有給消化と次への準備

第141話 精霊さんが解決してくれました

【SubThread:館の精霊シルキー】


 私が精霊という存在にいつなったのかは覚えていません。

 思い出せる一番古い記憶は、最初のお屋敷の掃除をしていたこと。そのお屋敷は残念ながら燃えてなくなってしまいました。


 私には姉がいます。

 いつ生まれたかも覚えていない精霊に姉というのも不思議な話ですが、最初の屋敷の火事から助け出された後、その助け出してくれた方——ロゼ様から紹介されました。


「あなたよりもずっと前からここを管理してくれているから、お姉様でいいのよ」


 その時は「なるほど、そういうものですか」と思いましたが、安易に納得すべきではありませんでしたね。私の方が先に生まれている可能性だってあるわけですし。

 まあ、どちらが姉だ妹だというのは些細なことです。重要なのは守るべき家と主人を得ることなのですから。

 私たちはその両方を失うと消えて無くなるでしょう。この世界への心の拠り所がなくなりますからね。


 その姉から数日前に連絡がありました。

 ミシャ様は私たちがどうやって連絡をとっているのか不思議がっていましたが、姉と顔を合わせてからは自然とできるようになったので説明できません。そういうものです。


「ミシャ様と皆様がお帰りになられましたので、数日後にはそちらに到着するでしょう」


「連絡ありがとうございます。お姉様」


「かなり疲れておいでのようでしたので、気をつけるのですよ」


「はい、心得ております」


 私には詳しくはわかりませんが、国同士の交渉役としてリュケリオンに赴くと聞いていました。その相手はロゼ様とフェリア様だそうですので、お疲れになって当然でしょう。


 さて、ここ数日はお天気も良さそうですので、皆様の布団を干しておきましょう。

 部屋には一つの埃もないように。魔導具の点検も怠らず。庭の手入れも大切ですね。

 戻られた時の夕食の献立は何にしましょうか……


***


「ただいま。シルキー、いるだろうか?」


「お帰りなさいませ、ディアナ様。どうされましたか?」


 いつもならルル様のよく通る声が掛かるはずですが?


「ミシャが馬車で眠ってしまってな。疲れているんだろう。すまないが……」


「はい。寝室へお願いいたします」


 なるほど、起こしてしまわないように先に伝えに来られたということですね。

 程なくして、ルル様がミシャ様をおぶって現れました。ニコッとだけして、ミシャ様を起こさぬよう気を使われているご様子。

 私も声には出さず寝室までご案内します。屋敷内の扉は自在に操れますし、魔導具の照明を調節するのも同様です。


 私が掛け布団を脇に避け、ルル様がミシャ様をそっと下ろします。

 穏やかな寝息を立てていますし、純粋に疲れから寝入ってしまったようですね。

 暖かい時期ですので掛け布団は不要でしょうか。ローブも身につけたままですし、問題ないでしょう。何かあったら私が気付きますし。

 と、クロスケ様はミシャ様が心配なのかベッドサイドに残るようです。


 そっと寝室の扉を閉め、ルル様、ディアナ様とリビングに戻ります。


「ただいま、シルキー」


「お帰りなさいませ、ルル様」


 お二人がリビングのソファーに深く体を預けます。ミシャ様だけでなく、お二人もお疲れのようですね。


「ご夕飯の希望はございますか?」


「ボクはお肉〜」


「私は野菜たっぷりのシチューが食べたいな……」


「かしこまりました」


 お二人ともはっきりと希望を言ってくださるので助かります。

 ミシャ様は、ロゼ様もでしたが、「なんでもいい」というような返答が多くて困ったものです。

 さて、お二人にお茶を出してから、夕飯作りに取り掛かりましょうか。


 ………

 ……

 …


「はあ〜。久々の胡椒が効いたフォレビット、美味しかった〜」


「うむ。旬の夏野菜も煮込みすぎない方が味が立って美味だな」


 お二人とも感想もまたはっきりと言ってくださり、とても助かります。

 これがミシャ様やロゼ様ですと、「美味しかった」で終わりですからね。まあ、ミシャ様は米料理に関してはかなりうるさいようですが……


 ん、ミシャ様が目覚められたようですね。

 クロスケ様を撫でて……降りてこられました。

 リビングに誰もいないのを確認し、ここ——食堂に来られるようですね。


「ん、おはよー」


「ミシャ! もう平気なの?」


「そのまま寝ていて良かったのだぞ?」


 お二人がそう気遣いますが、ミシャ様は気にせず席へと。


「いや、お腹すいたし……」


「ワフッ!」


 クロスケ様は元気そうですし、ルル様と同じで良いでしょうか。

 ミシャ様には消化の良さそうな物の方が良さそうですが……


「シルキー、なんか食べさせて」


「かしこまりました」


 はい。「なんか」だそうです。困りますよね、こういうオーダー。

 とはいえ、今回はそれも想定の内です。まずはお茶をお出しして、しばらくお待ち願いましょう。


 ………

 ……

 …


「お待たせしました。以前に教わった『おかゆ』です。海苔はこちらに」


「あー、嬉しい! いいよね、おかゆ……」


 乾燥した海藻である海苔をおかゆに浸し、それを溶かすようにして食するミシャ様はとても満足そうですね。


「ワフッ」


「はい、クロスケ様。すぐにお持ちしますよ」


 クロスケ様にはルル様と同様にフォレビットのソテーを。塩と胡椒は控え目にとミシャ様から言われていますので、少し薄味だと思いますが……


「ワフワフ〜♪」


 ご満足いただけたようで何よりですね。おかわりを用意しておきましょうか。


「シルキー、おかわり」


「かしこまりました」


 ミシャ様も食欲はあるようですし、本格的な体調不良ではなさそうです。


「はい、どうぞ」


「すまないねえ。おっかさんが生きてりゃ……」


「……。それは言わない約束でしょ。おとっつぁん」


 ルル様とディアナ様の視線が痛いですね。

 ミシャ様にこう返事をするようにと言われていただけなのですが……


「ミシャとシルキーは何の話をしてるの?」


「私にも訳がわからないのだが説明してもらえるか?」


「これは『お約束』っていうものだよ。おかゆをもらうときには言わないといけないの」


 私も何を言っているのかよくわかりませんが、ミシャ様やヨーコ様がいた世界でのしきたりなのでしょうか。

 そういえばヨーコ様もサーラ様に色々と『お約束』というようなことを教えていたような気がしますね。

 サーラ様はちょっとおかしな言葉遣いをすることがありますが、あれも『お約束』というものなのでしょうか……

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