第75話 上長承認の必要性

 ディオラさんから聞いた言葉にショックを受けた私は机に突っ伏してしまう。

 ルルがほっぺたをつんつんしてくるが、ツッコミ返す気力もない……


「落ち込んだって何も変わらないわよ。あなただって、出てくる料理がどういう風に調理されたか全て理解して食べてるわけじゃないでしょ?」


「はあ……ごもっともです……」


「クゥン?」


 だらーんと垂れた手のひらをクロスケがぺろぺろと舐めてくれる。元気付けようとしてくれてるんだろう。

 私は座り直して背筋を伸ばす。


「さて、他にも私たちがまだ扱えてない魔法をたくさん知ってそうだし、ぜひ教えて欲しいわね」


「わかりました。全てお伝えしておきますから、取り扱いはディオラさんに任せてしまっていいですか?」


「ええ、ここの人たちが扱うには早過ぎる魔法を広めたりはしないわ。あなたがここに来る前から、私はそのためにここにいるんですもの」


「ああ……、それもロゼお姉様の?」


 ディオラさんが頷く。

 この世界の人の手に余る魔法。それが簡単に広まらないように、ディオラさんもロゼお姉様もフィルタリングしてるんだ。

 それを考えると、私の存在は明らかに……


「私って大丈夫なんですか?」


「大丈夫じゃなかったら、ロゼ様が放置したりしないわよ。あなたはあなたが思ったようにすればいいわ。私もロゼ様も、マルリーやサーラもそれを望んでいるのよ」


「ボクも!」


「私もだ!」


「ワフッ!」


「うん、ありがとう。ありがとうね、みんな」


***


 また妙なのに絡まれると面倒なことになるというので、北区を出るまでディオラさんに送ってもらうことになった。


「ねー、ミシャ。良い杖買お?」


「う、うーん、もう少し考えさせて……」


 まだしばらくはここに滞在するし、その間に十分検討ということで。

 さっきの転送魔法の応用で、高価な杖でも盗まれる心配は無くなった。私以外の誰かが触れば、私の元に転送されるからだ。

 万一、人前でその状態が起きたとしても「古代魔法が掛かった杖だから、私以外は触れない」とでも言えばごまかせるだろう、多分。


「そうだ、ミシャ。例の魔石はどうする?」


「あ、ああ、あれかー。ここに傭兵ギルドってなかったの?」


「あったよ! 覇権ギルド!」


「だが、買取金額のことを考えると、他に売れる可能性があるんじゃないかと思ってな」


 ディー、ナイス!

 こういう時は一番お高く買ってくれる所へ持ち込みたいよね。


「売るつもりの魔石を持っているの?」


「ええ、この街に来る途中、っていうか、エルフの里での話なんですが……」


 そいや、ディオラさんに里に寄ったのは話したけど、レッドアーマーベアを二匹退治した話はしてなかった。


「あら、それなら魔術士ギルドが一番高く買ってくれるわ。傭兵ギルドで買い取った魔石は結局は魔術士ギルドに買われるのよ」


「ああ、そっか。そうですよね。使うのって魔術士ですし……」


「大きさってどれくらいなの?」


「これくらいのが二つ!」


 ルルが手を軽く握って見せると、ディオラさんは呆れたような顔になる。

 あー、うん、まあ、かなりデカい熊でしたし?


「ちょうど良いから寄っていきましょ。さっさと換金すれば、ミシャだって杖を買う気になるでしょうからね」


「ああ、それは確かに」


 なんだかどんどんと退路を絶たれているような気がしなくもないけど、魔石のまま持ってても意味がないわけで、私たちは魔術士ギルド本部へと足を踏み入れた。


***


「あ、あの、ディオラ様」


 昨日もいた受付のお姉さんが慌てて飛んでくる。

 が、ディオラさんは平然として、


「ミシャは昨日来たし知ってるわよね。あとの二人は私の客人。ベルグのノティア伯爵家の令嬢と私の姪にあたるエルフなので問題はないわ」


「は、はあ……」


「この三人にベルグの大公姫……皇太子妃とその側近騎士でルシウスの塔を制覇したのよ」


「そうなんですね! お止めしてすいませんでした!」


 お姉さんのテンションが爆上がりしてるが、通してもらえるなら良いかな。


「ワフ……」


 カウントされなかったクロスケがしょんぼりしてるので頭を撫でてあげる。

 昨日とは全く違う場所に向かうディオラさんについて行くんだけど、さっきの説明が伝搬してるのか私たちを見る視線が痛い。


「急にごめんなさいね。この子たち、ここにくる途中で魔物を討伐した魔石持ってるっていうから、見てもらえるかしら?」


「は、はい! では、こちらにお願いします」


 お兄さん、というにはちょっと厳しい、でもナイスミドルがトレーのようなものを出してくれた。

 ルルがそれにテニスボール大の魔石を二つ乗せると……あ、ナイスミドルが固まった。


「こ、この大きさはオーガでしょうか?」


「いや、大きめのレッドアーマーベアが二体だ」


 さらっと話すディーだが、その答えにナイスミドルが青ざめる。

 あ、うん、私たち三人で二体倒したわけじゃないからね、と言おうとしたけどやめた。どっちでもあんまり変わらない気がしたから。


「急いでるんだけど良いかしら?」


「す、すいません。査定します」


 ナイスミドルさんが鉄定規っぽいものを出して何やら大きさを測っているようだけど……長さの単位がこの世界には無かったような。

 ああ、宅配の荷物のサイズ測るような、三辺の長さの合計がこれくらいならいくら、みたいな奴なのかな?


「両方合わせて白金貨十二枚になります。その……買取でよろしいんですよね?」


「はい!」


「了解しました。で、ですね。白金貨十枚以上は上司の許諾も必要になりますので、明日までお待ちいただけますか?」


 あー、うん、まあ一千万以上だもんねえ。そりゃ、ほいほい出すわけにもいかないか……


「それは良いんですが、魔石をそちらに預けてです?」


「はい、預かり証はきっちりと発行させていただきますので!」


 まあ、そういうことなら良いかな。とディオラさんを見たが、大丈夫と頷いてくれたので良しとしよう。


「では、明日にでも伺いますので、預かり証をお願いします」


 そう答えるとナイスミドルはカウンターを離れてバックヤードへと消える。預かり証の専用紙を取りに行ったのかな。


「じゃ、明日はミシャの杖を買おうね?」


「あー、うん、はい。予想以上に高く買ってもらえるみたいだしね……」


 うん、予想より多かった分の白金貨二枚まで。二枚、二百万かー、軽の新車が買える値段だよね……

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