バックアップを準備して

 香織さんが入ってくれ、総務部保守課は一気に楽になった。

 由香里さん香織さんペア——森ガールズ——だけで、日々のこまごまとしたことは解決するし、アラートが上がっても私か香織さんがいれば解決も早い。

 香織さんには空いた時間を使って、タイムカードをスキャンして勤怠システムに自動入力するプログラムを作ってもらっている。

 これができれば、面倒だった手打ち入力もスキャン一発、チェックして終わりになる。

 市販のOCR(文字認識)ライブラリを使っていいですよ、と言ったんだけど、


「最近はディープラーニングのライブラリがオープンソースで転がってるので」


 とか言いだしたのでもう任せることにした。強者ですか。

 いやまあ、私だってそうするかなって考えるけどさ。


「真琴さんー、美沙さんー、また社長がお呼びですよー」


 麻里さんの脱力コールがかかる。

 伊藤美窓さんの件でなんか進展あったのかな。変な方向に転んでないと良いけど……


「美沙さん、行きましょう」


「はいはい。じゃ、あとお願いします」


 森ガールズに後を任せ、私たちは社長室へと向かった。


***


「伊藤美窓さんの件だよね? なにか進展があったの?」


「ああ、山崎君。すまんが一日、伊藤美窓さんへ研修に行ってもらえるか?」


 その言葉に真琴ちゃんが社長を睨み……娘にビクビクしすぎだと思います、社長。

 それは良いんだけど、研修っていうよりは、


「研修って名目で内偵して来いってことで合ってますか?」


「ああ、その通りだ。話が早くて助かるよ」


 勤怠システムは「見積もりで出てきた金額が高過ぎるので」という話をしたら、値段を徐々に下げてきてるらしい。

 で、これ以上は既に契約済みの保守との兼ね合いがーとか言い出したらしく……


「美沙さん!」


「はいはい。行ってきますよ。でも、それで内偵してどうするんです?」


「もし、ダイクロが他の保守もまとめて撤収すると脅してきた場合、それを受け入れた上で維持、もしくは入れ替えができるか見てきて欲しい」


 なるほど。ダイクロ側が撤収をちらつかせるだけじゃなく、実際に撤収して泣きつくのを待つ可能性もあるのか。

 うーん、もう一手欲しい気がする……


「わかりました。ただ、作戦を練る時間が……一日は欲しいです」


「うむ。先方はなるはやとは言っているが、今日連絡があって明日はさすがに無理だろう。明後日か明々後日と伝えておくよ」


 よしよし。で、かなり大人気ないけど、ちょっと権力がある人に相談しよう。


「真琴ちゃん。今日って絵理香と会う日だったよね?」


「ええ、迎えが来ると思いますけど、キャンセルします?」


「ううん。この事、相談しても良いですよね?」


 その問いかけに社長の顔がひきつる。子どもの喧嘩に格闘家が参戦するようなもんだしね。


「良いですよね?」


 真琴ちゃんがニッコリ。ずるいわー。ホントずるい。


「構わないが、六条コーポレーションや伊藤美窓に迷惑がかからないように頼むよ……」


「そこは大丈夫。お爺ちゃんにも伝えといてね?」


「え、真琴。それ、お前から言ってくれよ!」


 社長がマジ泣きしそうなので、真琴ちゃんから言うことになりました。


***


「ねえ、絵理香。お酒入る前に相談したいことがあるんだけど、いいかな?」


「ん? 珍しいな。金なら貸さねえぞ?」


 そう言ってゲラゲラ笑う絵理香。せっかく美人なのにもう。

 で、急に真面目な顔になって、


「で、どういう話だ。仕事がらみか?」


「うん、ちょっと経緯から話すとね」


「待て待て。ちょっと一人呼ぶ」


 とスマホを取り出して電話をかける。


「おい、ちょっと来い。仕事の話だ」


 そう言ってブチっと切り、スマホを鞄にしまう前に、


『白井です』


 と小路の向こうから声がかかる。


「おう、入れ」


 絵理香が答えると、スッと障子が開いて、バリキャリって感じの眼鏡美人が現れた。


「あたしの秘書やってる白井千恵だ。千恵、ちょっと話聞いてメモっとけ」


「かしこまりました。佐藤様、山崎様、よろしくお願いします」


 私も真琴ちゃんもポカーンだけど、まあそういうものかと開き直り、伊藤美窓の一件について話し始めた。


 ………

 ……

 …


「ほぼ詐欺だな、そりゃ。むかつくぜ。そのダイクロってのを潰せば良いのか?」


「いやいや、やりすぎ。適正価格でちゃんとした契約に基づいた購入や保守が行われてるなら良いけど、そうでなかったら引き剥がして、ひとまずうちで面倒を見ようと思っててね」


「ふーん、優しいんだな。美沙は」


「美沙さんは優しいですよ」


 得意げな真琴ちゃん。そういう意味じゃないから。

 そりゃ、六条コーポレーションにかかれば一発でどかーんも可能なんだろうけど、今は伊藤美窓さんだけ救えれば十分です。

 ダイクロにはかつての私みたいな人もいるので、それを露頭に迷わせるのはさすがに気が引ける。


 ただ、佐藤建設の社内総務部保守課っていう課員三名の部署が、懇意にしてるとはいえ、他社様の面倒をずっと見れるかというとねえ。


「で、ちょっと考えてることがあるんだけど……」


 ………

 ……

 …


「どう思う。千恵?」


「最善手かと思います。もちろん、絵理香様が御前の許可をいただく前提ですが」


 午前? ……ああ、御前!?

 などと驚いてる間に絵理香がまた電話をかけ始め、


「ああ、じーちゃん? ごめんな急に。でさー……」


 えーっと、六条コーポレーションの会長でしょうか。電話の相手は。

 ちょっと洒落にならない気がしてきて、心の中で会長と社長に謝っておく。

 百回ぐらい謝ったところで絵理香が、


「うん、ありがとな。じゃ、また遊びに行くから。うん、おやすみ」


 と電話を切って、


「オッケーだぜ。面白そうだからやれってさ」


 そう言って大笑い。

 面白そうだからって怖いわー。大手ゼネコン、マジ怖いわー。


「では、事が進むようでしたら、詳細は佐藤様と私の方で進めさせていただくということでよろしいでしょうか?」


「ええ、お願いしますね」


 白石さんの方で細かい手続きやらなんやらも手伝ってくれるそうで、本格的に絵理香に頭が上がらなくなりそうな予感。まあ、もともと上がる相手でもないんだけど。


「で、美沙は明後日にでも伊藤美窓に行くのか?」


「うん。現状把握といきなり全部引き上げられてもなんとかできるように下調べかな」


「ま、全部リプレースしたところで億もかかんねーんだろ?」


 と手をひらひらさせながら言う絵理香。

 ポンと億とか言われると、心臓が止まりそうになるので勘弁して欲しい。


「まあ、そうだけど、伊藤美窓さんで仕事してる人に迷惑かけるのは本末転倒だしね」


「そりゃそうだな。ま、うまくやって来い。なんかあってもあたしが面倒見てやるから」


「ダメです。美沙さんの面倒は私が見るんです!」


 そう言って私の腕をギュッと抱く真琴ちゃんを見て、絵理香は大笑いした。

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