第111話 急いでいても手順は守ろう

【SubThread:天空の白銀ケイ】


 翼をひと仰ぎして更なる加速を得ると左右の景色の流れもまた速くなる。

 翼人よくじんが持つ加護は翼に宿り、その身を自在に飛翔させるものだ。

 

 ………

 ……

 …


 だが、私は違った。生まれついて加護が弱いのか、自身の体を浮かせるだけで精一杯だった。

 翼人よくじんが得意とする高高度からの狩りもできず、一族から疎まれたところをロゼ様に拾われた。

 その時に言われたのが、


「あなたの加護は飛ぶだけじゃなくて、身体強化や精霊との対話も含まれているわ。そのせいで相対的に飛ぶのが苦手なだけよ」


 と。

 聞けば、他の種族でもそういった子が稀に生まれるそうだ。そして、ロゼ様はそういう子を集めているらしい。


「なぜですか?」


「黒神教徒に対抗するには、月白げっぱく姉様の加護を持つ子でないとね」


 月の白さを持つ女神、月白げっぱく神様。暗黒神と対をなす慈愛の女神。私に与えられた加護はその月白神様の加護なのだそうだ。

 私はその日から飛べること以外にも価値を持てるよう懸命になった。次にロゼ様に捨てられてしまえば私にはもう居場所がない。


 私のように集められた者が三人。

 巨人族なのに小さいマルリー、ハーフリングなのに内向的なサーラ、エルフなのに精霊に興味がないディオラ。

 それぞれがそれぞれの悩みを抱えたまま、ロゼ様の命に従って淡々と依頼をこなす。

 それはかつてグラニア帝国を滅亡に導いたと言われる黒神教徒の残党を探すこと。逃げ延びた彼らが大人しくしているなら、ロゼ様もそれ以上は何もしないつもりだった。だが……


 ベルグの東にあるパルテームという国で、その王家が黒神教徒と共に勇者召喚を行うという話をサーラが持ってきた。

 ロゼ様から命じられたのは勇者召喚の絶対阻止。もし、彼らが勇者という駒を手にしてしまった場合、グラニア帝国の再来になる可能性があるそうだ。

 私たち四人には国だとか政治だとか難しいことはわからない。ただロゼ様の命令に従うだけだった……


 ………

 ……

 …


「ケイ、見えるわね?」


「はい、見えます。降りますか?」


 場所は街道の中間地点から少しゲーティア側。

 馬車の隊列の前にはベルグの兵が、後ろにはリュケリオンの兵がいるようだ。


「ええ、確認しましょう」


 そう言って急降下するロゼ様を追いかける。

 いきなりフクロウから人化するのは驚かせるのではと思ったが、今さらそんなことを言っている場合でもないだろう。


「っ!!」


「落ち着いて。私たちはゲーティアの国境門が開いていることを知らせに来たの」


 女性に手を広げて言われて襲い掛かるようなことはないだろうと思うが、念のためロゼ様の後ろに控える。


「そ、そうでしたか」


「事情を聞きたいので一人でいいわ。進んでちょうだい」


「はっ!」


 年配と思われる方が残り、若い方が先導して馬車列が通り過ぎていく。

 後方からリュケリオンの兵士も一人やってきて、先ほどの話を聞いて一安心している。

 彼は地震の後、スレーデンの遺跡が崩壊したことを受けて、街道に伝えに来たらしい。


「街道の中央で停泊していた人々はそれぞれ、どちらかへと退避するよう命じております」


「リュケリオンからここまでの間に魔物は出たかしら?」


「いえ、私が通った限りではおりませんでした」


 その話を聞いてひとまず安心する。

 こちら側にもその気配はなかったので、このまま進めば夜にはなるがゲーティアへと退避できるだろう。


「ありがとう。私たちはこのままリュケリオンへ向かうわ」


「はっ! お気をつけを!」


 ロゼ様がまたフクロウに変化し、兵たちが呆気にとられている。


「あの人が森の賢者ロゼ=ローゼリア」


 私はそれだけ言って、ロゼ様の後を追いかけた。

 日が暮れるまで鐘一つあるかどうか。

 スレーデンの遺跡が崩壊したとはいえ、すぐに魔物が現れるわけではないと思うけど……



【SubThread:ノティア伯爵の孫娘ルル】


 ボクたちはなんとか昼の五の鐘が鳴ったぐらいでゲーティアの国境門に着けた。

 ディーが馬に乗れないかもって思ってたけど、衛兵さんたちよりもよっぽど上手くてびっくりかな。


「警備隊長を呼んで参ります」


「うん、お願い」


 一緒に来てくれた衛兵さんの若い方が兵舎へと走り去ったので聞いておこう。


「ディー、馬に乗るの慣れてたよね。どうして?」


「ん、ああ、里には野生の馬が来ることもあるからな。乗馬は得意だぞ」


 そういえば街道をリュケリオンに行く時も、馬の足が怪我したのを診てたし、自分がすごいことしてるの気付いてないのかな?


「お待たせしました」


 っと、守備隊長さんが来たみたい。


「えーっと、ボクは……」


「ルルお嬢様、久しぶりです」


「え、ゼノン先生!?」


 ボクの前に現れたのは、王都の学園で戦闘技能を教えてくれたゼノン先生。

 もう六十近い歳だったと思うんだけど、先生は辞めちゃったのかな?


「孫もできたので隠居するつもりが、こんなところで働かされてましてな」


 先回りしてそう話してくる先生は昔と同じ笑顔だ。ちょっとシワは増えたみたいだけど。

 ボクがそれに驚いていると、


「ルル、要件を急いだ方がいい」


「う、うん、ごめん。えっと……」


 要件をかいつまんで話し、ディーもそれにフォローを入れてくれる。

 いろいろと驚いてるみたいだけど、こっちでも大きな地震があって、怪我人も少し出たらしい。

 街道にはロゼ様とケイさんが、王都へはミシャとフェリア様が向かったことを伝えて、国境門を閉じないようにお願いする。


「なるほど、わかりました。急ぎ私の方で指示を出しておきますので、皆様は兵舎の方へ」


「いや、ボクたちは行かなきゃいけない場所があるんだ」


「行かなければならない場所、とは?」


 ゼノン先生がけげんな顔をするけど、ボクたちの目的は国境門を閉じさせないことだけじゃない。


「すまない。街道の北側にエルフの里がいくつかあって、魔物がくる可能性のことを伝えねばならないのだ」


 ディーがそう申し訳なさそうに話すけど、家族が危険な目に合うかもしれないんだし、伝えに行かないと。


「ワフッ!」


「ほら、クロスケも早く行こうって言ってるよ!」


 その様子にゼノン先生も驚いてる。

 クロスケ賢いもんね!


「じゃ、先生。ボクたち行くから!」


「わかりました。くれぐれもお気をつけください」

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