第89話 斜め上を探してみよう
結局、その日はそれでお開きとなり、私たちはディオラさんと夕食へと北区を出た。
目指す場所はこの間ちょっとした打ち合わせをした西の端にあるレストラン。
「フェリア様は誘わなくて良かったの?」
「あの人は蜂蜜酒と果物しか食べないのよ。妖精族は皆そんなものよ」
確かにそれだと夕食には誘いづらいか。
「それと多分だけど、今ごろは少し古い資料を探してると思うわ」
「それって私のために、ですか?」
その言葉に頷くディオラさん。
別の世界を測位することに、何か手掛かりがあるのかな……
「明日にはわかることよ。今日はしっかり食べて、ゆっくり休まないとね」
ディオラさんがそう言ってドアを開けると、中は人で賑わっていて、なかなかに繁盛している様子。
「ディオラ先生、いらっしゃい」
看板娘だろうか。十五ぐらいの娘さんが出迎えてくれた。
「悪いけど、二階の個室を使わせてもらうわね」
「はい、どうぞ。食べ物はいつも通りお任せで良いんです?」
「ええ、それを四人、五人分でね」
クロスケの分も頼んでくれ、私たちは階段を登って二階へ。
二部屋あるうちの一つに入って席についたところで、先ほどのお嬢さんがワインとグラスを四つ、そして、水の入ったピッチャーを一度に持ってきてくれた。なかなかに器用で力持ち。
「お料理はできた分から持ってきますね」
そう言って戻ろうとするお嬢さんに、申し訳ないけどクロスケの分の皿を用意できるか聞いてみたら、心配しなくてもちゃんとお皿出してくれるそうだ。
魔術士には相棒を連れている人も多いから、そういう時用のお皿もちゃんとあるとのこと。前世じゃ、ペット同伴できるお店の方が少なかったからなあ……
「良かったね、クロスケ」
「ワフー」
程なく、前菜と人数分の取皿やらが届き、いざ夕食という手筈となった。
「じゃ、今日も一日お疲れさま!」
ルルの言葉に軽くグラスを掲げる私たち。
ワインはまあ……私そんなにお酒好きでもないのでほどほどで。
「さて、明後日にはもうラシャードに向かうつもりかしら?」
「あー、そうですね。明日、フェリア様のお話を聞いてみないと何ともですけど、ここに長くいると別の問題に巻き込まれそうですし……」
「スレーデンの遺跡の近くがもう少し便利だったら、あっちに泊まってダンジョン探索もありだったんだけどなー」
ルルが手羽先?をもぐもぐしながらそんなことを話す。
確かにあのフロアの惨状を見ると、もう少し間引いておきたい気はするけど……地震のことも気がかりだし、どうにもスッキリしない。
「そういえば、最初に私を勧誘しようとしたおっさん……おじさんはどうしました?」
「ああ、彼なら休暇を取るとか言ってテランヌ公国に行ったそうよ。あなたたちがいなくなって、ほとぼりが冷めた頃に戻ってくるんじゃないかしら」
休暇って……それが許されてるのもどうかと思うし、そもそも処分無しってことだよね。
まあ、誰かに危害を加えたりしたわけじゃなくて、単に大声で本音を言ってしまっただけだけど。
「ルル、ディー、明後日にはラシャードに向けて出発でいいかな?」
「ミシャがいいならオッケーだよ!」
「そうだな。ラシャードは私も行ったことがないので楽しみだ」
ディオラさんが少し寂しそうに見えたけど、また戻ってきますので、お土産を楽しみにしててくださいということで。とはいえ、フェリア様との話が先だけどね。
***
翌日、朝の四の鐘。
私たちはディオラさんに連れられて、またフェリア様の部屋を訪れようとしていた。
「フェリア様。ミシャたちを連れてきました」
「おはようございます」
「ミシャ、おはようには遅いのではないか?」
うっ、その日の最初の挨拶は何時でも「おはようございます」になってしまう癖が……
と、部屋の奥からフェリア様がすいーっと現れる。
「来たか。ちょうど良い。ロゼの部屋に行くぞ」
そう言った手には鍵? 妖精とのサイズ比でどうも鍵には見えづらいけど、それっぽい物を抱えている。
「その鍵で開くんですか?」
「これは我が貰った合鍵だな。だが、ミシャ。
「んー、心当たりは二、三ありますけど……」
ノティアの時もカピューレの時もロゼお姉様の施錠のパスワードは一緒だった。あれを常に使い回してる気がする。
もしくは、私なら開けても良いよっていう、ロゼお姉様からの心遣いなのかもしれない……
「面白い。試してみよ」
「じゃ、先に解析しますね」
《起動》《解析》
掛けられている魔法は施錠。なので解錠しないとなんだけど、やっぱりアレかなと思って試してみることに。
《起動》《解錠:4725》
カチリ
「あ、開いた。やっぱりかー……」
開いたのは嬉しいんだけど「それでいいの!?」感がすごい。
「ミシャすごい!」
「ミシャだからな」
フェリア様は本当に開くとは思ってなかったようで、ふてくされたように合鍵をディオラさんに投げ渡す。
「少しぐらい失敗せんと我がつまらんぞ!」
「いや、その苦情はロゼお姉様にお願いしたいんですけど……」
私はそう答えつつ、そっと扉を開ける。
暗かった室内は一歩足を踏み込んだところで天井がうっすらと光り始め、昼間のような明るさとなった。これは魔導具の類なのかな?
「意外とちゃんとしてる……」
思わずそんなことを呟いてしまった。
前世の自分の部屋よりもちゃんと片付いてるのがすごいなと思ったんだけど、シルキーが一緒にいたんだったら不思議じゃないなと思い直す。
「久しぶりのロゼの部屋だな。さて、こっちだミシャ」
フェリア様がそう言って飛んで行った先を追いかけると、そこは書斎となっており、左右の書架には結構な年代物の本が並べられていた。
「こ、これは……」
「ミシャが開けたのだから、ディオラが見て良いのは今日だけだぞ」
しっかりと釘を刺すフェリア様。
ディオラさんは頷きつつも一つ一つの本の中身を確認し始めた。
私もそうしたいんだけど、フェリア様が何かを探しているようなのでステイ。
「さて、確かこの辺だったと思うのだが……」
上へ下へと行き来するのを追いかけ、やがて一つの本を指差す。
「これだな。ミシャ、見てみよ」
そう言われて手に取った本の表紙には『古代魔法陣による勇者召喚の手法と実践』と書かれていた……
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