第113話 しっかり退避してから対処しよう

【SubThread:リュケリオン魔術士マルセル】


「マルセルさん! 馬車列の後方に魔物たちが見えます!」


「僕が敵を足止めしますので、皆さんは警護と誘導をお願いします!」


 ベルグとの街道にいた人たちのうち、リュケリオン側にいた人は全て街へと入れそうだ。だが、その後ろにいる魔物たちまで歓迎するわけにはいかない。


「もう少しです。急いで!」


 行き過ぎる馬車や旅人たちに声を出し、なんとか門を潜ってもらう。

 普段ならこんな数が一度に来たら入国管理で大渋滞だろうけど、今は特例で素通りだ。


「マルセル様、我々もお手伝いします!」


 殿しんがりにいた兵士二名が僕の隣で立ち止まった。

 かなり疲れているとは思うけど、一人ではどうしても横を抜けられかねないので助かる。


「ありがとうございます。左右から魔物がすり抜けぬようにだけ心がけてください。あと、無理をしないように。危なくなったら退避してください」


「わかりました!」


 二人が左右に広がってきたところで、追いかけてきた魔物の先頭が射程に入った。

 長杖ロッドの先をその先頭の魔物——ゴブリンに向け……


《起動》《火球》


 飛んでいく火球を徐々に圧縮する。


 ズドーン!!


 想像以上の火力が標的だったゴブリンを襲い、その後ろにいた数匹までも巻き込んだ。


「いやはや、ディオラ先生がミシャさんから教わったと聞きましたが、まさかここまでとは……」


 ちらりと後ろを見ると、街へと入る列はもう少しだけ残っている。気は急くが何かを言っても早くなるわけでもない。

 前を向き直すと、さらに後続のゴブリンたちは先ほどの火力にかなり動揺しているようだ。だが……


「グガアアアアア!」


 ゴブリンどもの後ろにいるオーガが雄叫びを上げる。

 上司の命令には逆らえないのは魔物たちも同じらしい。妙な親近感を覚えなくもないけど、あのオーガをなんとか退けられれば……


「マルセルさん! 空から何かが来ます!」


 街壁で遠見をしていた衛兵から声がかかる。

 しまった! 敵は地上だけじゃなかったのか!


 ヒュンッ!


 僕が茜色に染まる空を見上げるのと同時に、一条の白銀の光が降り、オーガを串刺しにする。


「マルセル! 撃ちなさい!」


《起動》《火球》


 二発目の火球を撃った。

 それは過たずオーガに着弾し、その上半身を吹き飛ばす。


「ギッ、ギギィ!」


 上司を失った部下たちが壊走していくが、追いかける余力はない。

 だが、その必要もないだろう。なぜなら……


「くっ!」


 思わず耳を塞ぎ、落雷の轟音から鼓膜を守る。

 森の賢者ロゼ様が得意とする雷撃がゴブリンたちを黒焦げにした。


「いい火力の火球だったわね、マルセル」


 降り立ったフクロウが見知った美女へと変化し、僕はほっと胸を撫で下ろす。ロゼ様が来れば、少なくともリュケリオンの街は安全だ。


「あれはロゼ様の妹さんから教わったものですよ」


「ミシャから? ああ、そうね。あの杖、マルリーがあなたに売ったんだったわ……」


 ロゼ様が呆れたように額を押さえている。珍しいこともあるものだ。まあ、あのミシャという子のことなら納得でもあるけど。


「マルセル、久しいな」


「ケイさん、お久しぶりです」


 オーガに刺さっていた白銀の槍を抜いてきたのだろう。その槍は火球の直撃を受けたにもかかわらず傷一つない。

 姉の戦友は今も変わらない強さを持っているようだ。


「ディオラは?」


「フェリア様に変わって塔で缶詰状態ですよ」


「あら、それは素晴らしいわね。急いで冷やかしに行きましょう」


 そう言って微笑む姿は昔と少しも変わらない。

 僕が周りの皆に撤収を伝えると、彼らは森の賢者の帰還に歓声をあげる。

 実際にロゼ様を見たことがない人たちも、彼女の偉大さは十分に知っているからだ。

 ふと、西の空を見ると夕焼けが終わり、リュケリオンに夜が訪れようとしていた。



【SubThread:はぐれエルフのディアナ】


 国境門を越えてからも馬で進んできた私たちは、私の生まれたエルフの里へと続く入り口で止まる。流石にここからは歩きにならざるを得ない。 


「申し訳ないがここから先は私たちで。馬を引いて戻ってくれるか?」


「はっ、了解しました! くれぐれもお気をつけください」


 ゲーティアの遺跡からずっとついて来てくれた年配の衛兵さんに、私とルルが乗っていた馬の手綱を預ける。彼と彼を戻りにあててくれた警備隊長のお陰でかなり時間の節約ができた。


「では、走ろう。ルル、大丈夫か?」


「もっちろん! おにぎり食べたし、食後のいい運動だね!」


 そう頼もしい返事が返ってくる。

 さらには、


「ワフッ!」


 クロスケ殿が私を追い越して先頭に立つと、元のウィナーウルフの姿へと戻り、暗くなってきた森を照らしてくれた。


「ありがたい!」


 一度来たことがある道を完璧に覚えているようで、私たちのペースに合わせてスルスルと進んでいく姿が神々しい……


「ワフ」


 とクロスケ殿が立ち止まったのは、以前、私が里の見張りに呼びかけた場所だ。


「セルティアの娘のディアナだ! 火急の要件を伝えに来た! 神獣様もいる!」


「ディアナ! すぐに来てくれ!」


 この声は父上? 少し切羽詰まった返答に嫌な予感がして、私たちは改めて駆け出す。

 村の入り口に着くと、そこから見える里の広場には、この里の者ではないエルフたちが憔悴した顔で座り込んでいた。


「これは……」


「ディアナ! 無事で良かった。北の方にある里に魔物の群れが押し寄せたらしく、避難民たちを受け入れていたところだ」


 父セルティアが弓を背負って現れ、そう説明してくれる。

 母や村長といった女性陣は避難民たちのうち、怪我をしている者たちの手当てをしているそうだ。

 幸いなことに死者や重傷者はいないらしい。


「ディー、ミシャから預かってるポーションを渡そうよ」


「あ、ああ、そうだな。父上、私も手当ての方にまわります」


「いや、すまんが、ディアナとルルさんは里の西側に行ってくれ。村長の息子たちと若い衆で警備にあたっているが、避難民から聞いた話では戦力が足りていないと思う」


 その言葉にルルが頷き、クロスケ殿もやる気のようだ。

 私たちは自分の持っている分のポーションの一部を預け——効き目がハイポーションなみと念入りに注意し——西側へと向かう。


「まだ魔物は来てないみたいだね」


 見えてきた里の西側の出入口には、樹木での自然の柵が作られている。

 おそらく村長の息子、兄のトゥーリの精霊魔法だろう。


「ウオォォォ〜ン!」


 クロスケ殿の戦叫ウォークライが響き、振り向いた若手衆から歓声が上がった。


「神獣様だ!」


「我々の勝利は約束されたぞ!」


 気持ちはわかるが、ここで緊張感が緩まれても困るのだが……

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