黒い歴史の影が差す

「まあ、座れよ!」


「はい。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 真琴ちゃんの真似をしつつ正座。なんですかね、これ。

 その様子を見た絵理香嬢が不満げな顔になる。


「おいおい、堅苦しいのは無しだぜ。あん時と同じにしてくれよ」


「ん、そういうことでしたら。こほん……六条の名前を出して急に呼び出したんですから、堅苦しくもなりますよ」


「ははっ! まあ、あたしも好き好んで六条の家に生まれたわけじゃねーからな。勘弁してくれ」


 そう言ってニヤリと笑う絵理香嬢。

 真琴ちゃんが足を崩したので、私もそうさせてもらう。


「で、今日はまた何で急にです?」


「すまねーな。もっと早く礼を言いたかったんだが、やっと今日うまく時間が空いてな。慌てて連絡したって感じだ」


 二人がポンポンと話を進めているが、私は置き物状態。

 私がもらった名刺はあくまで一般人向けの名刺らしく、受付嬢っていうのも名目だけだとか。

 真琴ちゃんや私の会社については、同業ということでそれなりに知っていたそうだけど、まさか会長の孫娘だったとは、とかどうとか。


 うん、こういうの苦手というか、話に入っていくタイミングが掴めないコミュ障です……


「しかし、ホント助かったぜ。あのバッグには大事なものが入ってたしな」


「大事なもの? 何だったんです?」


「旦那の写真だよ」


「「ええっ!?」」


 いやまあ大事なんだろうけど。あ、でも六条のご令嬢の旦那様ってことは超VIPだよね。うん、変に写真が流出するのもまずいのか……


「ま、正確には許婚ってやつだけどな」


 ちょっと照れながら言う絵理香嬢、なかなか可愛い。


「見せてもらっても?」


「ああ、お前らになら良いぜ」


 取り出された写真、なんかすごい高そうなフレームに収められてて、庶民には触るのも躊躇われる感じ。真琴ちゃんがそれを受け取ったので、私も覗き込むと……


「えっ? 高校生?」


「おう。もうすぐ十八でやっと結婚できんだよ」


 嬉しそうにそう言う顔はご令嬢とはいえ同じなんだなーとか。

 それにしても可愛い系イケメン高校生だなあ。絵理香と並ぶと母と息子に見えかねない。

 あれ? そういえば、


「えーっと、絵理香嬢はおいくつなんです?」


「絵理香でいいって。な、美沙?」


「あ、うん。絵理香って歳は幾つなの?」


「二十六だぜ」


「なんだ。私たちと同じですね」


 えー、同じに見えないんだけど!

 真琴ちゃんは小さいし童顔だしで二十前に見えるし、絵理香は背の高さと体型もあって、二十前半? で、私は疲れからか三十路手前に……がふっ(吐血)


「へー! 二人は結婚しねえの?」


「えっ! まあ〜、もうお互い親には紹介済みなんですけど〜」


 照れ照れでそう言う真琴ちゃんを見て、絵理香が驚いた顔をする。うん、まあそうよね。

 私は苦笑いするしかないけど、絵理香は特に嫌がる風でもなくニヤリとし、


「へー、じゃ、結婚式には佐藤夫妻で招待して良いのか?」


 と。もう外堀埋まってるから別に良いんだけどさ。


「あ、私、兄がいて継いでくれるので山崎夫妻がいいかな〜」


「真琴ちゃん……」


 おかげで絵理香とも気兼ねなく話せるようにはなったけどね……


***


 絵理香との食事会はその後も何度かあり、お互いの身の上話やらなんやらと、一ヶ月もすると親友付き合いする感じに。

 定時ごろに急にうちの会社にやってきたりするので、その度に会長や社長が驚いてるけど……


「真琴さんー、美沙さんー、社長がお呼びですー」


「あ、はーい」


 麻里さんの緊張感のない声がかかる。

 なんだろ。もう少し社内SEに人が欲しいなって思ってたのが伝わった?

 流石に由香里さんと二人体制が続くのはなーって。でもなあ……社内SEって割と特殊だから、募集かけづらいんだよね。


「美沙さん、社長室に来てくれって」


「はいはい」


 席を立ち上がった瞬間、真琴ちゃんが腕を絡めてくる。ここ社内だからほどほどにね?


「由香里さん、ちょっとお願いします」


「了解です」


 相変わらず律儀な返事が返ってくるけど、どうやら本人の素っぽい。無理にフランクにさせるよりは良いかなと。


「美沙さ〜ん?」


「はいはい。行きましょ」


 佐藤建設の自社ビルな社屋は四階建て。一階はショールーム兼営業みたいな感じで、二階・三階は普通に業務フロア。四階は社長室やら会長室やら……仮眠室もあったりする。

 私たち総務部は三階。エレベーターに乗っても良いけど、一階ぐらいは階段登りましょうねー。最近、運動不足気味だし……


 コンコン


『どうぞ』


 向こうから社長、真琴ちゃんのお父さんの声がかかる。


「失礼します」


 まあ、真琴ちゃんにお任せ。

 豪華な革張りのソファーに座るよう促されるので言われるままに。


「すまんね。忙しいところを」


「お父さん、用件」


 真琴ちゃん、もうちょっと社長の威厳を尊重してあげよ?


「あ、うむ。ごほん。先日、伊藤美窓いとうびそうの社長がいらしたんだがね……」


 社長の話はだいたいこんな感じ。

 伊藤美窓——主に窓や玄関扉なんかを扱う会社——も社内勤怠システムやらを導入しようとしてるんだけど、それがめちゃくちゃ費用が掛かる見積もりが来たそうで。

 普通なら相見積あいみつ取ってって話になるんだけど、あいにくそういうのに詳しい人がいないし、パソコンやCADソフトの調達と保守を任せてる会社でもあるのでなんともと。

 で、たまたま地元議員主催のパーティーでその話を社長にしたら「うちは自前でやってますけど、そんな見積額にはならない気が」ということらしい。


「これがその見積もりだ。内緒で送ってもらったので、そのつもりで」


 クリアケースに入った書類を渡される。

 一枚目はFAXの送り状。FAXなんだ。

 二枚目が見積書かなっと……ちょっとクラクラしてきた。ちらっと真琴ちゃんを見ると顔をしかめてるし。

 で、肝心の見積もりはというと……


「うん。これはいくらなんでもです。初期費用五百万もないし、システム利用一人当たり月一万って無茶苦茶ですよ」


「そうなんですか?」


「伊藤さんところはうちより小さい社屋だし、社員数も半分ぐらいでしょ。初期費用は掛かっても三十万ぐらいだし、保守費用だって高くても一人あたり月五百円ぐらいだよ」


 ちなみにうち、佐藤建設では初期費用二十万の保守費用が一人あたり月三百円です。

 それを聞いた真琴ちゃんが乾いた笑みを浮かべ、


「ところでお父さん。娘が以前勤めてた会社の名前、知らなかったの?」


「えっ?」


「この見積もりを出したダイクロシステムズ。私と美沙さんがいた会社を買収したスーパーブラック企業ですよ?」


 うん、そうなんだよねえ……

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