第135話 スプリントをイテレーション

 あの後、ディーとソフィアさんで候補地の優先順を決めてもらい、ダウンロードし忘れてた術式を手に入れて帰宅した。

 私には報告書を作る仕事が残ってるけど、まあこういうのは慣れてるし、今日はソフィアさんが我が家にお泊まりしてくれるので、フォローしてもらうつもり。あ、サーラさんもね。


 私たちのお屋敷に戻ってこれたのは、昼の四の鐘が過ぎた頃。

 お馬さんは借り物だけど、二日分借りてるので、厩舎にご案内。飼葉をお水をたんと召し上がれ。

 中に入って、シルキーが出てきてソフィアさんはびっくり。サーラさんはマルリーさんと同じで会ったことがあるから平気。というか顔見知りって感じの気安さ。


「へー、今はミシャちゃんに仕えてるんだ」


「ミシャ様、すごいです!」


 あ、うん、気がついたらそうなってただけなので……

 夕飯まで少し時間があるうちに報告書を作ってしまいたいかな。自分のことはわりとどうでもいいんだけど、提出物とかは早めに作っておかないと落ち着かないタイプなんです。


 私とソフィアさんは書斎に篭り、ルルとサーラさんはさっそく稽古。ディーは庭の樹々を精霊に見せたいとか言ってた。みんな元気だなあと思う。

 なお、クロスケはリビングのラグでお昼寝の模様……


 ………

 ……

 …


「じゃ、これで大丈夫かな?」


「はい。問題ないと思います」


 書斎に籠もって小一時間。エリカに提出するための調査結果という書類を作り終える。

 まあ、書類に書いてあるのは、自然が回復してきてるとか、魔物は見なくなったとか、遺跡にはロックゴーレムがいるので注意しましょうとか、その程度の話。

 中身がどうだったかは、別途エリカに呼ばれたら話すことにしましょ。


「ミシャ様。夕食の準備が間も無く終わりますので、ルル様たちにお声がけ願います」


「うん、わかった」


 スッと現れたシルキーにそう返し、私たちは庭へと。途中でクロスケが「ご飯!」って感じで付いてきた。

 庭の一角は土のまま残してあって、ルルやディーの訓練場所になっている。たまに私も……柔軟体操とかには付き合いますよ?


「夕飯できたってー」


 その声が聞こえているんだろうけど、ルルは集中しているようで……必死な様子。

 目の前のサーラさんの姿が消えたかと思うと、右斜め後ろに現れ、木の枝が振り下ろされる。


「うわっ!」


 とっさにそれを訓練用の木槌で払うルル。と、次の瞬間に足払いを掛けられて転ばされる。

 サーラさん、本気すぎでしょ……


「はいはい、続きはまたね」


 パンパンと手を叩くと、私に見られていたのに気付いたようで悔しそうな顔。

 マルリーさんからは正攻法の戦いを教わってたけど、サーラさんは全く逆だもんね。


「いろいろ教える前に、私の初手に反応できるのは大したもんだよ」


 サーラさんがそう褒め、ルルの手を取って引っ張り起こす。

 ま、私なら初手で「は?」ってなって、後ろからぽかっとやられてるね。


「むー、じいちゃんやマルリーさんと全然違うから、手も足も出ないのが悔しい」


「そりゃ、私の闘いかたは『ずるい』からね。でも、そういう相手もいるんだ。じっくりと教えてあげるよ」


 サーラさんらしいというか、そういう相手も確かにいるよなーと思う。魔物にも人間にも……。

 黒神教徒にまだ残党がいるのかどうかは不明だけど、用心に越したことはないはずだし。


「私の魔法はルルが守ってくれてるからだからね。よろしくね」


「うん、頑張る!」


 クロスケもいるとはいえ、不意に多人数相手の戦闘になったことがないから、その辺りも心配なんだよね。って……


「あれ? クロスケ?」


「クロスケさんなら、先ほどあちらへ」


 とソフィアさんが見た方向から、ディーとクロスケが帰ってきた。ああ、呼びに行ってくれてたのね。


「すまない。待たせてしまったか」


「ワフワフ」


「私たちは待ってないけど、クロスケが早く夕飯食べたいってさ」


「ワフッ!」


「も、申し訳ない!」


 クロスケの「そう!」って感じの返事に、ディーが真面目に頭を下げるもんだから、みんな笑いを堪えるのに必死でした。


***


「では、みなさんはしばらくの間はここで生活されるのですね」


「そうなんだよね。ボクとしては早くまた旅に出たいんだけどさー」


 そう言って、ふぅとため息をつくルル。お父さんから『しばらく出国禁止』を食らってからまだ一週間程度。もう少し我慢して欲しい。

 夕飯を終え、シルキーはささっと食器を片付けてティータイム。こう「食器洗うの手伝おうか?」とか言いたいんだけど、彼女の仕事を取る方が不機嫌になるので堕落中。


「とまあ、ルルもこんな感じなので、まめに稽古に来てもらえると助かります。夕飯もご馳走しますし、泊まって行ってもらっても」


「それは嬉しいね。じゃ、稽古・手伝い・休日って繰り返しでどう?」


 サーラさんの提案はとてもありがたいことだった。

 稽古の日はお昼過ぎに来て稽古開始、泊まって次の日は王都でサーラさんのお手伝いをして帰宅、その次の日はお休みという流れ。

 サーラさんのお手伝いの内容だけど、配達とか掃除の手伝いとかボランティアなことらしい。なんか頭が下がる思い。

 ソフィアさんが思わず、


「すごいです……」


 と呟き、私たちも頷く。

 サーラさんは照れ臭くなったのか、


「まあ、これもヨーコの手伝いの延長ってやつだよ」


 と笑い飛ばすが、少し懐かしさと悲しさが漂って見える。

 ちょっとしんみり……ってソフィアさんが困った顔に……

 あ、ヨーコさんのこと知らないじゃん。いや、白銀の乙女のことは知ってるから、名前ぐらいは聞いたとこがある感じなのかな?


「えーっと、サーラさん。ヨーコさんのこと、ソフィアさんに話していいです?」


「ミシャちゃんがいいなら、全然。全部話して良いよ」


 と許可をもらえたので、ざっくりと。

 ヨーコさんの出自——勇者召喚の話にはかなり驚いていたが、彼女が聖女と呼ばれるレベルの神官だったことは伝え聞いていたらしい。


「なるほどです。ミシャ様、くれぐれもお気をつけくださいね?」


「ね。私もそれだけが心配だよ」


 あ、うん、はい。気をつけたいと思います……


「ボクが守るから大丈夫!」


「私もいるぞ!」


「ワフワフッ!」


「うん、ありがとね……」


 こういうのって照れるね。なんだかむず痒い感じ。

 でも、本当に嬉しいし、みんなが楽しくいたいから、出来るだけ無理せず『次元魔法』の手掛かりを探すことにしよう。


 その後、ソフィアさんも週に一度はここに来て泊まっていくことになった。

 ディーに精霊魔法で習いたいことがたくさんあるらしいし、私としても女子力の高い彼女からシルキーに米の調理方法や漬物の漬け方を伝授してもらえて万々歳。


 そして一月後。

 ようやっとルルの出国禁止が解け、それと同時にエリカのお屋敷に呼ばれた……

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