第72話 性能試験はやっておくべき

 普通の魔術士の服装に着替えたディオラさんと北区の門を潜ると、ルルとディーは既に待ってくれていたようで駆け寄ってくる。


「「ミシャ!」」


「待たせちゃった? まだ時間じゃないと思うんだけど」


「そうなんだが、意外と見て回るところも少なくてな」


 ディーが少し残念そうな顔をして言う。

 ルルもそれに頷いているし、やっぱり北区でないと特別何かあるというわけでもないようだ。


「さて、私は挨拶しても?」


「ああ、すいません」


「マルリーやサーラの友人で『異質の白銀』ディオラよ」


 そう微笑んで挨拶するディオラさん。『異質の白銀』ってカッコいいけど、かなり厨二が入ってる気がしなくもない。

 ああ、これってひょっとしてサーラさんがつけた二つ名なのかな?


「ルルだよ!」


「ディアナです。その……伯母上?」


「ええ、そうね。あなた、本当にディシャラにそっくりね」


 そうコロコロと笑うディオラさん。

 私からしてみると、ディーもディシャラさんもディオラさんもそっくりなんだけど、これって日本人が外人の親族が全員同じ顔に見えるみたいなやつなのかな……


「さて、立ち話はなんだし、どこか落ち着いて話せるところがあれば良いんですけど」


「じゃ、私の行きつけのお店に行きましょう。今の時間は店を開けてないけど、私が言えば入れてもらえるわ」


 そう気安く言われ、ディオラさんの後をついていくんだけど、向かっているのは街の西側。どっちかというと方だ。

 だが、なんとなく理由はわかった。北区のディオラさんの住まいに近く、何かしらショートカットできる道があるんだろう。


「ここよ。ちょっと待っててね」


 西の端にある小さいレストラン。多分、知らない人は来れないお店ってやつ。

 ディオラさんは勝手知ったる感じで扉を開けて入って行った。


 ふと、右手側を見ると、北区とを分ける壁に小さな門がある。多分、非常用の門なんだろうけどガッチリと閉ざされているので、開けられる人が限られているんだろう。おそらくディオラさんだけぐらいに。


「いいわよ、入って」


「はーい!」


 ルルを先頭にディー、私、クロスケと続いて入ると、中は意外と広い。

 丸テーブルが四つ置かれているが、まだ開店前なので誰もいない状態だ。


「おじさん、ごめんね」


「かまわんよー。わしゃ、裏で仕込みしとるから、茶なんかは自分でやっとくれなー」


 裏手の方からそんな声が聞こえてきた。

 ディオラさん、かなりの常連ってことなんだろう。

 カウンターに置かれていたカップを五つ。クロスケの分も持ってきてくれる。


「ミシャ、お願いね」


「はいはい」


 さっき見せたお茶の淹れ方をもう一度見せろってことだろうと思うので、その通りにお茶を入れることにする。


「そうそう、ディアナ。伯母上はやめなさい。ディオラさん。いいわね?」


「は、はい!」


 その言葉には『白銀の乙女』らしい威厳があった……


***


 既にディオラさんには一通り話していることは二人に伝え、魔術士ギルド本部で何があったかも伝えた上で、さてどうしましょうという話に移る。


「ミシャの前の世界に手紙を送る方法について、何か掴めそうなのか?」


「うん。少なくとも必要な要素の一つはわかったよ」


 先ほどディオラさんが教えてくれた空間魔法で、物質を転送することはできるようになった。

 だが、問題はまだまだ山積みなのも確かだ。


「ボクからすると、その転送がもうできたってだけでもすごいんだけど」


「いや、私がすごいんじゃなくて、その基礎を構築した人がすごいんだからね?」


「はぁ、何を言ってるのよ。さっき私に見せた転送だって、この魔導都市で誰も成功してないのよ」


「は?」


 ディオラさんにそう言われて固まってしまう。

 いやいや、あの魔導具に付与されてる魔法が解析できれば、空間魔法でできることはある程度わかると思うんだけど?


「ディオラさん。ミシャは自分がどれだけ才能があるかわかっていないのだ」


「だよねー」


「私だってロゼ様から弟子なんて言葉は初めて聞いたもの。私ですら弟子に取らなかったのよ?」


 ディオラさんがそう戯けてみせる。


「えーっと、だとすると、さっき見せたアレは封印しといたほうが?」


「それはダメよ。私も近いうちにできるようになってたわ。単に正確に唱えられないせいで上手く行ってなかっただけだもの」


 ディオラさんもこの世界の魔法の問題点には十分に気がついてるのね……

 なら、やっぱり、


「じゃ、いずれ誰かが同じことをできるようになる前に、ちゃんと運用を見越した性能試験をしておくべきですかね……」


「そういうことよ。新しい魔法だからって、飛びつくと痛い目に合うでしょうね」


 いや、その痛い目に合いそうなことを「やってみろ」って言いましたよね、あなた?

 私がそういう目線を送ると、そっぽを向くでもなくニッコリと笑い返してくる。

 白銀の乙女怖い……


「でもすごいよね。ノティアからここまで一瞬で来れたりしたら……」


「そうなんだけど、実はあんまり心配してないかなあ。転送の魔法で送るには、その送るものを魔素できっちり包む必要があるから、あまり大きいものは送れないと思う」


「あと、生き物を送るのも多分難しいわ」


 ディオラさんも当然というか気づいているっぽい。

 生き物自体が本人以外の魔素で包まれる状態になりづらいという問題があるからだ。

 例えば、私の魔素でルルを包もうとしても、ルル自体の持つ魔素と触れると対消滅してしまう。その部分に穴が開いてしまい、転送は失敗すると思う。

 となると、ノティアのダンジョンやルシウスの塔が生物を転送していたのは、さらに何かカラクリがあるってことだよね……


「距離に比例して魔素がたくさん必要だったりするかもしれないし、検証しなきゃいけないことは山のようにあるかな」


「うう、大変そうだね……」


「まあ、手紙を送るのなら大丈夫。小さいし、生き物でもないしね」


 包むための魔素も微量で済むし、何より無生物なので魔素の対消滅も起きない。

 あとは、向こうの世界の座標を何かしら特定できればっていうところまで来てる気がする。


「ふむ。では、ミシャはディオラさんとしばらく研究をするということか?」


「それはなんとも。あと六日、ここで収穫がなければ、ラシャードに向かってもいいかなって」


「それに関しては私も付き合うわよ。もちろん、空間魔法の件をちゃんと私に教えてくれることが条件だけどね」


 白銀の乙女の皆さんは、ホントしっかりしてますよね……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る