第88話 本日の営業は終了しました

「着いたようですね」


 馬車の速度が落ちたが止まることなく進み、振動が石畳のそれへと変わる。

 この都市の魔術士であれば入国への銀貨一枚は不要だが、今回はフェリア様がいるのでフリーパスということだ。


「ねえねえ。もう一つ質問なんだけど、この辺って今日みたいな地震って結構あるの?」


 やっと腕を離してくれたルルがフェリア様に尋ねる。

 だが、答えたのはディオラ様。まあ、フェリア様は普段から浮いてるしね。物理的に。


「ここ最近、いや、年が明けてからね。地震が起き始めたのは」


「……それって大丈夫なんです?」


 地震の国に住んでたせいか微妙に気になる。

 下手をすると、スレーデンの遺跡が崩壊しちゃうのでは?


「気にはしているけど、現実問題として対処の方法がないわ」


「ミシャ、エルフの里にレッドアーマーベアが二体も出たのは地震のせいではないのか?」


「あ! あーあーあー、それはありそう……」


 ここに来る前に立ち寄ったディーの故郷、エルフの里での出来事を思い出す。

 レッドアーマーベア自体はたまに出没するそうだけど、同時に二体もっていうのはレアケースだったわけで、その原因として「地震で逃げてきた」という線はありえそう。


「ミシャ、どうにかできないの?」


「待って、ルル。私を何だと思ってるの?」


 聞き返してもニコっと笑うだけなのずるいんだけど……


「ディオラの言う通り、気にはなるが具体的にできることはないな」


「揺れが大きいのは遺跡の方なんですよね?」


「そうね。街の方は今日みたいな大きい揺れはないけど……」


 うーん、でかい地震が来てダンジョンが崩壊すると、あの地下にいたゾンビたちが溢れる可能性がないとも言い切れない。

 ダンジョンコアに非常時ってどう対応するのか聞いておけば良かったかなあ。とはいえ、もう一度あそこに行けって言われても困るけど。


「さて、着いたようだぞ。ひとまずは我の部屋へ行くか。ミシャがダンジョンコアと話したことについては、ディオラも知っておいた方が良かろう」


 北区への門も素通りし、本部前に到着した馬車が止まる。

 その言葉に驚いているディオラさんだが、その話をするならフェリア様の部屋に行った方がいいと思うのでスルー。


 塔の奥にある転送装置まで進む間、フェリア様はずっと私の肩に腰掛けていた。そのせいで職員さんたちのざわざわが……


「わざとやってます?」


「まあの。其方そなたらが面倒臭い相手に目をつけられんようにしとかんと、ロゼに何を言われるかわからん……」


 いや、まあ、もう最初に来た時にしょーもないおっさんに目をつけられましたけどね。

 あのおっさんがどうなったかは聞いておきたいかな。


『ご利用ありがとうございます。行き先階ボタンを押してください』


 全員が入ったのを確認して『29』のボタンを押す。

 ロゼお姉様の部屋、やっぱり見ておきたいからダメ元でもう一回お願いしてみるかな……


***


「ふぅ、久しぶりに運動すると疲れるな……」


 フェリア様がそう言ってふらふらと飛んでいき、戸棚にある小瓶を取り出す。色からして蜂蜜酒?


「ミシャ、カップを出すからお茶を入れてちょうだい」


 ディオラさんは場所を知ってるのか、カップを取りに奥へと消える。

 私たちは昨日来た時と同じソファーに掛けた。


「それってお酒?」


「うむ、秘蔵の蜂蜜酒だな。悪いがやれんぞ」


「けちー」


 ルルはドワーフだからなのか、かなり飲むんだよね。

 種族的に肝臓が強いとかなのかな? ほとんど酔わないし……


「はい、お願いね」


 ディオラさんがカップを四つ、ローテーブルの上に置く。

 私はいつも通り、魔法を使ってお茶を淹れた。


「さて、スレーデンの遺跡の管理室でダンジョンコアと話したって?」


「ええ、ノティアと同じ間取りだったんで管理室に入って、まずはダンジョンコアが転送してくれないか聞いてみたんですけどね……」


 ………

 ……

 …


 ダンジョンコアは私たちを転送できないこと。

 あのダンジョンが稼働して千二百三十四年なこと。

 あの魔法陣を書いたのは旧グラニア帝国の魔術士であること。

 あの蓋を設置して、奥の魔法陣の部屋を封じたのはロゼお姉様なこと。


「嘘ではないぞ。我も確認したからな」


 そう言ってまたクイっと蜂蜜酒をあおるフェリア様。

 ルルがそれをとても羨ましそうに見ているので、私も一口ぐらい味見したくなってきた。


「伯母上、ミシャなので」


「はあ、そうね。それであの魔法陣を消そうということになったのね」


 頷いて返すと、ディオラさんは諦めたような顔で、カップのお茶を飲み干した。


「しかし、ロゼめ。転送先の状況も知らずにあの魔法陣を使わせる気だったのか?」


「実際には解析した後に、万全の布陣であそこへ行くだろうっていう予測だったんじゃないかと。実際、ノティアの時もそんな感じでしたし」


 あの時は最深部に一回行って、数が多すぎたから撤退したもんね。今回もまあそうなることを想定してたんだとは思う。

 ただ、撤退の方法が普通に逃げるんじゃなくて、管理室に逃げ込むのは予想外だったろうとは思うけど。


「ふーむ、其方そなたがアイアンゴーレムを八体も出せたから良かったものの、流石の我も肝が冷えたぞ……」


「アイアンゴーレムを八体? ミシャ?」


 うっ、ディオラさんの視線が痛い。


「ロゼの妹なのだぞ、今さらであろうが」


「それはわかりますが、この娘は不用心すぎます……」


「あー、ナーシャさんにも随分怒られましたから理解はしてます。今回は非常事態だったってことで許してください」


 とりあえず知らない人の前で使っちゃいけない魔法がどれか、また整理しとかないとまずそうな気がしてきた。あんまり目立たないようにしないとね。


「さて、ダンジョンの件はもう良かろう。それよりも、其方そなたらはなぜリュケリオンに来たのだ?」


「そういえば、その話はまだしてませんでしたね」


 今さら隠してもしょうがないので、手短に私が『迷い人』であることをフェリア様に話す。

 そして「元の世界に手紙を送る方法」の手掛かりを得るために、魔導都市であるリュケリオンに来たことを伝えた。


「なるほどな。その為に必要な転送魔法については習得したというところか?」


「ええ、あとは元の世界を『測位』できればいいんですけど……」


 フェリア様はしばし考え込んで、


「その方法、あるやもしれん。明日またここへ来い」


 そう言ったのち、げふっとアルコール臭い息を吐いた……

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