第92話 持続可能なペース

 ラシャードの王都への旅はつつがなく。

 街道で人とすれ違うことはほとんどないし、ディーやクロスケの索敵に魔物が引っかかることも無く、まったりと。

 一日の移動の途中、二度ほど休憩を挟むんだけど、その時に商人で御者のおじさんに聞く限り、リュケリオンとラシャードで交易する商人は多くないそうだ。

 やっぱり長い道のりとリュケリオンに入るのに銀貨一枚かかるので敬遠されてるとか。普通の商人は北側の国ウォルーストと交易するらしい。


 おじさんはその多くない商人の一人で、リュケリオンからは魔導具を、ラシャードからは香辛料をという商い。

 香辛料と聞いてガタッって感じだけど普通に胡椒らしい。そういえばベルグの晩餐会に出た時に、ほんの一部だけど胡椒が掛かったものがあって感動した。

 王都の南の街セラードとラシャードの間での海上交易で届くそうだが、お値段は……王族の晩餐会にしか出ないようなものなわけだ。


「胡椒が貴重品って、どこの世界でも歴史は似るものなのかな」


「ミシャがいた世界でも貴重品だったんだ」


「あ、ううん。私がいた頃にはもう普通の家庭の食卓に並ぶ調味料だったけどね。貴重品だった時代もあったよってこと」


 その言葉にルルもディーもわかりやすく驚いてくれる。うん、まあ、温室とかいう概念がないと難しいよね。


 それにしても胡椒が育つってことは、ラシャードは随分と温暖な、いや暑い土地なんだろうと思う。実際、リュケリオンから南西に随分進んでいるわけだし。

 ベルグ王都からリュケリオンは北西に馬車で三日だけど、余裕を持っての三日。対して、リュケリオンからラシャードへは南西に馬車で四日。つまりベルグよりもかなり南に位置するはずだ。


 いや、ちょっと待って。そもそも今いる大陸が北半球なの? っていうか、この世界は丸いの?

 あ、丸いはずだ。水平線も地平線も見た。地平線までの距離は徒歩で一時間ほどだったから、この世界も地球と同じぐらいの直径の星なんだと思う。

 そして北へ行くと寒く、南へ行くと暖かいから北半球のはず。現在の緯度経度がどれくらいなのかはさっぱりわからないけど、ベルグやリュケリオンは温帯気候だったように思う。

 ラシャードはそれより南になるから……亜熱帯? うん、ちゃんと覚えてないです。


「ミシャ、また考え事してた」


「あ、うん、ごめん。ラシャードって、今の季節だとかなり暑いのかもなーって」


「そうなのか?」


 不思議そうに聞いてくるディーだけど、気候区分がどうとかを説明するのは大変なので、南へ行くほど暑いよねで済ます。


「そうだね。ボクが習ったのは、ラシャードは暑いけど雨が降り続ける月があるっていう話かな」


 ほうほう、雨季と乾季がある感じかな。確かに胡椒の産地もそんな感じだった気がする。

 と、なると……


「うん、ラシャードは料理に期待できそうな気がする」


「ホント!?」


「ふむ。まあ、胡椒がある国なのだ。期待していいだろうな」


 というか、これはワンチャンお米があるのでは?

 炊き立てご飯とか贅沢は言わないけど、パエリアとかリゾットがあるといいなあ……


***


「ラシーンの街が見えてきたよ」


 御者台のおじさんから声がかかり、私たちは一斉に馬車から顔を出す。


「「「おおー!」」」


 山間を抜けて見えたのは一面の草原。その先に見えるラシャードの王都ラシーン。

 ひょっとしてインド風なのかも? と思っていたが、意外と普通に西洋風。だが、ベルグのように密集している雰囲気はなく、かなり余裕を持った広い街に見える。


「ふーむ、これだけ大きな街なのにリュケリオンとの交易は少ないのだな」


「ラシャードはウォルーストから流れてきた人たちの国だって聞いたよ」


 ディーの疑問にルルが答える。それは学校?学園?で習ったことなのかな。

 まあ、距離的に北のウォルーストの方が近いし、リュケリオンとの国交にメリットがないからなのかな?

 今まで泊まった村も一応ラシャード所属だけど、自治は勝手にやってる感じだったし。


「ラシェル川に出たら、ちょいと休憩するよ」


 続けてそう声が掛かる。

 北にある山脈—結構高くて山頂付近は冠雪してる—からの雪解け水が集まったのがラシェル川。ラシャード全域に恵みをもたらしているそうだ。いい水と肥沃な大地って感じ。


 道をしばらく行き、ラシェル川沿いとなったところで、馬車がいったん止まる。

 時間は昼の三の鐘が鳴った頃なので、ゆっくり休憩しても夕方前には王都ラシーンにつける感じかな?


「ミシャ、魚!」


「おー、清流だから川魚も美味しいかも……」


 アユ、ヤマメ、イワナ……もう一度食べたい味……


「気持ちはわかるが、採って良いかはわからないぞ」


「あ、そっか。うう……」


 禁漁区とか禁漁期間とかあるかもしれないもんね。

 まあ、街に行けば食べられるかもしれないし、採っていいってわかってから来てもいいよね。


「あー、気持ちいいー」


 気がつくと、ルルがブーツを脱いで素足を川に浸している。

 一瞬大丈夫かなと思ったけど、おじさんも桶に水を汲んでるし危ないことはなさそう。


「それにしても、この辺一帯は草原のままなんだ。水もあるし、農地になりそうなのに」


「おー、そうか、お嬢さん方はラシャードは初めてだったな。この辺はラシャードラビットっていう穴ウサギの生息地でな」


 おじさんが私の呟きを聞いてたらしく、その理由を答えてくれる。


「昔、ウォルーストからここに来た人らは、その穴ウサギを狩って食べたんだが、その美味さに驚いたそうでな。で、あまりに美味すぎて……」


「え、いなくなるまで狩り尽くすところだったとか?」


「まあ、その手前までは行ったという話だ。で、当時の王がラシャードラビットと名前を変えさせて、許可した者しか採れないよう保護したそうだ」


「じゃ、この辺りは保護区ってことなんです?」


「開拓は禁止されとるよ。ただ、ウサギ狩りはギルドでいくらか払って許可を貰えば大丈夫だったはずだったかな。一日に採っていい数は決められとったが」


 意外ときっちりしてるんだなあ。って感心していたら、


「ミシャ! 今日の晩ご飯はラシャードラビット!」


「ワフッ!」


 うん、私も食べたくなったし、そうしましょ。おいくらぐらいかな……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る