新しいものはいつもわくわく

第73話 足りないものを探していこう

 翌日のお昼ごろ、私たちはディオラさんに連れられて、皆で北区に入った。

 北区って魔術士しか入れないのでは? と思ったんだけど、客扱いの入場証を持っていれば大丈夫ということで、さっそく用意してもらった。

 一応、その客人が何者かは申請時に伝えないといけないんだけど、ルルはベルグ王国の伯爵令嬢、ディーはディオラさんの姪ということで、全く問題はなかったとのこと。


「それに昨日あなたが来て、ルシウスの塔のことが知れ渡ってたからね。魔術士ギルドの偉い人だって、そんなことでまたあなたの機嫌を損ねたりしたら……」


 それを聞いて私は盛大にため息をつく。

 だったら、もっとマシな人事をしろと言いたい……


「そう言えば、昨日は研究グループがどうとか言ってましたけど、ディオラさんはいいんですか?」


「私も一応、研究グループのグループ長ではあるけど、メンバーが変人ばっかりなのよね」


 それ、自分も含めてですよねって言いそうになって、ギリギリで堪えた。

 でもまあ、だからこそ、あの魔導具があったってことなのか。


「ねえ、ミシャ。そろそろ杖を変えたほうがいいんじゃない?」


 不意にルルがそう話しかけてくる。

 どうやら魔導具の店を見つけたようで、そっちに目が釘付けだ。


「うーん、確かにもっと魔素容量のある杖に変えたい気はしてるけど……」


「そういえば、昨日も杖で魔素の流れを制御してる風は全くなかったわね。今の杖は……ナーシャさんあたりに言われたの?」


「はい、その通りです」


 魔法での土木作業用に魔素容量が多い短杖ワンド

 今はその容量を生かしての魔素蓄積と術式の保存先、あとは魔法起動のショートカットぐらいにしか使ってない。


「お金があるんなら、魔銀ミスリル長杖ロッドとかの方がいいわよ」


「いくらぐらいなの?」


 ルルがかなり乗り気になってるけど、別に今ので困ってない……こともないか。

 術式を保存しておくストレージとしては、短杖ワンドでは足りなくなってるのは確かだし、買い替えを考えるべき?


「そうねえ、私がお勧めするのは白金貨一枚以上のものね」


「ぶほっ! いやいや、それは流石にちょっと……」


 白金貨一枚ってことは金貨十枚。杖に百万円以上って……


「ええ〜? ボクとしてはそれくらいの持って欲しいな」


「そうだぞ。『道具は妥協するな。良いものを使え』と言っていたのはミシャだったと思うのだが?」


「ワフワフ!」


「いや、でも、白金貨からって値段はちょっと……」


 前世で百万円以上するPCとか、コスパ無視したモンスターマシンだよねえ。

 盗られたり、壊したりしたら泣くってレベルじゃないものを持ち歩くのもなあ……


「まあ、話し合って決めればいいわ。ただ、中途半端なものは買わない方がいいわよ。これは私の経験則からの助言ね」


 確かに中途半端はダメだろうなとは思う。

 ケチって微妙なPCを買って、一年後にもう動作が重くて使えないみたいな……

 そんなことを話しているうちにディオラさんのお住まいに到着。


「さ、適当に座って」


 ディオラさんは昨日と同じ棚から例の魔導具を取り出した。

 見た目としては、金属でできてるただの鍋敷きって感じだが……

 ルルが興味深そうに見たあと、ツンツンしているのが微笑ましい。別に爆発とかしないから。


「じゃ、ミシャ。やって見せてあげて」


「はい」


 左手を魔導具に添え、今回も対象は同じでカップ一つ。

 念のため、座っておとなしくしていてもらってから、

 

《構築》《空間》《転送:6F67734F-A383-444D-977A-EF42DEA84B66》


 フッとカップが魔導具の上に瞬間移動した。


「ええっ!?」


 ルルが声を上げ、ディーは目が点になっている。

 私も「こうなる」って想像できてなければ、それくらい驚く自信はあるかな。


「ミシャの詠唱の精度はホント素晴らしいわね。私、昨日帰ってから自分でも試したけど、十回やって一回成功させるのがやっとだったわ」


 うん、まあ、あのGUIDのところめちゃくちゃ面倒だと思います、はい。

 ところでディーが再起動しないんだけど?


「おーい、ディー?」


「あ、ああ、すまない。いや、すごいな。これなら手紙のやり取りなんて一瞬だろう……」


「けど、ミシャの願いにはまだ色々と足りないものが多いわ」


 ディオラさん、その辺りはしっかりと考えてくれていたようで助かります。


「何が足りないの?」


「例えば今の呪文だと『この魔導具の上』にしか届かないわよね」


「あー、そっか」


 ルルもそれを聞いて納得する。

 今のところは、どこかから『この魔導具の上』に転送はできるが、それ以外の場所を選べない。


「任意の場所に転送できないということか……」


「実用化にはちょっと遠そうなのよね」


 とディオラさんが苦笑するが、実はそれは解決する可能性が高い。

 もともとディオラさんに貸し出されてる?魔導具なので、昨日は解析だけして術式は持ち帰らなかったんだけど……


「あの、もう一回解析したいのと、この魔導具に付与されてる魔法、もらっても良いですか?」


「え、ええ、魔導具が壊れないなら良いけど……」


「それはもちろん。コピーするだけですから」


《起動》《解析》《付与》


 反論が来る前にさっくりとコピペ。ペースト先は……魔素手帳でいいかな。

 ただこれだとGUIDが被っちゃうので、そこは消しておいた。

 転送する先のGUIDが二つあるとどうなるか見てみたい気もするけど……私の推測が正しいなら、最後に魔素が流れた方が対象になると思うんだよね。


「今の……一瞬で解析した術式を別の物に付与したの?」


「ミシャだからしょうがないね」


「ディオラさん、ミシャだからしょうがないので」


 またいつものを言ってるが、それでディオラさんが納得してくれるなら良いやって感じ。

 改めて解析し直して、空間魔法で使える命令を把握し直すと、やっぱり目的のものが見つかった。

 そうだよね。これがないと空間魔法として成立しないよね。


「じゃ、ちょっと見ててください。あ、わかりやすいようにしますね」


 魔素の視覚化をかけ、私の空色の魔素をテーブルの上空、天井近くに滞留させる。

 空間魔法のライブラリは魔素手帳にもらっているので、もう魔導具に手を添える必要もない。


《構築》《空間》《測位》


 準備ヨシ!

 続いて魔素でまたカップを包んでっと。


《構築》《空間》《転送:9F174F35-4C2A-4FE9-AFBC-6DD627647E96》


 次の瞬間、カップが消えて天井近くから現れたのち、重力に従って落ちてきた……

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