列実行にしないとってことか。
「はい、もっかい!」
ロゼお姉様に習った並列実行で同時に二つの水球を出し、それぞれを左右にカーブさせて挟み撃ちを狙う。
けど、そんなのは当然避けられる……
「単純だなあ、ミシャちゃんは! ほら、もっと考えて次!」
水球を三個、四個と増やしても、手動で誘導しないといけないので個別の誘導をするのがキツすぎる。右手と左手で違う数字を書くだけでも苦手なのに……
こうなったら!
「はい、次〜」
その言葉を待って、三つの水球を左右と上から襲い掛からせる。
サーラさんはそれを見て、スッスッとステップして躱すんだけど……本命はもう一つディレイで発動する頭の真後ろからの水球! 勝った! 第三部完!
「そういう小ずるいところはディオラより上だねえ」
サーラさんがくいっと首を傾げると、水球がそこを素通りして、
「ひゃっ!」
私の胸にぶつかってびしょびしょに……
「「おおー!」」
ルルといつの間にか戻ってきてたディーが思わず声を上げて拍手する。
あーもー、かっこ悪すぎる……
「ていっ」
ガックリうなだれた私の頭にサーラさんがチョップ。そして、
「熱くなりすぎちゃダメでしょ。水だったから良かったけど、火球だったら大火傷してるところだよ?」
「あっ、そうでした。ダメすぎる……」
完全に『顔真っ赤』ってやつになってたと思う。
「ディオラはもっと器用だったし、ミシャちゃんもできると思うんだけどねえ」
ディオラさん、この身のこなしのサーラさんに当てられるのか。
確かに詠唱も魔素のコントロールも上手かった。当然、並列実行だってできるんだろう。
けど……
「ディオラさんって楽器が演奏できたりしません?」
「ん? そうだけど、本人から聞いたの? それかヨーコの日記にでも書いてあった? 自分から言う話じゃなかったと思うんだけど……」
「いえ、推測です。でも、それで納得しました……」
ディオラさんは右手と左手で別のことができるタイプだ。何なら右足と左足も別に動かせるかもしれない。
「皆様、一息入れてはいかがですか?」
シルキーがお茶を用意してくれてるようなので、中庭のテーブルへと皆で移動。
そいや、服がびしょ濡れだ。清浄と乾燥をかけないと……
「で、楽器ができることと魔法が上手なのと関係あるの?」
「まあ、あると思います。魔法というか、複数のことを同時にやるのが上手いはずです。例えばそうですね……ルルって右手と左手で同時に違う文字を書ける?」
「えっ? ボク? うーん、どうだろ……」
ルルが目を閉じ、両手の人差し指で空中に……右が私の名前かな? 左はディー?
「うん、できるよ?」
ルルって天才じゃん! 知ってた! ちくしょー……
「すまない。私には無理だ……」
同じことをしようとして、左手があわあわ状態になったディーがガックリとうなだれる。
その隣ではサーラさんも無理らしくて「むきー」ってなってるし。
「いや、それが普通。できるのはセンスがあるか、それを小さい頃から仕込まれた人だけだから」
「そうなんだ! ボク、小さい頃からそういうのやらされてたよ。器用になるから鍛冶をするにも、戦闘するにも役立つからって」
さすがドワーフ、っていうかルルの家に伝わるトレーニングなのかな。
まあ、それはともかく、
「複数の水球を個別に誘導させるのってそれに近いんだよ。頭の中でこんがらがるから、単純な操作しかできなくて。ディーだって精霊にお願いしながら弓を当てるのは無理でしょ?」
「あ、ああ、確かに……。どちらかに集中しないと同時には無理だ」
昔、派遣先にすごい天才プログラマーがいたけど、部下の人の質問に答えながら、別のプログラム書いてたもん。ちなみにその人、エレクトーンが弾けるらしい。プロ並みに。
「ミシャも練習する?」
「うっ、無理だと思う。こういうのってセンスの問題もあるし」
「んー、ミシャちゃんなら出来そうな気がするんだけどなー」
サーラさんが簡単に言うけど、これは私が一番苦手なやつ。
むしろ、それをしなくてもいいようなロジックを考える方が向いてる。
「同じようなことができる別の方法を考えます。ちゃんと冷静になって」
「くっくっく、お主の真の力とやらが我を楽しませる日を心待ちにしておるぞ! ってわけで、練習はルルちゃんとやってね」
「はあ、頑張ります……」
キャラが行ったり来たりするのは、同時に発動できてないからかな。常に厨二病が発動できるのも、似たような才能かもしれない。
と、一段落したところでルルから質問が。
「ねえねえ、最後に後ろから飛んできたのって、サーラさんは見えてたの?」
「あれは身体強化の一つ。それをルルちゃんに覚えてもらいたいから、ミシャちゃんを呼んだんだけどね」
サーラさん曰く、自身の魔素を体の外に、薄く広く漂わせるらしい。
視覚化をかけてやってもらうと、サーラさんを中心に半径一メートルの球ができていて、それには薄らとサーラさんの魔素の色——白・少し黄色い——がついている。
私の防衛機構の魔法に似てる。あれはレーダーの応用だけど、サーラさんのこれは……全方位の触覚があるようなものかな?
「身体強化『俺の後ろに立つな』っていうの」
それ命名したのヨーコさんですよね……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます