第69話 業界ゴロってどこにでもいる
「お、お待たせしました!」
なんか神経質そうな上司を見て、私の頭の中で既に信号が黄色くなっている。
というか、受付してくれたお兄さん、ごめんね。多分っていうか、ルシウスの塔の最上階を突破してるのに気付いたんだよね。
「ギルドカードは両方戻しても?」
「はいっ!」
私が二つのギルドカードをネックストラップに戻したのを確認し、お兄さんが続ける。
「で、ですね。この後、上司とご面談いただきたく……」
「はあ、あまり長くならなければ。本来の目的を優先したいので」
その彼の後ろに立ってる上司、細身で神経質そうなちょび髭に聞こえるように言っておく。
つまんない世間話で時間取らせんなよ的なニュアンスがちゃんと伝わるように。
「お忙しいところすまんね。少々、お話しする時間をいただきたい」
伝わってんのかな、これ……
とはいえ、ここでキレたらロゼお姉様に笑われそうなので、我慢のしどころだと思おう。
「わかりました」
このフロアの一角に応接室のようなものがあるようで、私は並んでいるカウンターの端を抜けて、その応接室に案内される。
クロスケが油断ない顔でついて来ているので、万一何かあっても対処はできるだろう。
私も向こうも杖を持ってないけど、私は無くてもフルパワーで魔法撃てるし。
洒落たソファーやローテーブルという応接室ではなく、四角いテーブルに椅子が四つというシンプルな応接室……会議室だね、これ。
上司おじさんがさっさと奥に座ったので、私は粛々とドアに一番近い席に座った。クロスケも油断なく足元に侍る。
私はクロスケを撫でるフリをして、そっと魔素を床伝いに流し、入ってきたドアに解析をかけた。
極限まで声量を抑えても、私の魔法は問題なく発動する。これなら詠唱破棄だってできるんじゃ、と思ったんだけどダメだった。「声」にならないと起動しないらしい……
「お忙しいところ申し訳ない」
「いえ」
そう答えつつ、解析を完了させる。
静音だけ。施錠はされてないので良しとしとこう。
「まずは自己紹介だな。私の名はガーロンという」
上司おじさんは得意げにそう名乗るんだけど、これ私何か驚かないといけない場所?
ま、何に驚いていいのか分からないのでスルー。
「どうも。ミシャと言います。それでご用件は?」
「ん、あ、いや……。君はついこの間、ルシウスの塔の最上階を突破したというパーティーにいた魔術士で間違いないかね?」
「ええ、そうですけど。それが何か?」
受付のお兄さんがそれに気がついたから報告して、それで来たわけですよね?
なんか迂遠すぎて辛くなってきた。
「そうかそうか! リュケリオンはあなたを歓迎しよう! さて、それでどなたの研究グループに参加予定かね? 未定ならばうちのグループに入るといい!」
いきなりの勧誘にクラっとくる。
さすがロゼお姉様をカンカンにさせるだけあるよ……
私は上司おじさんの残心に紛れて、とある魔法を発動させる。
「すいませんが、私は人を探していて、その情報を得るために来ただけです」
「えっ?」
「私の姉弟子にあたるディオラさんという人を探しているんです。それだけです」
大きな声で、はっきり、くっきり、そう言ってあげると、上司おじさんがニヤニヤと笑い始める。気持ち悪い。
「いやいや、うちの研究グループに入れば、今流行の転送系魔法の研究ができるのだよ? もちろん給金も弾もう。かの塔を制覇した英雄であれば月に金貨十枚は保証しよう!」
はあ、前世にもいたなあ、こういうおっさん……
エンジニアというのは概ね天才に近い人ほど人付き合いを苦手とする。で、こういう「好きなことをさせてあげるよ」おじさんにコロッと騙されてしまうのだ。
そして、いつの間にか約束されたはずの好きなことができなくなり、周りとの釣り合いがどうとか言われて給料も減り、ゴールの見えないデスマへと追いやられる。
当然、そのデスマが始まる頃には当人は居なくなってるあたりがポイント。俗に言う『コンサル』とか『業界ゴロ』と呼ばれるタイプのおっさんだ。
「結構です。用件がそれだけでしたら、私は失礼させて……」
「ま、待ちたまえ! 私がその知人とやらを探そうではないか!」
「結構です。普通にここで聞いて、自分の足で探しますので」
こういうやりとりはテンポ良くノリと勢いで返していくと、相手もエスカレートしてくるもの。
「一層にいるような無能な連中に聞いたところでわかるわけがなかろう!」
「そんな大声を出して、外にいる人に聞かれたらどうするんです?」
「ふん! この部屋には魔導具で静音がかけられているんだ! 聞こえるわけがなかろう!」
「ええ、それは知ってますけど、壊れてますよね」
その言葉を聞いて、おっさんがフリーズした。
先ほど発動させたのは魔法付与消去の魔法。魔法付与で付与された魔法を消去する魔法……うん、わかりづらい。
実際、ルシウスの塔でゴーレムが暴走した時は、これを使って鎮圧するつもりだったので、全くのノリってわけでもないんだけど。
で、それを使って、扉にかかってた静音の魔法付与を消した。
私が「大きな声で」「はっきり」「くっきり」言ったあたりから、全部外に筒抜けだったんじゃないかな、声量的にも。
これ以上の相手は無意味だと思い、スッと席を立って扉を開けると、露骨に聞き耳を立てていた数人が慌てて散っていった。
「では、失礼します」
凍結中のおっさんを放置して部屋を出ると、まあ視線の痛いこと痛いこと。
だが、ここで萎縮すると負けなので、至極当然という顔で歩く。
さて……さっきの受付嬢にもう一回聞くかな……
「すいません。本登録は終わったんですが、実は人を探してまして」
「は、はいっ! た、担当の部署までご案内いたします!」
なんだかガチガチに緊張してる受付嬢さんだけど、引率して案内してくれるの?
別に窓口の番号を教えてくれればそれで良いんだけど……
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