第70話 窓口の人には優しくしたい

 さてさて、また面倒なことにならないと良いんだけど。

 そんなことを考えながら受付嬢さんに導かれたのは、どうやらこの都市の戸籍を扱うような場所らしい。


「こちらにてお伺いください」


「丁寧にありがとうございます」


「あ、あの……」


「はい?」


「あ、握手してもらえますかっ!?」


 受付嬢のお姉さんは握手すると、きゃーとか言って去っていった。

 なんなの一体……

 ともかく、待ち行列もないようなので、カウンターのお姉さんに話しかける。


「すいません。ノティアの魔術士ギルド長ナーシャさんの弟子で、ディオラさんというエルフを探しているのですが?」


「は、はいっ! その、どのようなご関係かお伺いしても?」


「私の姉弟子になります。ああ、そうだ、このギルドカードを」


 魔術士ギルドのギルドカードは、基本的に師匠が弟子に作ってあげるものらしい。

 素晴らしく徒弟制度だが、それだけ師匠の方も責任を持つということなんだと思う。

 私も迂闊なことできないなあ……

 さっき、扉の魔法付与消しちゃったけど……


「確認させていただきます」


 妙に恭しくそれを受け取られたが、あんまり気にしないことにする。

 例の情報を読むだけする魔導具にそれを通して、私の登録上での師匠がナーシャさんであることを確認したようだ。


「ありがとうございます。ナーシャ様のお弟子さんということを確認させていただきました。お探しの方はディオラ様でよろしいでしょうか?」


「はい。この街にいると思うんですが」


「了解しました。少々お待ちください」


 お姉さんが席を立ち、後ろの書棚?っぽいところを上から眺め始める。

 見た感じ、戸籍台帳をあたってるっぽい。

 んー……お、見つけた?


「お待たせしました!」


 持ってきた羊皮紙を改めて広げ直し、そこに書いてある名前を指してくれる。

 ディオラ=フォレスターニア。ディアナと同じ名字なのは里が同じだからなのかな?


「この人で間違いないと思います」


「よかったです! えっと、今は……北区の西の端にお住まいのようです。地図は必要ですか?」


「ええ、お願いします」


 お姉さんが戻ってきて、今度は地図が書かれた羊皮紙を開く。

 そして、紙を持ってきてくれたのだが……


「すいません。紙は大銅貨一枚なんですが、どうされますか?」


 紙一枚で千円。この世界の生活水準からすると、実際には三千円ぐらいするってことか。

 とはいえ、今の懐具合なら全く問題無し。レッドアーマーベアの魔石も売れるはずだしね。


「じゃ、これを」


 ポーチから大銅貨を一枚出して渡す。


「はい、確かに。それで、その、私の方で写すとまた手数料がかかってしまうんですが……」


 んー、どうしよう。

 インクもあるし、《複写》の魔法でぱっとコピーは当然できるが、ここで手の内を晒すのは良くない気がする……


「じゃ、お願いしたいんですが、おいくらですか?」


「その、銀貨一枚もするんですけど……」


「じゃ、お願いします」


 私は有無を言わさずに銀貨一枚を差し出した。

 そしてニッコリ笑って「やれ」と言外に促す。


「は、はい!」


《起動》《複写》


 その詠唱が終わると、紙には北区の地図がコピーされていた。

 解析したわけではないけど、様子を見てる限りだと、元の地図を画像スキャンして、紙にインクで印刷をしている感じ?

 多分、私が何となくで構築した奴と同じだと思う。

 それにしても、これで銀貨一枚、一万円か。魔術士ボロ儲けだね……


「ど、どうぞ……」


 恐る恐る地図が写された紙を渡される。

 ああ、なるほど。インクを乾かすのにちょっと水分を飛ばすところまでやってるのか。勉強になるなあ。


「素晴らしい出来ですね」


「ありがとうございます!」


「それで、ディオラさんの住まいはどこです?」


 お姉さんが慌てて前の台帳を調べ、複写された紙の地図の方で指差してくれた。

 確かに北区の西の端っこだ。


「ここが今いる魔術士ギルド本部です。出て右手にずーっと進んでもらって……」


 ふむふむ。まあ、迷うほどじゃないと……思う。

 いざとなったらクロスケもいるし!


「あの、ご案内しましょうか?」


「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」


「は、はい! あの!」


「なんでしょう?」


「握手してもらって良いですか!?」


 私は若干顔を痙攣ひきつらせつつも、なんとか笑顔で握手してそれを乗り切った……


***


「はあ……」


「ワフー」


 クロスケが私の足に頭をすりすりして慰めてくれる。

 ルシウスの塔の件がバレるのはしょうがないと思ってたけど、腐ったおっさんは出てくるし、かと思えば、握手をせがまれるしで「ホント大丈夫なの?」って感じ。


 昼の一の鐘まで時間はまだまだあるので、ゆっくりと建物を眺めながらディオラさんの住まいへと向かう。

 魔術士ギルド本部近くは高級そうな魔導具店やお高そうなレストランのようなものがあったりして、まるで渋○か○比寿だなーって。


 しばらく歩くと、だんだんと建物の高さが低くなり、下町っぽさが出てきた。中○黒?

 リュケリオンは基本的に北東側に裕福な層、南西側に貧しい層と分かれていると、街まで乗せてもらった商人のおじさんに聞いていた。

 ディオラさんの住まいは北区ではあるけど、それでも一番南西に近い場所。この魔導都市で優位な立場ではなさそう。


「んー、ここかな?」


「ワフッ!」


 クロスケに地図を見せて確認してもらったし、多分あってると思う。

 広くはないが、庭付き一戸建て。ただ、その庭が随分と荒れてるの……エルフだと思うんだけど、そっちのは全く興味ないってことなのかな?


「失礼しますー」


 木の門扉を押して中に入る。

 おや? 外からは荒れてるように見えたけど、中から見るとそうでもないような。

 いろんな種類の樹が雑然としつつも、飛び石がしっかりと道としてあり、小さい池も綺麗な水で満たされている。


「なんていうか……わびさび?」


 目隠しの竹垣があれば完璧なのになと思いつつ玄関に到着。家は普通。

 さて、呼びかけるかと思った目の前に、呼び鈴のようなものがあった。これを鳴らせってことだと思う。多分。


『カランカラーン♪』


 おお、これ魔導具っぽい。解析したい〜!


「は〜い、開いてるから中へどうぞ〜」


 在宅で良かった、と思い、私は玄関の扉を開けた。

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