第106話 ココム規制って知ってますか?

 ソフトボールサイズの魔晶石への魔素補充、さすがに二つ分はちょっと大変だった。

 一つ目が終わったところで少し休憩して魔素を回復させてでないと足りなかった感じ。

 それでも一時間——鐘一つもかかりはしなかったけど。


 灯台の扉をきっちりと閉じて施錠の魔法をかける。番号はロゼお姉様のいつもの。

 多分、次来るときも私なんだろうなあとは思うけども……


 来た道を途中まで戻ったのちに、街の方へと進路変更。

 この街は特に壁で囲われていたりはしないが、一応、門はあるようだ。


「ギルドカードを見せるだけでいいんです?」


「ああ、それで問題ない」


 実際、私たちは「へー、陸からベルグの人が来るのは珍しいね」と言われたぐらいで、すんなりとリーシェンの街に入れた。

 そいや、セラードから船で来るパターンがあったけど、このリーシェンに着くわけだし、わざわざ陸側から来るのは確かに珍しいのかな。


「宿はケイさんに任せていいです?」


「ああ、昔、皆で来たときに泊まった宿へ行こう」


 そう言って案内してくれたのは、街の南東、海沿いで見晴らしの良いところ。

 普通に考えて傭兵が泊まるような場所じゃなさそうだけど……まあいっか。

 仕事は終えたし、後は慰安旅行みたいなもの。ルルはベルグの伯爵家の孫娘なわけだし、貧相なところに泊まるのもなんか違う気がするし。


 海が見える四人部屋に通されてひとごこちついたところで、


「二泊で良かったのか? もう少し長くいてもロゼ様も怒りはしないだろうに」


「そうだとは思いますけど、ロゼお姉様に会ったら一度ベルグに帰らないといけないので」


 その答えにケイさんがルルを見て「ああ」と頷いた。


「ボクは別に急がなくて良いと思うんだけどなー」


「一度帰ってまたくれば良いじゃないか。ミシャもそのつもりなのだろう?」


「うん、まあね。米がここでしか売ってないなら買いに来るしかないし」


 魔法による転移ができるようになったおかげで活動範囲がかなり広まった。

 今、この宿の部屋からロゼお姉様がいるカルデラの屋敷に転移することもできるし、その屋敷からさっきメンテナンスした灯台に転移もできる。

 こんなこともあろうかと……というわけでもないんだけど、メンテナンスのついでに転移先の魔導具を置いてきたからだ。

 これから先も私にメンテナンスを頼むんだろうし「さくっと行けるように転移先の魔導具を置いてきていいです?」とロゼお姉様に聞いたら、あっさりオーケーされた。

 まあ、あの中なら知らない誰かに見つかることもないだろうし、っていう注意付きだけど。


「そうだな。では、まずはこの宿の料理を堪能することにしよう。ここの魚料理はヨーコもお気に入りだったし、ミシャもきっと満足する」


 おおお! テンション上がってきたよ!


***


「あ゛〜、ごぐらぐ〜」


 私は肩までお湯に浸かり、おっさんのような声を出していた。

 そう、この宿、お風呂が! 温泉が!


「ううう、すごく恥ずかしい……」


 隣のルルがもぞもぞしている。

 確かにお風呂が一般的でない世界だと、他人の裸を見ることなんてないもんねえ。


「ああ、温泉最高……。やっぱり、どこかにマイホーム持って、お風呂作ってもらうかな……」


 総ひのき風呂はちょっと難しそうだし、やっぱり大理石とかかなあ。

 シルキーにお掃除してもらえることを考えると、割と無茶なマイホームを持っても大丈夫な気がしてきた……


「ミシャは恥ずかしくないの?」


「ん、全然。女湯だし」


 さすがに混浴だったら無しだけどね。

 ディーはルル以上に恥ずかしがって、体を洗っただけで出てしまった。

 ケイさんも似たような感じだけど、どっちかというと羽が完全に濡れるのが嫌なのかな?

 そして……


「ワフー……」


 クロスケも温泉にご満悦の様子。

 ちゃんと宿の人に確認してオーケーをもらい、しっかりと洗ってあげてからお湯に浸からせたら、まあ機嫌の良いこと。


「ミシャがいた世界だと普通なの?」


「普通っていうか当たり前だったかな。お風呂は毎日入ってたよ。体を清潔にすることは病気にならないために必須だからねー」


「ミシャがすぐに清浄の魔法使うのってそのせい?」


「うん、そう。清潔だと病気になりにくいし」


 こっちの世界、基本はたらいにお湯を張って、柔らかい布でごしごし。

 一応、植物油と海藻灰でできてる石鹸はあって、貴族ならって感じの高めのお値段。

 私はシルキー(妹)に貰ってたのがあるので、さっきガッツリと使いました。ルルとディーにも使わせたし、クロスケを泡でもこもこにしてやりました。達成感。


 ソフィアさん曰く、貴族だと清浄の魔導具も持ってるらしい。

 お高い魔導具ではあるけど、石鹸をずっと使うよりは安いので、とのこと。そりゃ魔導都市リュケリオンが儲かるわけだよ……


「それに、こうやってお湯に浸かってると、疲れが溶けていくんだよね……」


 ホント極楽だ……

 こうやって温泉に浸かるのは、前世だと買収前の会社の社員旅行以来かなあ。

 隣を見ると、ルルはまだ恥ずかしいのか両腕でギュッと自分を抱いて縮こまっている。

 これじゃ、温泉に来た意味がない。


「もう、ルルもっと力抜いて! こう、だらーんって」


 私が両手両足を投げ出して見せると、


「わ、わかったから! ミシャはあっち向いてて!」


 スキンシップが多い割に恥ずかしがり屋なんだからもう……


***


 宿の夕食は久しぶりの魚料理。

 さすがに和風ではなく、ムニエルだったりソテーだったり……違いはよくわからないけど焼き魚。

 そしてリゾット! 米! ああ、米! 玄米でも十分に美味しかったです。


「うう、食べ過ぎた……」


「ミシャが食べ過ぎなのは珍しいな」


「そんなに米が食べたかったの?」


「うん。そんなに食べたかった」


 そんなやりとりを見てケイさんがクスクスと笑い出す。


「ヨーコも初めてここに来て米を食べたとき、全く同じことを言っていた。君たちがいた世界では米は本当に好まれていたんだな」


「そうです! 主食でしたから!」


 なんとかして、米をベルグに輸入したいところ。

 けど、ここの特産品っぽいし、国際問題にならないかが心配なんだよね。

 育てるのはソフィアさんに任せれば大丈夫なはずなので、最悪、エリカに頼み込もうかなあ……

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