第71話 サンプルを動かすところから始めます

「すいませー……」


 !!

 飛んできた水球をとっさに展開した二重の魔素膜で覆う。

 一つ目の魔素膜で水球の魔素膜を相殺し、二つ目の魔素膜がこぼれ落ちるはずだった水の塊を包んだ。

 相手から火球が飛んできたときに、それを返すために身につけた技。


「へえ、やるわね」


「私が対処できなかったら、部屋が水浸しになってたと思うんですけど?」


 パチパチと手を叩きながら現れたエルフ。ディーにそっくりなので、この人がディオラさんなんだろう。随分とやんちゃな感じだ。


「ロゼ様の弟子なのよね。それくらいはできると信じてたわ」


 そう子供っぽく笑う。表情が豊かなのはディーの家系なんだろうか。

 それにしても……


「ロゼお姉様はここにもいらしたんですね?」


「ええ、二ヶ月ぐらい前かしらね。この街は大嫌いなはずなのに」


 そう言いながらテーブルにつくよう促してくる。

 私はポーチから茶葉を取り出して、包んでいた水を使ってお茶を淹れると、彼女のものであろうカップと、自分が取り出したカップにそれを注いだ。


「なるほど。あの人が言伝ことづてにくるわけね」


 そうニヤリと笑って席につく。

 私も向かい合う席へと腰を下ろした。


「ミシャと言います。まずはこれを。マルリーさんとサーラさんからです」


「ああ、あの二人からか。懐かしいわね……」


 手紙を受け取ったディオラさんは少し憂いを帯びた目でそれを受け取ると、ゆっくりと目を通す。

 最後まで読み終えたところで、私の方を見てこう言った。


「あなたも読む?」


「いえ、何が書かれているか、だいたい想像はつきますし。それよりもロゼお姉様がここに来て何を言ったかの方が気になります」


「マルリーの時とほとんど変わらないわ。半年以内にここに弟子が来るだろうからよろしくってね」


 はあ……、相変わらずの無茶振りですね。

 私の脱力を楽しそうに見ていたディオラさんだが、手紙を折り畳んで私の前に置くと、急に真剣な眼差で見据えられた。


「さて、手紙にはあなたに全てを聞いた上で助力してねって書かれてたわ。いきなり会ったばかりの相手にというのは躊躇われると思うけどどうする?」


「もちろん話します。クロスケが平気な顔してますからね」


 私はそう言ってクロスケの頭を撫で、首輪に手を伸ばしてその毛色変化を解いた。


***


「ふぅ……、いろいろと信じられないことが多いけど真実なのね。何より、その子がそれを証明してくれているわ」


「ワフン」


 そう言われてドヤ顔のクロスケ。

 まあ、目に見えることが一番説得力あるのは確かだと思う。それがエルフで神獣扱いされるウィナーウルフだもんね……


「そういうわけで、どうにか転生する前の世界に手紙を届けたいと思ってるんです」


「なるほどね。となると、まずは今流行の転送系魔法になるわけだけど……」


「ああ、ここにくる前に魔術士ギルド本部でもそんな話を聞きました」


 私が何があったのかを話すと、ディオラさんは腹を抱えて笑い始めた。

 いやいやいや、エルフってそういうキャラじゃないと思うんだけど?


「いやー、さすがね。あなた、本当にロゼ様の妹な気がするわ」


「うう、それ地味にダメージが……」


「ま、転送系魔法が流行なのは確かよ。しばらく前のことだけど、スレーデンの遺跡の隠し部屋から魔導具がいくつか見つかってね」


 ディオラさんが立ち上がり、棚の一つを魔法で開錠すると、一枚の板を取り出した。


「これはその魔導具のうちの一つ。あなたなら解析して何かわかるかもしれないわ」


 うん、私を試しているということだろう。


《起動》《解析》


 どうせだし、杖を使わずに魔法を起動する。

 これは……なるほど……


「どう?」


「ちょっと試しますので、少し離れてもらった方がいいかも?」


 ディオラさんが頷き、テーブルから離れる。

 暴走すると怖いという認識がある時点で、彼女もこの魔法の意味をある程度は把握しているんだろう。


「では、行きます」


 私は左手を魔導具に添え、空になったカップを目の前に置いて唱える。


《構築》《空間》《転送:6F67734F-A383-444D-977A-EF42DEA84B66》


 そう唱えた瞬間、カップが板の上へとワープした。


「ふう……」


 動かし方はわかった。

 予想通り、対象を自身の魔素ですっぽりと包んで、それに対して転送を発動するだけ。

 ただ、理屈は全くわからない。前世でもワープやそれに類する瞬間移動なんてなかったから。


 空間魔法のライブラリから使える命令はかなりあるようだが、その中でピンと来たのが転送だったので、それを使ってみた。

 引数として放り込んだのは魔導具らしき板に書かれていた固有番号、いわゆるGUID—グローバル一意識別子—と呼ばれるもの。座標を特定する何かのために一意になるように割り振られているんだと思う。


 でも、そうなると私みたいに『絶対に詠唱が完璧にできる人』なら良いけど、そうでない人が唱えた場合にどうなるか不明。

 間違えて別の魔導具のGUIDを引数に唱えてしまうと、そこに飛んでしまうというのはあまりにもお粗末な気がするんだけど……


「ミシャ?」


「あ、はい。すいません。ついつい考え込む癖があって」


「いえ、良いわ、私もそうだもの。それよりもどういうことか教えてくれるわね?」


 完全に座った目をしてそう問われると、ノーとはとても言えない。

 ただ、これは余りに危険な魔法な気がするんだよね……いや違う。

 これを断片的に解析できたとして、それで起こる悲劇を先に回避するよう、ディオラさんに伝えておく方が正解な気がする……


「わかりました。私が知る限りでお伝えしたいと思います。ただ、とりあえずこれからディー……姪っ子さんに会いませんか? 私、昼の一の鐘でいったん合流する予定なんです」


「あ、ええ、そうね。この街にしばらくいるんでしょ?」


「はい、あまり長くはないと思いますけど、空間魔法の件はちゃんと話しますから」


「それならオーケーよ」


 ディオラさんはそう言いつつ、先程の転送先の魔導具を棚にしまい、魔法で施錠した。

 その詠唱は私からしても、とても綺麗な詠唱だったのは言うまでもない……

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