メンテナンスの重要性

 社長から伊藤美窓さんに内偵……もとい『研修』に来たのは、話をされた翌々日。

 うちの会社から車で三十分ほどなので、ちゃんと出社してから来ました。真琴ちゃんが顔を見せてくれないとダメって言うし……


 で、受付で佐藤建設から来たことを伝えると、


「本日、案内を務めさせていただく伊藤茉莉花まつりかです。よろしくお願いします」


「あ、どうも。山崎美沙です。その……社長さんの娘さんですか?」


「はい。今日のことは聞いていますので」


 とのこと。まあ、社員に話すことじゃないもんね。

 そんなわけで、さくさくと社内を見て回る。

 パソコンも外側は綺麗に見えるけど、中身が三世代ぐらい前な件。OSのアップデートは止められてるとか言う話だし、これよく動いてるね……。想像してた以上に酷いな。


 伊藤美窓の社員さんは概ね四十代の男性。若くても三十代半ば。

 営業や総務もそれくらいのおばちゃんが多く、茉莉花さんだけが二十代なのかな? いや、もっと若く見えるけど……


「茉莉花ちゃん、ちょっとこのパソコン見てくれるかな?」


「あ、はい。山崎さん、良いですか?」


「どうぞどうぞ」


 と覗き込むと……パソコンがフリーズしてる? いや、すっごい重いのか。

 まあ、メモリも少ないマシンでCADソフトとか無理があるからなあ……


「うう、すいません。何かわかります?」


 まあ、茉莉花さんも専門じゃ無いよね。というわけで、


「ちょっと交代してください」


 とりあえず重いけど動いてはいるのでキーボードショートカットでセーブ。

 次にタスクマネージャーを開いてプロセス詳細……なんだこれ? ああ、アンチウイルスソフトか。って、これはバンドルで安いけど、半分マルウェアと言われてる某社のやつじゃん。

 いったん、こいつのプロセス殺して、それだけだとOSから文句を言われるので、標準でついてるディフェンダーに変更っと。

 まあ、これでひとまずは大丈夫かな? マウスカーソルもカクつかないし。


「とりあえずこれで。ただ、明日またパソコン立ち上げたら戻っちゃいますけど」


「いやいや、助かったよ。今日締め切りだから、これで頑張るよ」


「ありがとうございました!」


 茉莉花さんの尊敬の眼差しが痛い。単純に知ってればできることなんだよね。

 今日の内偵次第では、絵理香の助力は無しの可能性ももちろんあったんだけど、この状況を見ちゃうとちょっとね。

 そんなことを考えていると、伊藤美窓のお昼のチャイムが鳴り響いた。


***


「すいません。なんだかお弁当までいただいて」


「いえいえ、父と同じものですいません」


 伊藤美窓の近辺には飯処めしどころがなく、社員さんは愛妻弁当かコンビニ弁当になるらしい。

 じゃ、私も久々にコンビニ弁当かなーと思ってたら、茉莉花さんがお弁当を作ってきているので、よろしければ、と。これ後で真琴ちゃんに報告したら詰められる奴だ……

 本当はダメらしいが、今日は特別ということで応接室でお昼をいただいている。ピンクのお弁当箱には、俵おにぎり、だし巻き卵、タコさんウインナーとか可愛すぎる。


 で、美味しいお弁当をいただき、熱いお茶をいただいているところで、茉莉花さんが切り出した。


「どうでしょう? 私から見てもちょっとおかしいと思うんですが」


 若い年代ならこの状況がおかしいのは気づくよね。

 パソコンに詳しく無いとはいえ、動作が不安定な状態を強いられているのが日常茶飯事みたいだし。ただ、詳しく無いから文句のつけようも無いというパターンかな。


「正直、かなりぼったくられてると思いますし、抗議して良いレベルなんですが、ダイクロもきっと契約上は問題ないようなことになってると思います」


「やっぱり……」


 そう言って、応接室の窓へと目をやる。

 その窓の外には、かなり綺麗に手入れされた庭が広がっていて、正直びっくりするレベルだ。


「すごい庭ですね。私、詳しく無いんですけど、なんだか別世界かと思えるほどです」


「ありがとうございます。この庭は私が手入れしてるんです」


「ええっ!」


「うちは窓を扱う会社ですが、窓だけじゃなく、その外側も含めてインテリア、エクステリアだと母から仕込まれました」


 ちょっと嬉しそうにそう言う茉莉花さん。『守りたい、この笑顔』ってこういうのかな……


***


「ただいま戻りましたー」


 自社——佐藤建設——へと戻って来たのは午後四時過ぎ。

 お昼からは、ダイクロとの契約内容や実際に納品やら保守やらした内容の聞き取り、書類あさりなどを。実に『ダイクロに都合の良い』書類ばかりでうんざりだった。


「美沙さん。本日も異常はありません」


「うん、ありがとう」


 由香里さんの通常運転な返事。対して香織さんは軽く頷くだけだけど、十分意図は伝わります。


「少しミーティングをしたいので、今から大丈夫ですか?」


「はい」


 返事と目礼が返ってきたので、あとは真琴ちゃんも同席してもらおう。ついでに会議室も抑えてもらって……一時間ぐらいかな。まあ三十分で終わるならそれはそれで。

 こっちから行くまでもなく真琴ちゃんがやってきたので内偵報告会をしましょう。この二人にもそろそろ本当のことを話しておくべきだし。


***


「美沙さん、女の人の匂いがします」


 なぜわかるの? どうしてそんなに鋭いの? 別に悪いことしてたわけじゃ無いんだけど、ビクッとなるのでやめて欲しい。


「はいはい、とにかく報告が先ね」


 定員四人の会議室にぴったり四人。

 向かい側に座っている森ガールズは何も知らないので、伊藤美窓の話を社長に聞いたところから説明を開始。

 絵理香の話は伏せたまま、今日の研修という名目の内偵がどうだったかまでを全部話した。


「……というわけで、アレがうちだったらキレるレベルでした」


「酷すぎます!」


 という真琴ちゃんの声にうなずく二人。そして、


「何かお手伝いできることがあれば言ってください」


「3Dデザイナーのマシンにメモリ8GBしか積んでいないとか銃殺レベルでしょう。力になれることがあれば遠慮なく」


 香織さんが怖いです。同意見だけどね。

 で、二人とも協力してくれるという同意が取れたので、これからどう転んだらどうするというプランについて説明する。

 場合によっては休日出勤をお願いする可能性もあるけど、それは一段落したら代休消化してもらうということで、一つよろしくお願いします。

 さて、あとは会長と社長にも説明して、伊藤美窓さんに安心してもらわないとね。

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