第66話 対処で済むなら安いもの
「拾ってきたよー」
「ありがと。はい、これルルの分ね。クロスケは熱くない方がいいよね」
「ワフワフ」
クロスケ用の浅い皿に常温まで冷ましたお茶を入れてあげると、尻尾を振りながらそれを飲み始めた。この子、ホントに人間っぽいよね。
「ボクも冷たいのがいいー」
「はいはい」
ルルのカップに入ってるお茶の半分ぐらいを凍らせる。これでほっといたら冷たくなるでしょ。
「ありがと!」
「ミシャは相変わらず器用なことをするな」
ディーに呆れられてしまうが、これくらいは魔術士なら普通にでき……ないの?
まあ、バレないことなら気にしない方向で。
「温度を変化させるのはこっちの世界の方が楽かな」
「そうなの?」
「うん。熱くするには火にかけるしかないし、冷たくするのはもっと大変だった」
お湯沸かすのは数分だったけど、ガスコンロだったり電気ケトルが必要だったもんなあ。凍らすには冷蔵庫必須だったし、少なくとも一時間コース?
「ミシャ。この世界でもよっぽどの魔術士でないと大変なんだぞ?」
「だよね。ナーシャさんだって、お茶淹れるのに魔法使ったりしないよ?」
「え、そうだったの……」
もっと普段からホイホイと魔法使うものだと思ってた。
あ、そうか、私の場合は変換効率が良すぎるから気軽に使えてるのか……
「ボクたちは助かってるから気にしなくていいよ?」
「人前で使う時は気をつけた方が良いがな」
「了解……。それで、火をつけるのは大丈夫?」
石かまどに積み上げられた枯れ木。着火するぐらいなら良いよね?
結局、普通の旅人に見えるよう、石かまどの上には小ぶりの鍋が置かれ、普通にお湯が沸かされている。
薪に火を付けたり、鍋に水を張ったりするぐらいは普通だそうで、それに関しては気にしなくていいことになった。
それでも「魔術士だから」であって、普通はちゃんと火打ち石で着火するし、水も井戸から汲んでくるとのこと。
「まあ、あまり細かいことを気にする必要はない。そういう魔導具を持っている商人もいたりするからな」
とディー。まあ、ライターのような魔導具は旅をするなら必須だろうなとは思う。
うーん、魔導具かー……
ナーシャさんが作った鐘を知らせる女神像。あれは細工がすごいのもあったし、金貨五枚だった。
実用オンリーで作られるだろう着火の魔導具だと幾らぐらいなんだろう?
「ミシャ、そろそろ晩ご飯にしよ?」
「あ、うん」
思考を止め、麻袋に小分けしてあったフリーズドライのスープの素を取り出す。
ディーの故郷の里で食べたグレイディアのスープ。
昨日はレッドアーマーベア討伐で宴会になってしまったけど、ディーの両親は私たちが空振りで帰ってきてもいいように用意してくれていたらしい。
それをせっかくなので旅の道中で食べられるようにと加工させてもらったわけだ。
お茶を飲み終えて空っぽのカップにスープの素を入れてお湯を注ぐ。
フォークで突き崩してかき混ぜてやれば、あっという間にグレイディアのスープに元どおり。
「はい、ルル」
「うーん、美味しそー」
ディーと自分とクロスケにも同じものを作る。いや、作るって言っちゃうとディーの両親に申し訳ないなこれ……
「クロスケ、火傷しないでね?」
「ワフン」
少し冷ましてあげたいけど、微妙な加減は難しいし、平皿ならすぐ冷めると思う。
ちょっとダマになっていた部分をフォークで解してあげると、クロスケは嬉しそうにその香りを嗅ぎ始める。
「ルル、ミシャ、これを」
ディーから小ぶりの堅パンをもらう。
そのままかじりつくと本当に硬いので、スープに浸けてふやかすと美味しい。
ルルはさらに追加の干し肉をスープに入れてるけど、味が濃くなりすぎるんじゃないの?
………
……
…
「ミシャ、明日はどうする? 早くに出れば、リュケリオンまで行けなくもないが」
魔法で水洗いし、清浄の魔法を掛けた食器を拭いてくれながら、ディーが問う。
「あー、そうね。行けるなら行っちゃいたい気はするけど」
「ボクも賛成! 朝の二の鐘で出発すれば、昼の四の鐘ぐらいにはつけると思うよ」
えーっと、午前八時に出て、午後四時だとすると、八時間歩くのか。
途中で一時間休憩しても、ギリギリ日が暮れるまでに入れると考えるとありかなあ……
ま、ルルが行くっていうなら良いか。
「ん、じゃあ頑張ってみようか」
ふと、私の隣に寝そべっていたクロスケがスッと立ち上がった。
その視線の先から五十歳ぐらいのおじさんが走ってくる。ルルが挨拶してた人かな?
「なんだろね」
ルルの右手が腰にある
おじさんはどこから見ても非戦闘員なんだけど、油断してるよりは良いのかな?
「す、すまんが、、お、お嬢さん方はポーションは持っとらんか。う、うちの馬の足が……」
少し離れたところで立ち止まり、ぜえぜえ息を切らしながら聞いてきた。
私たちはお互いを見合って頷くと、
「ボクたち持ってるから、馬のところに案内して」
最終的に決めるのはルル。
私はポーチにポーションの小瓶があることを確認して立ち上がった。
クロスケに驚かれても困るので留守番をお願いし、三人で馬留めに案内される。
二頭ある馬のうち一頭がそうらしいのだけど……
「む、左後ろ足の蹄が腫れてるな」
ディーがいきなり診察し始めてびっくりしたが、確かになんだか右後ろ足に比べて大きくなってる気がしなくもない。
「道にあった大石を踏んだかしたようでの……」
「おそらくそうだな。ミシャ、ポーションを半分、そっとかけてあげてくれるか?」
「了解」
私は小瓶を一つ手に取って蓋を開けた。
魔素膜をコントロールしてその半分を腫れている患部に塗布すると、腫れていた部分がスッと引いていく。
「おおお、良かった、良かったなあ、ベルン……」
おじさんが首っ玉を撫でると、ベルンと呼ばれた馬は嬉しそうに頬をすりつけた。
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