第128話 持ち出し禁止になりました

「こんにちはー」


 私たちはノティアから王都に戻り、クラリティさんの工房を訪れていた。

 シルキーの「早く広いお屋敷に!」と言う無言の圧と、ロッソさんから試作品と鉄糸のサンプルを渡されてしまったので、ノティアでまったりするわけにもいかず……


 馬車での移動なので、ルシウスの街で一泊し、昼の三の鐘が鳴る前に王都着。

 そのまま、クラリティさんのいる鍛治ギルド区画へと向かった。まだこの時間なら面会も可能かなってことで。


「やあ、いらっしゃい。元気そうで何よりだ。ゲーティアでの活躍はマルスから聞いたよ」


 爽やかな笑みと共に現れるクラリティさん、マジイケメン。

 で、ルルが担いでる袋に興味津々な模様……


「例のかい?」


「はい」


「場所を移そう。こっちへ」


 奥の工房へと場所を移し、しっかりと扉が閉められる。

 それを見て、物をルルが袋ごと机に置いた。


「はい、これ。ロッソおじさんから」


「ありがとう。ロッソの作った物を見るのはいつもワクワクするね」


 子供のように嬉しそうな顔をして袋を開き、収められていた複合弓コンパウンドボウを取り出す。

 感嘆の声を上げつつも、あちこちからそれを眺め、滑車を回してみたり、リムの堅さを試してみたり、各部のチェックに余念がない。


「で、これが弦です」


 私は袋に同梱されていた動物由来の弦——確かガット弦だっけ——を渡す。

 取り付け方に工夫というか、滑車経由で引くための配線というか取り回しが必要。とはいえ、クラリティさんはそれを手慣れた手つきで張り終えた。


「さすがロッソだ。素晴らしいね」


「「おおー!」」


 私は知ってるから驚きはないけど、ルルとディーはそれに興味津々だ。


「試射してみよう。裏手に射場があるんだ」


 もはや完全に新しいおもちゃを手にした子供と化したクラリティさんは、うきうきで工房奥の扉を開ける。

 そこは外からも見えていた大樹がある庭。かなり広いが、隅々まで綺麗に手入れされていて、思わずそれを声に出してしまう。


「すごいですね……」


「ははは、まあ、ディアナだってこれくらいはできるようになるさ」


「が、頑張ります」


 なるほど、お屋敷がもらえたらディーに任せることにしよう。まあ、また旅に出ちゃうとシルキーに任せっきりになるんだろうけど。

 クラリティさんが立てかけてあった矢筒から一本矢を抜くと、それを複合弓コンパウンドボウに軽くつがえる。


「あの的まではだいたい百歩ってぐらいかな」


 そう言って指す先には、多分オークほどのぶっとい丸太がある。

 百歩っていうから、距離にして六十メートルぐらいかな? 魔法でどうこうできる距離じゃないよね。氷槍が一番飛距離出せるけど、ここから小指の先ほどに見えるあれに当てるのは無理……


「じゃ、試すよ」


 見た感じ、そんなに力を入れずに弦を引けている感じ。そして……

 ヒュンッ! という音を残して矢が飛んでいき、その矢が丸太の上を通過した。


「は?」


 とディーが残念な顔をしてるのは、クラリティさんが外したからじゃなくて、矢の速度に驚いてるからだと思う。

 複合弓コンパウンドボウはリムの湾曲は僅かだけど、滑車を経由する分だけ引く距離も長くなる。これ考えついた人って天才だよね。


「想像していた以上に初速が出るね。これなら矢が落ちる分を半分に見積もってもいいかな」


 二本目の矢をつがえて……放つ。

 それはほぼ真っ直ぐに飛んで丸太に突き刺さった。


「やばいやつだこれ……」


「そうだねえ……」


 普通の弓の倍ぐらい飛距離あるんじゃないかな。当然、その分威力も倍増……

 まあ、作るのはかなり大変な点が救いかな。製鉄なんかが工業化されてないから、量産するのは厳しいと思う。


「あ、あの! 私も!」


「ダメだよ。これはちょっと特殊な弓だから。変な癖がついてしまうからね」


 私もうんうんと頷いておく。これの取り扱いは国に厳重にしてもらおう。

 ディーがしょんぼりしているが、これが無くてもディーの弓は十分オーバーテクノロジーだと思うよ?


「それに今のだけでほんの少し弦が伸びた気がするね。今までの弓の弦じゃ厳しそうだ」


「あー、それなんですけど……」


 私は自分のサイドポーチに入れていたピアノ線——鉄の糸を取り出した。

 四本それぞれ炭素含有量が違うので、色違いの布の切れ端を括り付けてある。


「これはまたすごい物を作ったね」


「気をつけてください。手を切っちゃうので……」


 渡したそれがどういういきさつで作られたかを話し、けど量産するのは至難だと伝える。

 弓自体も作るのは至難だが、消耗品の弦まで至難となると実用化は難しい。今までの弓の弦を使いつつ取り替えをまめにするか、この鉄の糸に近い素材を探してもらうしかない。


「そうだねえ。ワイバーンの皮あたりだと代用できそうな気がするけど、あれもこの辺りでは見ないしねえ」


「ワイバーン!?」


 大人しかったルルがいきなり叫んだ。そして、目をキラキラさせ始めたので、私の脳内に黄色信号が灯る。


「じーちゃんたちと倒したの?」


「ああ、そうだよ。ウォルーストの北東にある山脈には昔からワイバーンが多くてね」


「ウォルースト!」


 ルルが旅をしたそうにこちらを見ている……。『旅をしますか? →はい/いいえ』っていうウィンドウが出てきそう。

 で、笑いを噛み殺しているクラリティさん、完全にわざとですね。


「いいけど、いろいろ片付いてからね」


「うむ、もう少しゆっくりしないと、次の旅が楽しめないと思うぞ」


 おお、いいこと言うじゃん、ディー。

 私としても、新しいお屋敷をもらって、そこでゆったりまったりを満喫して「暇だなー」って頃に旅に出たいんだよね。


「さあ、中へ戻ろう。その時の話を少ししてあげるよ」


 止めるつもりはないですけど、程々でお願いします……


***


 王都では例によってルルのお父さんのところに泊めてもらって、いつもの客室に滞在中。

 ルルはそのお父さんとお兄さんに呼ばれ、何か話し合っているようだ。


「ミシャ、あの複合弓コンパウンドボウだが、既存の弓とどれくらい違うんだ?」


「私も詳しいことは知らないけど、確か飛距離は倍以上あるんじゃないかな」


 それを聞いたディーはぽかーんと口を開けて残念モードに。ま、今のところ、値段も倍どころでは済まないし、量産の目処も立たないだろう。

 と、ぐったりとしたルルが戻ってきてベッドに倒れ込むと、私の膝に頭を預けた。


「どうしたの?」


「街道の一件が落ち着くまで、国から出るなってー」


 あー、さすがにちょっと目立ちすぎた? いや、でも、街道の件だって知ってるのは警備隊長のゼノンさんぐらいのような……

 そんなわけないか。あの日、門を閉めないようにってルルが言ったもんね。ちゃんと皇太子様から事後承諾は得たけど。


「まあ、いいじゃないか。新しい屋敷をもらうのにもしばらくかかるだろう」


「あ、それ! 明日の昼前にエリカが来るから!」


 え? もう? っていうか、エリカ本人が??

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