第108話 アラートは油断してるとやってくる
「よっと!」
出た場所はラシャードの王都ラシーンの東。カルデラにあるロゼお姉様のお屋敷だ。
庭先の一角、雨でもお茶ができる東屋に転移先の魔導具を置かせてもらった。
「ミシャ、すごい!」
「無茶苦茶だな……」
「およそ三日の距離を一瞬か……」
ルルが戻ってきたことにはしゃいでるし、ディーとケイさんは呆けている。
まあ、ルシウスの塔とかダンジョンでの転移はあんまり「移動した」って感じじゃなかったもんね。
「ワフ」
クロスケは……スレーデンで体験済みだからか平気っぽい。
「皆様、お帰りなさいませ」
「うん、ただいま」
急にシルキー(姉)が迎えてくれて内心驚いたけど、この屋敷の中なら当然かな。
買ってきた米を精米したいけど、まずは荷物を置いて休憩しましょう。
***
「早かったわね。もっとゆっくりすればいいのに」
リビングでロゼお姉様がそう出迎えてくれた。
どうやら何か魔法の本を読んでたみたいだけど、普段からずっとそうなのかな。結構、退屈だと思うんだけど。
「灯台の魔素補充はちゃんと終わらせました。あのサイズで一年持つんですね」
「あれはロッソの造形で発光の魔法を抑え目にできるのが大きいわね」
「おー! さすがロッソおじさん!」
やっぱりそうなんだ。
んー、魔法だけじゃなくて、それ以外の部分でも魔法の効果を上げる工夫も考えないとかな。
「何かしら作りたいものがあるならロッソに頼んでも良いけど、彼もいい歳だし、若い才能を探してみたら?」
「うっ、簡単に言いますけど……」
「ウォルーストの北に、ワーゼルやロッソの故郷だったドワーフが住む国があるわ。一度行ってみてもいいかもね」
「行ってみたい!」
「次はそこだな!」
いやいや、いったん帰ってからだからね?
ここまではすぐ来れることを確認できたんだから、まずはベルグに、ノティアまで帰って、森の屋敷に転送先の魔導具を置いてからにしたい。
「ミシャ、『せいまい』とかいう処理をするんじゃないのか?」
「ああ、そうでした!」
ケイさん、久しぶりにおにぎり食べたいのかな?
ヨーコさんの愛情こもったおにぎりでないのは申し訳ないけど、まずはしっかり精米して、美味しいご飯炊かないとね。
***
「お、終わった……」
約十五キロぐらいの精米を終えて、へたり込んでしまう。魔法でちょちょいのちょいかと思ってたのに、めちゃくちゃ苦労した。
最初はヨーコさんの日記にもあった摩擦式での精米を試したんだけど、綺麗になるまで時間がかかりすぎた。一時間弱も魔素コントロールするハメになったし。
なので、研磨式を試そうと、石壁に米をぶつけて糠を取っていこうと思ったら、今度は力加減が難しくて大苦戦。弱いと取れないし、強すぎたら米が割れちゃう……
なんとか加減を調整して買ってきた分を精米し終えたのは昼の三の鐘をまわった頃。
いくらか割っちゃったけど、そういうのは後で煎餅にでもしよ……
「ミシャ、大丈夫? はい、お茶」
「ありがと」
受け取ったそれを軽く冷却してから一気にごくりと。
冷えた豆茶、美味しい……
「この粉のようなものも料理に使うのか?」
ディーが甕にたまった糠を覗き込んで不思議そうな顔をしている。
米糠、しかも生糠なので、さくっとぬか床を作ることにしよう。
「直接使うわけじゃないんだけどね。よいしょっと」
立ち上がって、えーっと……まずはシルキー(姉)を呼んでっと。
「小さい甕、塩と野菜の切れ端ですね。わかりました」
ふっと消えて、次の瞬間にはそれらを持ったシルキー(姉)が現れる。
小さい甕に生糠をいくらか移して、食塩水は魔素膜でさくっと。最初は雑菌が怖いから塩分多めにしておくかな。
少しずつ注いではまぜまぜこねこねし、手で押し込むと少し水分が出てくるくらいに調整。
野菜の切れ端を投入して……はっ! 昆布がない!
リーシェンで昆布見かけなかったんだよね。海苔があるからあるはずなんだろうけど、食文化として存在しないのかな。
「まあ、今回は試しってことで……」
「ねえ、ミシャ。これってホントに料理なの?」
「あー、うん、そういう気持ちになるのもわかるけど、大丈夫だから」
ただただ泥を作ってこねてるようにしか見えないよね。
でも、一週間ほど野菜の切れ端を入れ替えてれば、立派なぬか床になってくれるはず。
甕に蓋をして、シルキー(姉)に冷暗所に置いておくようお願いする。
「よし、次はお米を炊くよ!」
***
いざ、おにぎり実食!
とは言うものの、私は普通に鍋炊飯のご飯が炊き上がったところでつまみ食いして、久々の味に感涙した後だけどね。
ヨーコさんの日記だと普通にご飯だけは、こっちの世界の人には微妙だったそうだし、私もおにぎりに。さらには海苔も巻きました! これで美味しくないはずがない!
いや、でも、ゴマとか欲しかったかも? あと梅干し……はちょっと好みが分かれそうだし、肉味噌とかツナマヨかな? そいや、召喚された勇者様はマヨネーズ無双してないんだろうか……
「じゃ、いただきましょ」
ロゼお姉様がそう言って、少し早い時間だけど夕食が始まった。
私はルルがおにぎりをフォークで刺して口に運ぶのを見守る。
おお! ぱくっと行った!
「ど、どう?」
みんなが見守る中、ルルは落ち着いて飲み込むと、
「美味しい!」
そう言って二口、三口とおにぎりにかぶりつく。
向かい側ではケイさんが海苔のない塩むすびを口にしている。
「美味しい。懐かしいな。ヨーコが作ったのと同じ味だ」
「そうね。懐かしい味だわ」
ケイさん無愛想だった顔が笑顔に変わり、ロゼお姉様も気に入ってくれたようで、私は心底ほっとした。
「不思議だな。麦に似た穀物だと思っていたが、甘くてしょっぱくて美味しい。この海苔の風味がまた素晴らしい」
「ワフワフ!」
ディーが食レポを始め、クロスケも美味しいと言ってくれる。
おにぎりを不味くできるメシマズキャラはそうそういないと思うけど、ともかくみんなが美味しいと言ってくれて嬉しい。
そしてリーシェンで買ってきた干物も素直に焼いたので大根おろしといただく。
醤油が欲しいところだけど、これだけでも十分に美味しい。
「お米に焼き魚……生きてて良かった」
思わずそう呟いた瞬間、私の腕時計が光った。
えっ? 時報じゃないよね? これって……
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