商業国家ラシャード

エクストリームトラベリング

第91話 継続的インテグレーション

 リュケリオンからラシャードの王都ラシーンまで三泊四日の馬車の旅。

 歩きだと村と村の間が結構あって、日が出て出発、暮れる前に到着ぐらいらしい。


 私たちは幌付き荷馬車の空きスペースに一日銀貨一枚で乗せてもらっている。三人プラス一匹分だが、クロスケは軽快にジョギング中。リュケリオンでちょっと運動不足気味だったし。


「ミシャも少し走ったほうが良いんじゃない?」


「うーん、走るぐらいなら、走らなくていい魔法を考えるかな」


 ルルが健全な提案をしてくれるけど、贅肉がついてる様子はないので大丈夫。むしろ、もう少しこうお胸の方にですね……

 いや、その話はどうでもいい。プログラマとは楽をするために苦労する生き物。今のところダイエットが不要な体型を維持している以上、普通にしてれば大丈夫。『今動いてるものは触らない』で行きたいと思います。


「ほう、どういう魔法を考えているのだ?」


「ん? うーん……」


 魔術士、魔法使い、魔女。魔女といえばほうきで空を? この長杖ロッドに腰掛けて飛ぶのはかっこいい気がする。

 やはりここは重力魔法の使いどころだろう。けど、それだけだと、ただ重さがないだけで推進力がない。スレーデンの遺跡の帰りに月面歩行してしまった失敗を思い出す。

 となると、姿勢制御が必要。思い当たるのは……こうのとり。

 赤ちゃんを運んでくるピュアな鳥、ではなく宇宙ステーションに物資を運ぶHTVの方。要するにスラスターを作ればいけるはず?


「ディー、周りには誰もいないよね?」


「ん……、ああ、私たち以外はいないな」


 ディーの精霊魔法、多分、風の精霊で検出できる範囲に人はなし。なら試してみるかな。

 長杖ロッドを改めて両手で持ち——ずっと持っていないと本来の重さになってしまうから!——詠唱を開始する。


《起動》《無重力》


 スッと私だけが馬車から取り残され、そのまま置き去りにされるが……


《送風》


 長杖ロッドに横掛けしたところで、スラスター代わりのお椀型の魔素膜から送風すると……


「おー、飛べた飛べた」


 ふむ、スラスターの操作で前進後退、上昇下降を制御かな。

 複数のスラスターを持ちたいところだけど、操作が難しいんだよね。ピアノとか習ってればうまくできたのかなあ。

 と、前を見ると、ルルとディーの目が点になっていた……


***


「ミシャはもう少し何をするか言ってから試して欲しい」


「ボクたちは慣れてるけど、普通の人が見たらビックリして気絶してるよ?」


 はい、絶賛、怒られ中です。

 どういうのを考えてるかって聞かれたし、人がいないのを確認してから試したのに……


 とりあえずうまく行ったので《飛行》という魔法術式にして長杖ロッドに登録。

 今後は単純起動後に推力となる風の向きと強さだけをスラスターで制御すれば良くなった。

 魔素の使用量は馬車について行くぐらいなら、長杖ロッドの回復量でほぼ十分という低燃費!


「ちゃんと反省しているのか?」


「アッハイ、シテマスシテマス」


 一日目の夕方前に到着したのは小さな村。

 リュケリオンとラシャードを交易する商人は多くなく、必然的に宿も一軒だけ。

 私たちを乗せてくれてる商人のおじさんは個室に、私たちは二人用の部屋しかないので、そこに詰めて泊まることになった。

 そして、静音魔法を掛けさせられてからの説教開始……


「よろしい。それで、ボクも一緒に飛べたりする?」


 ルル、飛びたいんかい!

 思わずエセ関西弁で突っ込みそうになる。

 三人+一匹で飛べるかな? あ、個人魔素同士の相殺の問題があるからなあ……

 でも、結界魔法を使えばいける?


「うーん、フェリア様と転送魔法で飛んだ時と同じようにすればできるかも?」


「試そう! すぐ試そう!」


 ディーも飛びたいんかい!

 という突っ込みをまたギリギリのところで飲み込む。


「ちょっと待ってね……」


 結界魔法、あの時使ってからまだ未検証なんだよね。大丈夫かな?

 あの場所を抜け出すためにフェリア様が教えてくれた結界魔法だけど、結局、あんまり調査は進んでいない。

 ゴタゴタしていたのもあるけど、勇者召喚の話のインパクトが大きかったからなあ……

 とりあえず今は転送の時に使った魔素結界を試してみるかな。


「えーっと、じゃ、みんな近くに」


 そういうとさっと集まるルルとディー。いつの間にかクロスケも私の足元に。


「じゃ、試すけど変だなって思ったら言ってね?」


 えーっと、まずはペンダントで魔素結界を張って、次に杖で無重力に。後は……


《構築》《送風》


 私の魔素結界に包まれた皆が、下からの送風で少しずつ上昇し始め、天井に当たる前に上から少し送風して静止させる。


「ボクたち浮いてる……」


 う、魔素結界は燃費が悪い……

 これ、個人魔素の対消滅分を自動的に補充する仕組みなのね。


「ごめん、魔素切れしそう……」


 私は魔法を中断して着地すると、そのままベッドに腰掛ける。

 エリカからもらったローブと長杖ロッドのブルームーンストーンのおかげで深刻な状況にはならないが、それでも「あ、このままはヤバい」って感じになったし。

 維持できるのは五分弱ぐらいかな? クロスケはどうも私とは魔素を対消滅させないっぽいし、フェリア様は小さい分、対消滅も少なかったからなあ……


「ミシャ、大丈夫? ごめんね……」


「す、すまん。ついついはしゃいでしまった……」


「大丈夫大丈夫。魔素結界の検証にもなって良かったよ。三分……、まあ、普通に百まで数えるぐらいは大丈夫だから」


 クロスケが足元ですりすりして魔素を分けてくれると、随分と気分も落ち着いてきた。

 やっぱりこの子、なんだか特別だよね。いやまあ、神獣とか言われてたんだけど……


「そういえば、魔素を使い切って増やす修行とかこっちにあるの?」


 よくある転生もので「MPは使い切ると最大MPが増えます」みたいな訓練方法が推奨されるけど、あれってこの世界でも通用するのかな?


「使い切って増やす? よくわからんが、使い切って良いことなどなかったと思うが。魔素切れは意識を失うから危ないぞ。ミシャも無理はしないようにな?」


「そうだよ! 絶対にダメだからね?」


 うへ、なんだか逆にやっちゃいけない方向っぽい。

 そういや、前にソフィアさんがくらっと来た時も魔素切れだったっけ。顔、真っ青になってたし、あれをやるのは避けよう……

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