第93話 スモールリリース

 リュケリオンからラシャードの首都ラシーンへと続く道は、やがてより大きな道に合流した。

 大きな道の方は、ウォルーストへと続く街道だそうで、そっちはかなり整備されている。結びつきの強さを感じさせる道だ。


「お、陸路でベルグからとは珍しいね。ラシャードへようこそ」


 ラシーンの北門で私たちはそう言って歓迎された。

 パスポートってわけじゃないけど、ギルドカードの力は偉大というか、例の読み取り専用の魔導具にかざして、本人確認して終わり。

 リュケリオンと違ってお金もいらないし、なんなら、


「傭兵ギルドは街の北東に固まってるからね。宿屋もその辺だよ」


 とアドバイスまでいただける始末。

 なるほど、こういう街ならロゼお姉様が好きになる気もする。


 さて、まずは宿屋だけど、これは乗せてきてくれたおじさんにお勧めを聞いているのでそこへ。


明星みょうじょう亭だっけ?」


「だな。夕飯はラシャードラビットが出てくるそうだぞ」


 うん、もう期待大です。はい。

 胡椒もふんだんに使われてそうだしね!


 それにしてもあの商人のおじさん、この街にも支店があるそうだ。

 リュケリオンの一般区に本店、ベルグとラシャードに支店……

 いやいや、あのおじさんが主人ってわけじゃないんだよね、多分。


「ここだ!」


「ワフッ!」


 飾り看板には水平線の太陽の隣に輝く星。なるほど、確かに明星——金星——っぽい。

 やっぱり、この世界も太陽系……。いや、考えてもしょうがないので忘れよう。


***


「美味しかった〜。食べ過ぎた〜」


 ルルがそう言ってぼふんとベッドに倒れ込む。

 最初は各自が一人前ずつ頼んで食べてたんだけど、ルルは足りないと言い出してもう一人前追加。

 私とディーも「もう少し食べたい」ということで、二人でさらに追加した一人前を分けて食べた。


「すごいね。この国だと胡椒はいくらでも使える感じっぽいし」


 その夕食のメニューはラシャードラビットのソテー。黒胡椒はお好みで、みたいな。

 ミルで砕いて振りかける黒胡椒とか久々すぎて感動した……


「しかし、慣れてしまうとベルグに戻れなくなるぞ?」


「うっ、そうかも。ねえ、胡椒ってどこで取れるの? 海?」


 えーっと、ああ、そっか。胡椒が植物だってルル知らないんだ。

 っていうか、ディーも考え込んでるし知らないっぽい!?

 まあ、砕いた欠片だけ見れば、塩みたいなものかと思う気持ちもわかるけど。


「あのね。胡椒っていうのはね……」


 私も詳しく知ってるわけでもないけど、蔓草っぽい植物で実を乾燥させると胡椒になるんだよと教えてあげる。


「ミシャ、何でも知ってるんだね!」


「植物だったのか。それなら里やベルグでも……」


 ディーがそんなことを言い始めているが、胡椒ってかなり温暖な気候じゃないと育たなかったような? 精霊の力を借りれば可能なのかもしれないけど、この国のレベルで普及するのは無理じゃないかなあ。


「はいはい、胡椒の話はそこまで。明日『白銀の槍』ギルドに行って、用事終わらせてからね」


「はーい」


「うむ、心得た」


「ワフワフ」


***


 朝の一の鐘で起き、二の鐘で朝ご飯をいただく。

 何と朝食はベーコンに目玉焼き! パンはバゲットだけど、久しぶりに胡椒の効いた目玉焼きを食べたよ。ちょっと感動。


 で、朝の三の鐘が鳴る前に、宿を出て『白銀の槍』ギルドを目指す。

 ギルド通りはすぐにわかったんだけど、目的の『白銀の槍』が見当たらなくて……


「ミシャ、あれじゃないか?」


 と目の良いディーが通りの一番端を指差した。

 端っこも端っこ。街の外壁に近いところまで歩くと、確かに「白銀の槍」と書かれた飾り看板が見えた。


「間違いなさそう」


「よし! じゃ、行こう!」


 ルルが躊躇なく扉を開けて中に入る。相変わらず物怖じしなくてすごいなと。

 私、ディー、クロスケと続いて中に入るが、誰もいない?


「こんちは! 白銀の盾のギルドから来ました!」


 よく通る声が室内に響くと、階段の上に目的の人——ケイさんと思われる翼人よくじんが現れた。

 背中の翼はグレーっぽくて……隼っぽい? そして、無表情のまま階段を降りてくる。


「……マルリーの?」


「うん!」


「そう。じゃ、こっちへ」


 そう言って、階段を降り切らずにまた昇っていく。

 何というか……クール系を通り越して無感情系なのかな?

 ディオラさんから「ケイは無愛想だけど優しい娘だから」とは聞いてたけど、無愛想ってレベルじゃないんだけど。


「お邪魔します」


 ルルを先頭に階段を……


「あ、クロスケ、お願い」


「ワフ」


 そう答えて階段の昇り口に寝そべるクロスケ。賢い。

 二階は白銀の盾ギルドと似ていて、ケイさんについて応接室のようなところに入る。

 皮張りのソファーはなかったが、木のテーブルと椅子があって、そこに座るように目で促された。


「……」


 並んで座った私たちをじーっと眺めるケイさん。えーっと……


「白銀の盾のメンバーで、ボクがルル。こっちがミシャで、こっちはディー。リュケリオンでディオラさんから手紙を預かってきました」


 ルルにはプレッシャーとか無いのかな?

 ニッコリ笑って、預かっていた手紙をテーブルの上に置く。


「ん……」


 それを受け取って中を改める。

 手紙を読んでる最中も全然表情が変わらなくて、本当に中身が書かれてるのか不安になる。


「あと、これ。マルリーさんとサーラさんがディオラさんに送った手紙。ディオラさんがこれも見せとけって」


「ふむ……」


 よーく見ると目が動いているので、ちゃんと字を追っているのがわかる。

 そして、二枚ある紙を両方読み終えたのち、少し息を吐いて、


「ミシャは君か?」


「は、はい!」


 ビックリした……


「ふむ。その杖はマルリーの弟から?」


「はい。私には重くないので買い取りました」


「ふむ」


 ケイさんが急に立ち上がって「待ってて」とだけ言い残して部屋を出る。

 こういうタイプが一番緊張するなあ……

 と、しばらくして戻ってきたケイさん、ルルと似たような動きやすいタイプの鎧をつけ、手にはめっちゃお高そうな長槍ロングスピアを持っているんだけど?


「ロゼ様から話は聞いてる。ミシャが来たら、リーワースの廃坑ダンジョンに行けと言われている」


 あ、はい、行くしかないですね、これ……

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