第139話 顧客が本当に必要だったもの

 挨拶というか下ネゴの話し合いは終了し、私たちはそのまま二十八階の客室へと案内された。

 黒一点のゼノンさんは別の部屋になるが、夕食は一緒にということで、準備までの間はゆっくりできそうな感じ。


「お疲れ様でした、ミシャ様。さすがはエリカ様が見込まれただけはありますな」


「いやいや、胃が痛い思いをしたので、これっきりにして欲しいところです」


 ゼノンさんが褒めてくれるが、相手もこじれさせる気がなかったからね。フェリア様なんかはどっちの味方だよって感じだったし。


「しかし、テランヌ公国やヴァヌ公国が大人しくそれを受け入れるのか?」


「そうそう! ボクもそれが気になってたんだけど?」


 まあ、それに関してはあまり心配していない。エリカやマルス皇太子様とも相談し、両国とも受け入れるしかないだろうという予想だ。


「ルルお嬢様。リュケリオンはどこから食料を得ておりますかな?」


「うっ、確かテランヌから小麦とかいろいろだったと思う……」


 ゼノンさんの問いに答えるルル。先生って言ってたし、学校で習ったことなんだろうね。


「左様。テランヌから食料を買い、魔導具を売っております」


「だとすると、こじれるのは良くないのではないのか?」


 ディーの指摘ももっともだけど、


「その相手がテランヌである必要性はないよね」


「あ、そうか。ベルグでもいいんだ」


「そういうこと」


 そこでこじれるなら、ベルグがグッと肩入れしてしまおうということになっている。

 そして、それをするとテランヌは食料の売り先が一つなくなり、かつ、ウォルーストなんかに魔導具を転売して儲けていた分も無くなってしまう。

 実はベルグにとっては一番望ましい展開なんだけど、さすがにテランヌもそこまで馬鹿でもないだろうという予想。


「なるほど……。だが、ヴァヌの方はどうなんだ? テランヌと国境紛争が続いているなら、ヴァヌが優位になるよう抵抗するのでは?」


「まあ、最初はすると思うよ。でも、抵抗し続けるならスッパリ手を切るって言われたら?」


 その答えにゼノンさんが笑う。


「テランヌが妥協して二席で良しとし、一方でヴァヌが全ての席を失うわけには行きますまい。結局、両方釣り合いが取れるように首を切られる選択を受け入れるしかないのですよ」


「な、なるほど……」


「むー……」


 ルルもディーも私をジト目で見ないで欲しいんだけど。

 これはエリカやマルス皇太子様、ベルグの官僚たちと話し合って出た結論であって、私が腹黒みたいに思われるのは心外です!


「一番困るのはテランヌとヴァヌが急に仲良くなるっていうパターンかな。ただ、この可能性はほぼゼロなので」


「そうなの?」


「お互いの捕虜交換でさえ一年以上揉めてるらしいよ。捕虜の人たちが可哀想すぎるよね」


 十数人程度の捕虜交換で揉め続けてるらしい。人数が合わないとか、肩書が合わないとか、そういう話で。一周回って仲が良いのではと疑いたくなる。


「で、最悪そうなっても、ベルグが後ろについて、ラシャードを引き込むから」


「えっ!?」


 船で交易してるから仲が悪いわけじゃないよなーって思ってたけど、ラシャードとはかなり仲が良いらしい。国ができた年代も近いし、お互いを脅かす可能性がないし、兄弟的な付き合いなんだそうだ。

 付き合いが始まったのは先々代ぐらいかららしいけど、そのうち王族同士で婚姻とかするんだと思う。エリカに娘とかできたらかな?


「今回はそこまでは行かないと思うけどね」


 ま、そこまで行かなくても、ベルグもラシャードも徐々にリュケリオンに肩入れしていくことになると思う。というか、そのつもりだろう。

 エリカ、私の魔法を見てからちょっと考えが変わったかもしれないんだよね。圧縮火球とか見せちゃったからなあ、今さらだけど……


***


 翌日、私たちは知らないことになっているけど、朝から例の発表があった。

 花の賢者フェリア様、森の賢者ロゼ様による、テランヌとヴァヌの高等魔術士をそれぞれ一名ずつ罷免。

 理由は多額の公金横領。即決裁判で、証拠は十分、容疑者不在での有罪判決という強行だったが、ごくごく一部が反発しただけだそうで。どんだけ嫌われてたのよ……


「ミシャを誘った奴って?」


「うん、私を勧誘したおっさんが一番酷かったらしいよ」


 魔石を現金化するときにちょろまかしていたらしい。小物すぎる……


「しかし、そういう行為はすぐにバレると思うのだが」


「まあ、それを告発してくれたのは、そいつから脅されてやってたっぽいからね」


 本国に戻れば貴族としての上下がある以上、こっちでも反抗できない立場だったりするんだと思う。宮仕えはつらいよ的なやつなんでしょ、多分。


「明日にはそれぞれの国に伝わって大慌てだろうねー」


「だね。まあ、非が無くてならともかく公金横領とかしてるしね。これ以上、傷口を広げたくなければ黙って従うしかないよ」


「これから行われる式典もその一つということか」


 ディーの言うその式典に私たちも出席する。

 内容は新しく席を得るディオラさん、マルセルさんのお披露目がメインだが、最後にベルグからの大きな魔晶石の譲渡がある。

 要するに「これからはベルグもバックアップしますよ」と知らしめる行為。リュケリオンの人たちには安心を、テランヌとヴァヌにはプレッシャーになるだろう。


「じゃ、行くわよ」


 エレベーターホールでロゼお姉様、フェリア様、ディオラさん、マルセルさんと合流。一階へと降りる。

 エレベータの扉が開くと、そこには窓口職員をしてる魔術士さんたちが整列して道ができていた。

 ロゼお姉様とその肩に乗るフェリア様の姿に「おお〜!」と歓声が上がり、ディオラさんとマルセルさんに祝福の声が掛けられる。


「ディオラ様、おめでとうございます!」


「きゃ〜! マルセル様〜!」


 マルセルさんに掛かる声が黄色い。まあ、モテるだろうなと思うけど、結婚とかしないのかな?

 ああ! お姉さんに遠慮して! って、今ものすごい寒気が! この話はしないでおこう……


「これだけ現場に愛されているのであれば、何も心配する必要はなさそうですな」


「だね」


 ルルとゼノンさんが小声でそんなことを話している。

 ディオラさんもツンデレなだけだし、マルセルさんは見た目からして良い人オーラ出てるもんなあ。


 私たちはそのまま魔術士の塔を出て、北区の門があるところまで進む。

 今日はこのために開放されていて、門を出たところで式典が行われることになっている。魔術士だけでなく、普通の人にも伝えるためだ。


 これから少しずつ、リュケリオンは変わっていくだろうと思う。

 今のこの世界において魔術士が特別な存在なのは確かだろうけど、それはちょっと特殊な方向の職人であるに過ぎない。

 農業や鍛治と同じように魔術の専門家であるというだけだ。そこにリスペクトはあって当然だが、人として優位にあるわけじゃない。

 それが成って初めて、土の賢者リュケリオン様の願いが叶うんじゃないかな……

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