ルールには意味がある

 結局、その見積もり額で受けるくらいなら、不便でもそのままの方が得なのではという結論になった。社長はそれで返事するよということに。

 伊藤美窓さんには申し訳ないけど、今の私たちができることはそれくらい。

 それよりも、現状使っているパソコンだとかCADソフトもガッツリマージン取られてる……盗られてるんじゃないかって方が心配だよ。相手がダイクロだし。


「うちでどうにかしてあげたいですけど……」


「そうだね。でも、うちも手一杯というか新人でも良いから欲しい。インターンでも募集してみるかな」


 しっかりとバイト代を払った上でのインターン。通常業務をクリアできればそのまま就職してもらってオッケーみたいな。でも、社内SEって地味なんだよね。

 『デザイナー!』『プログラマー!』『社内SE……』みたいな。


 総務部フロアに戻り、真琴ちゃんは麻里さんの隣の自分の席へと。私は隅っこの保守課ブースへと戻る。


「ただいま。なんかありました?」


「いえ、異常なしです」


 由香里さんが敬礼しそうな返事をしてくれる。

 そいや、由香里さんの同期とか知り合いとかで良い人いないのかな?

 あ、同期ってなると前勤めてた派遣元になるから顔なんて知らないか。うちに来る前の派遣先から引き抜くわけにもいかないし……学校時代の友人とか?


「ねえ、由香里さんの知り合いとかに、この保守課に入ってくれそうな人とかいない?」


「え、ここにですか?」


「うん。私たち二人だけだと手が回らなくなる時が来そうだなーって」


 なるほどと頷いた由香里さんがしばし考え込み……


「年齢は問いませんか?」


「え、あ、うん。まあ社会人ならいいけど」


「私の叔母がプログラマーだったのですが、会社が潰れて実家というか祖父母のところに戻ってまして……」


 少し恥ずかしそうに告げる由香里さん。が、そういう人だよ!


「すぐに連絡しよう! あ、由香里さんが仕事しづらくなったりしない?」


「いえ、それは全然。母とはかなり歳が離れていて、私には姉のような存在ですので」


 ああ、なるほど。だから由香里さんは妙にパソコン慣れしてるのか。

 いやいやいや、思わぬところに掘り出し物だよ! 一人二人は相談せずに増員オッケーをもらってるし、さっそく面接しましょう!


***


 さくさくと話が進み、なんと三日後に面接となった。

 さすがに親族を面接官にするわけにもいかないので、私と真琴ちゃんで面接することに。


「どんな人でしょう。入ってきていきなり敬礼したり?」


「いや、さすがにそれはない……と思う。多分」


 既に履歴書と職務経歴書はもらってある。

 国立の理系大学出身とか、既に私より数段スペックが上なので、場合によっては開発も任せられる可能性までありそう。

 と、扉がノックされた。


「どうぞ」


「失礼します」


 静かにドアを開けて入ってきたのは、いかにも知的な感じの女性。由香里さんから愛嬌を取り除くとこんな感じ?


「お掛けください」


「はい。失礼します」


 そう言って椅子に浅く腰を掛けた。

 とりあえずは形式的に行こうかな。


「自己紹介をお願いします」


「はい。森香織、三十四歳です」


 ざっくりと経歴やら使用可能言語(プログラミング言語)を聞いたり。

 話しているとプログラムだけでなく、ネットワークやデータベース関連にも随分と詳しいし、正直、彼女を雇っていた会社が潰れた理由がわからないレベル。


「あの、言いたくなければ拒否してもらっていいですが、前職の会社が倒産した理由ってなんですか?」


「社長が金融商品に手を出して会社の資金を溶かしたんです」


「うわ、なんとまあ……」


 しかも経理にそそのかされてやったもんだから、ギリギリまで隠されてて、突然不渡りだしてぽしゃんらしい。まだそんな会社あるんだねえ。


「すいません。ありがとうございます。即戦力として採用したいと思っていますが、ご質問はありあすか?」


「はい。まずは御社のネットワーク構成について……」


 と怒涛の質問ラッシュ(技術的なもの)が始まり、それに全部答えてたら、あっという間に一時間近く……

 なお、真琴ちゃんに太ももをつねられて気づいた模様。


「それではよろしくお願いします」


 香織さんがニコニコ顔でつやつやした状態になって退室していった。おかげでこっちはヘトヘトです。

 無職だった間、よっぽど技術的な話ができなかったんだろうなあ……。まあ、わかる気もする。


「すごい人でしたね……」


「そうだね。でも、ああいう人は仕事任せておけば、責任持ってやってくれるし、由香里さんの話だと面倒見もいいそうだし、期待できるよ」


「伊藤美窓さんにヘルプが出せる余裕、できますか?」


「うーん……」


 できるとは思うけど、すぐは無理かなあ。

 ただ、香織さんは優秀なので、森ガールズにこっちを全部任せられるようになるのは早いと思う。それまで、伊藤美窓さんが我慢できるかどうか……

 いやまあ、こっちのヘルプを受け入れてくれるかどうかも不明だけど。


「あ、時間です。この会議室、次があるから出ましょう」


***


 総務部保守課のブースに戻ってくると、由香里さんが心配そうな顔をしていた。


「ああ、大丈夫でしたよ。すごくいい人ですし、来週から来てもらいますね」


「そ、そうですか、良かったです。あ、いえ、それより香織姉はすごく質問しませんでしたか?」


 ああ、由香里さん、それが心配だったのね。

 怒涛の質問ラッシュを受け切ったことを伝えておくと、ホッとしたような驚いたような顔になる。


「美沙さんはすごいですね。私の母ですら、香織姉の質問攻めには辟易してるんですが……」


「質問してくれる方がありがたいかな。わからないまま時間だけ過ぎるのはもったいないしね。由香里さんも悩んだら言ってね」


「はい、了解です」


 香織さんは疑問な点はすぐ聞くタイプなのでやりやすいと思う。

 社内SEをやるうえで会社独自のローカルルールがあることを知ってたし、そういう質問も多かった。

 例えばメールアドレスの付け方とかも、名アンスコ姓だったり、社員番号だったりといろいろ。パソコンにつける名前とかだと、備品番号になったりすることもあるしね。

 新人さんとかだと、先輩に質問するのをためらって時間を無駄にしがちな子も多い。勝手に俺ルール適用しちゃう子とかもいる。


 そうそう、パソコン名に『メルキオール』『バルタザール』『カスパール』って名前つけると、歳がばれるのでやめましょうね……

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