第68話 資格は時に邪魔になる

 おじさんが紹介してくれた宿は『緋水晶ひすいしょう亭』という名前で女性専用。

 ちょっとお高い宿屋だったんだけど、どうやら事前におじさんから話があったのか、二人部屋の料金で四人部屋に通してもらった。


「夕食美味しかったね!」


「うう、なんだかルルに嘘をついていたようで申し訳ない」


 ディーが泣きそうな顔でそんなことを言ってるが、料理自体はベルグでも食べたことがあるシチューだったので、全くの嘘という訳でもなく。


「ま、リュケリオン料理でもないし嘘じゃないでしょ。美味しかったのは確かだけどね」


「そうそう、しばらくはここを拠点にして、他のお店も探そうね!」


「ワフッ!」


 完全にグルメツアーのノリになってるルルにクロスケも賛同する。

 この宿にはとりあえず一週間滞在することにして料金を先払いしてある。

 もともと一ヶ月ぐらいは滞在する予定で話してたんだけど……


「本当に一週間で良かったのか?」


「んー、なんだか用事だけ済ませて先にラシャードに行った方がいい気がしててね」


「そうなの?」


「なんとなくね。ま、ともかくディオラさんに会わないとなんだけど……」


 ただ、会うためにまずは魔術士ギルド本部、この都市の中枢に行かないといけない。

 で、行けるのは私だけ……


「明日は別行動になってしまうな」


「なんだよねえ……」


 魔術士ギルド本部があるのは北区。で、北区に入れるのは魔術士ギルドに所属する魔術士だけという、とてもめんどくさいことになっている。


「ボクとディーは街を見てまわってるから、ミシャはディオラさんの件よろしくね?」


「うん、了解なんだけど、ディーに直接会えるようにできるかはちょっとわからないよ」


「ああ、北区から出てもらわないことには会えないからな。それを本人が嫌だというなら仕方あるまい。私としては母上が元気にしていることを伝えてもらえればそれで」


 ディーがそんなことを言うが、私としては皆で会いたいんだよね。

 うーん、街の仕組みがめんどくさい。とてもとてもめんどくさい……


「クロスケはミシャのこと、ちゃんと守ってね?」


「ワフッ!」


 クロスケはそう誇らしげに答えてくれるが、


「私はどっちかというとルルとディーが心配なんだけど……」


***


「じゃ、ボクたちはお店見てたりするね」


「昼の一の鐘にまたここでな」


 二人がそう言って南東の商業区へと消える。時間は朝の三の鐘がなったばかり。

 私は一つ大きなため息をついて、北区に入るための門へと進む。

 門を潜るときに魔術士ギルドのギルドカードを見せると、


「む、リュケリオンは初めてですか?」


「はい」


「なら、道をまっすぐ魔術士ギルド本部へ行ってください。その前に他の場所には行かないでくださいね」


「わかりました」


 昨日のお姉さんと同じことを言われるが、そのままペコリと頭を下げて通り過ぎた。

 目の前に今までとは違う、綺麗に整えられた石畳が敷かれており、大通りをまっすぐ進めば、その先には高い塔だ。


 ルシウスの塔より高いかなあ、とか思いながらまっすぐ進む。

 私……というかクロスケの方をチラチラと見る人がいるが、私以外にもネコを連れてたり、カラスを肩に乗せてる人がいるので、別に悪いわけではない、と思う。


「高いなあ……。三十階ぐらいありそう……」


 塔の足元まで来て見上げると、改めてその高さに驚く。

 ルシウスの塔よりも細いのが余計それを高く見せてるのかも?

 いかんいかん、逃避してるなー。

 さっさと本登録とやらを済ませて、本命の用事に取りかからないと……


「すいません。初めてリュケリオンに来たのですが」


「本登録ですね。でしたら、一番窓口へお願いします」


 デパガみたいな受付嬢に問うと右手でスラッと指示される。

 まるで役場だなと思いつつ、私はその指された先、一番窓口へと進む。

 途中で目線だけで周りを窺ってみたが、まだ朝の早い時間のせいか人……魔術士は少ない。


「一番窓口、ここですよね」


 カウンター越しに話しかけると、それを待っていたかのように受付のお兄さん?がニッコリと微笑む。


「はい、本登録ですね。魔術士ギルドのギルドカードはお持ちですよね?」


「ええ、これです」


 それをネックストラップから取り出してカウンターに置いたが、それに被せるようにお兄さんが話してきた。


「ありがとうございます。こちらの魔導具のこの部分に乗せていただけますか? あ、そのまま手は離さずに」


 なるほど。指紋を取るようなことを魔素でされるってことね……魔素紋とでも言うのかな。

 まあ、今さらここで断るのも不自然だし、大人しくいうことを聞くしかない。


「少し指の先がチクッとします」


 って、例のアレか。ということは、傭兵ギルドのアレも同じってことなんだ。

 そのアレがちくっと来たが、一度経験しているので気にならない。


「はい、終わりました。ありがとうございます」


「どうも。それで、私、人を探して……」


「少々お待ちください。その前にそちらの傭兵ギルドのギルドカードを確認させていただきたく」


 えー、マジですか……とはいえ、断れるわけもないしなあ。

 しょうがないので白銀の盾ギルドのギルドカードを取り出す。


「これを?」


「すいません。魔術士ギルドのカードに本登録された情報と相違ないかの確認です。こちらに乗せてもらえますか?」


 別の魔導具を取り出され、その上に置くよう言われる。

 今度は手を乗せておく必要はないと思うので、素直にそれを置いて手を引っ込めた。


「ありがとうございます。急ぎ確認させていただきます」


 申し訳なさそうに言われてしまう。

 イラッとしていたのが言葉の端にでも出ていたんだろうと思うが、さすがにこの手続きが本来の目的ではないので、それくらいは許して欲しいところ。

 なんだけど……


「!? ちょ、ちょっと、いえ、少々お待ちください」


 放置されてどっか行っちゃったんだけど?

 後ろに誰か並んでたりすると、ちょっと気まずいなあと振り返ってみたが、どうやら私以外いないようだ。


「クゥン?」


「ごめんね、クロスケ。もう少しかかりそう」


 暇そうにお座りしているクロスケの頭をなでなでして気持ちを落ち着ける。

 すると、先ほどの受付のお兄さんが、何やら上司っぽい人を連れて戻ってきた。

 ああ、また、めんどくさいことになりそう……

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