第116話 複合的要因の不具合を断て

 篝火かがりびで照らされている範囲は倒れたオークだらけになっている。数にして五十以上はある気がするけど、ほとんどがクロスケとブラックウルフたちのおかげだ。

 彼らのおかげで足が止まり、エルフの弓隊が着実にとどめを刺していく一方的な展開となった。だが、彼らの指揮官がまだいるはず……


「ワフッ!」


 クロスケとブラックウルフたち十数匹がバリケードの向こう側に整列した。何この統率のとれた一団……

 だが、その瞳はどれも先の暗闇を見据えているようで、まだ弛緩した雰囲気はない。


「ルル、出番かも……」


「オッケー!」


 戦槌ウォーハンマーを構えた右腕に力こぶを作って見せてくれる。

 緊張はしていないけど、油断もしていないようだし大丈夫かな?


「ブゴオォォ……」


 暗闇を割って現れたのは……オークなんだけどデカすぎる気がする。

 それになんか額に角が二つあるんだけど、あれは一体……


彼奴あやつは……」


 フードから顔だけ出し、肩越しにそれを見たフェリア様が呟いた。


「ご存知なんです?」


「黒神教徒が作り出したオークとオーガの合成獣キメラだな。ウルクとか呼ばれておったが、あそこまで大きいのは我も見たことがない」


 小声でそんな会話を交わす。

 そういや、ノティアのダンジョンにもキメラスケルトンがいたけど、アレも合成実験のなれの果てだったのかも? 黒神教徒、ホント、ロクでもないことしかしてないな……


「グルルルル……」


 クロスケが四肢を踏ん張り、ウルクを睨んで低く唸る。

 ブラックウルフたちも唸りつつ半円状に散開した。強い相手は囲んで殴るってやつかな。

 と、そいつが急に走り出した!


「バリケード裏から退避しろ!」


 弟の声が飛び、控えていたエルフたちが飛び退く。

 バリケード前に構えていたクロスケも、真正面からはまずいと思ったのか右へと飛んだ。

 これ! 体当たりでバリケード壊す気なの!?


《起動》《魔法障壁》


 肩から突っ込んだウルクに、樹木のバリケードはあっさりと折られ、あるいは、根ごと抜かれて飛び散る。

 とっさに出した魔法障壁がそれらを弾き返したけど、これはちょっと洒落にならない。オーガロードより強いでしょ、こいつ……


「ボクが相手する!」


 あああああ!

 止める前にルルがそいつの前に躍り出てしまい、頭を抱えそうになる。

 ディーに目線を送る。タイミングを見てフォローするなら、彼女が一番のはずだ。


「ガウゥ!」


 一匹のブラックウルフが後方からウルクに襲い掛かった。が、ふくらはぎ付近への爪の一撃は全く効いていないっぽい。

 オーガロードの時もクロスケが頑張ってたけど、あまり効いてなかったよね。これは止めさせた方が……


「ガウッ! キャンッ……」


「あっ! クロスケ! 無理させちゃダメ!」


 別のブラックウルフが横から襲い掛かったが、太い腕で払われて飛ばされてしまった。

 幸い、大事には至らなかったようだけど、流石に無理がありすぎる……


「オオンッ!」


 しっかり伝わったのか、クロスケの一声でブラックウルフたちが下がる。そして、ルルが一歩前へ進む。

 身長差は倍以上ある。お願いだから怪我だけはしないでよ……


「ブゴオォ!!」


 ウルクの右腕の叩きつけをルルの円盾ラウンドシールドが受け、左側へと流す。

 体勢を崩した相手にすかさず戦槌ウォーハンマーを振り下ろすと、ウルクはそれを左手の甲で受けた。


「ブゴアァァ!」


 激痛が走ったであろうウルクが飛びずさって距離を取る。ルルもそれを無理には追わなかった。

 奴が逃げに転じるようなら、ディーや私、クロスケたちが足止めすると信じてだろう。


「さあこいっ!」


「ブガアァ!」


 一瞬しゃがんだウルクが倒れているオーガを掴んで放り投げた!


「うわっ!?」


 それを横っ飛びで避けたルルにウルクが突進し、肩からぶち当たる。

 とっさにそれを円盾ラウンドシールドで受けたルルが弾き飛ばされた。


「ルル!?」


「打て! 奴の足を止めるんだ!」


 私が慌てて駆け寄ろうとしたのを見て、ディーが叫び、弓隊がウルクに向けて矢を放つ。


「ルル、大丈夫?」


「うん、大丈夫。オーガロードの時と同じだよ」


 そう答えながら立ち上がろうとして……


「あっ! 戦槌ウォーハンマーが!」


 ルルの戦槌ウォーハンマーは……ウルクの足元に転がってる!

 ウルクは矢の雨に晒されてそれに気付いてないようだけど、どうすれば……


「ガフッ!」


 矢の雨が途切れたところでクロスケが後ろから襲いかかる。

 爪の一撃が背中に思い切り振り下ろされ、どす黒い血だと思われるものが飛び散った。


「ブゴオォ!」


 ウルクはたまらずクロスケの方に向き直るが、その場からは動かない。

 クロスケは戦槌ウォーハンマーが落ちてることを理解してるのか、吠えたりフェイントをかけたりと、挑発行動を繰り返してくれてはいるけれど。


「ミシャ、あれを転送できない?」


 ルルがこっそりとそう尋ね、私は思わず「それだ!」と叫びそうになるのを堪える。

 落ちてる戦槌ウォーハンマーまでは二十歩ほどの距離で、これならなんとか精密なコントロールもできると思う。

 私は自分の腕輪を外してルルに渡すと、ルルはそれを右手首に巻いた。その手のひらを上に向けたのを確認して……


《起動》《返送》


 瞬間、転送されて来た戦槌ウォーハンマーをルルがぐっと握る。

 毎回GUIDを唱えるのもどうかと思って『返送』っていう魔法にしといて良かった。

 で、ルルが立ち上がろうとするのを止める。あいつにキツい一撃を食らわせる良い方法を思いついたから。


「ルル……」


 こそこそと耳元でそれを伝えると、ルルが目を輝かせて頷く。

 うまく行くかわからないけど、物は試しだ。


《構築》《結界》《魔素結界》《遮音結界》


 ルルの背をポンと叩くと、彼女が弾けるように飛び出した。だが、その足音も物音も全て無音。

 すごい勢いで魔素が吸われて行く。ルルが身体強化を発動し、結界の維持に持っていかれてるからだと思う。

 

「———」


打ち合わせ通り、戦槌ウォーハンマーを振り下ろそうとする瞬間に結界を解除!


「——っ!!」


 ウルクの背中、腰骨のあたりに完璧なバックアタックが叩き込まれた。

 音が戻った世界に、その骨が砕かれる音が痛々しく響く。


「フギャアァァ!!」


 つんざく悲鳴をあげ、前へと倒れるウルク。

 ルルがさっと離れて私を見た。いつものやつですね、わかります!


《起動》《雷撃》


 眩い光と空を破るような音がした後には、黒焦げになったウルクだけが残っていた。

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