第61話 自信がないとやってられない

 先程の件も含め、落ち着いた話は夕食後にということになって、ひとまずはディーの部屋へと案内された。


「へー、一回外に出るんだね!」


 部屋っていうか離れって感じ。

 ご両親が住む家の裏口を出ると、そこから小道が続いていて、少し先に別の小屋があった。

 あるんだけど……


「すごい蔦まみれなんだけど大丈夫なの?」


「ん、ああ、少し待っていてくれ」


 と、ディーが精霊魔法を行使すると、淡い緑の光が家へと漂っていき、それが辿り着いた瞬間から蔦がスルスルと解けていく。


「ディーすごい!」


 これは私もルルに同意するしかない。

 しかもそれだけでなく、蔦が扉を開け、中からまるで水でも流れるように埃がさーっとはけていく。これは風の精霊の力?


「さあ、入ってくれ」


 ちょっと得意げなディーが可愛く見えつつも、私たちは小屋へと足を踏み入れる。

 中は驚くほどシンプル……というかテーブルと椅子ぐらいしか無いんだけど?


「えーっと、ディーは床に寝てるの?」


 まあ、外の世界に出ようっていうからには、空っぽにしてても不思議じゃないんだけどさ。


「ああ、今、ベッドはこうしてる」


 ディーが部屋の一部となっている大樹に手をかざすと、ハンモックのようなものになった。

 いや、これ凄くない?

 ルルなんて目が点状態だし……


「ねえ、ディー。エルフってみんながこんなことできるの?」


「まあ、長老はできるな」


 それって長老とディー以外はできないってことじゃないの?


「なんだかボクが一番足手まといな気がしてきたんだけど……」


「いやいや、ルルだってかなり凄いからね? マルリーさんやダッツさんと同レベルって時点で凄いんだけど?」


 しょんぼりモードで椅子に腰掛けるルルだが、彼女だって私から見れば十分すごい。

 最近はエリカっていう規格外もいたけど、その彼女に引けを取らない強さだし。


「それぞれ得意不得意はあるものだ。少なくとも私はルルの攻撃を避けながら精霊魔法は使えないし、精霊魔法が使えてもミシャの元素魔法には勝てそうにないしな」


 今度はそう自嘲気味に話すディー。


「はいはい、自分を卑下するのは終了!!」


 パンパンと手を叩いてそう宣言した。

 自分に自信が無い時が一番危ない。どうしても「これで良いんだっけ?」って萎縮するし。


「私たちはみんなそれぞれ良いところがある。私はルルもディーもクロスケもいないとダメなんだからね? いい?」


「ホント?」


「当たり前でしょ。私が魔法を使う余裕を作ってくれるのはルルなんだし。もう国へ帰るとか言い出したら私だって怒るよ?」


 少しキツめに言ってしまったけど、ルルはそれを聞いてにへっと嬉しそうに笑った。

 ああ、ずるいなあ、もう……


「ごめんね。ちょっと驚きすぎちゃった」


「しっかりしてよ。この三人のうち、唯一まともに接近戦できるのがルルなんだからね?」


「はーい!」


 その様子を見てディーもホッとした様子。

 ちょっと良いところ見せたかった感じだしね。


「さあ、夕飯はご馳走だと思うぞ。クロスケ殿のおかげでな」


「だね。てか、クロスケが一番すごいんじゃ無いの?」


「ホントだね!」


「ワフン!」


 得意げに吠えるクロスケに私たちは笑い合った。


***


 夕食はグレイディアっていう鹿の干し肉と豆とキノコを煮込んだスープにパン。

 す〜っごい美味しかった。語彙力が足りない。

 そうそう、アレ。干し椎茸のうま味を久しぶりに味わえた。ノティアでも王都でもキノコっていうとマッシュルームみたいなのだったからなあ……


 クロスケも同じものをペロリと平らげていたけど、お肉多めだったので、私たちよりも扱いが上っぽい。それに別に文句はないし、逆に変なものを出されるよりはよっぽど。


「このお茶美味しいね!」


「うん、美味しい……」


 出されたのは豆のお茶? 確か前世でもなた豆のお茶があったからアレかな? 香ばしさがあって麦茶っぽいので冷やしても美味しい気がする……


「さて、ディオラの事だが、母さん」


「はい。私の姉、つまりディアナの伯母になりますね」


 ディーのお母さん、ディシャラさんの話だと、お二人が結婚してディーが生まれる前に里を出てしまったらしい。

 ディオラさん、エルフなのに精霊魔法に全く興味がなく、元素魔法を独学で学んでたとのこと。


「え? 独学って……どうやって学んでたんです?」


「姉曰く、森で魔物に襲われて亡くなった人が持っていた本から、だそうです」


 そういや『ゴブリンでもわかる元素魔法』って本、あったもんね。

 それにしても、周りが全員エルフで精霊魔法使いの中で、自分だけ元素魔法を学ぼうとするとか、相当変わり者っぽい。


「その伯母上は一度も里に戻ってないということですか?」


「ええ、姉さんが戻ってきたことは一度も無いわね」


 手紙やらが届いたこともないらしい。まあ、どうやって渡すのって感じだもんね。


「こういう言い方は良くないと思うが、親族という感じはあまりしないね。私もディシャラと結婚する前に一度見かけただけだし」


「あの時も、あなたをざっと眺めて『良いんじゃない』って言っただけだったわね」


 ご両親二人とも苦笑している。

 悪い人ではなさそうだけど、興味がないことはとことんどうでも良いんだろうな。


 前世でも純粋に『アルゴリズムにしか興味ない』みたいな人はいた。

 そういう人は概ね研究部署に篭りっきりなんだけど、どうしても教えてもらいたいことがあったりして会いにいくと、めちゃくちゃダルそうな対応されるんだよなあ。

 ……自分もあんまり言えた義理じゃないけども。


「里を出るときはリュケリオンへと?」


「そうね。もう戻ってこないと思うから元気でね、とだけ……」


 そう困った顔で答えるディシャラさん。

 一応、私たちが知ってる事は教えておくべきかと思う。


「そのディオラさんなんですが、私たちが所属する『白銀の盾』ギルドのギルドマスター、マルリーさんたちと旅をしていたことがあるんです」


「え、そうなんですか?」


「私たちが聞いた話ですけどね。それで、今は魔導都市リュケリオンにいるという話なので、手紙を届けに行くつもりで」


 そのディオラさんに、マルリーさんとサーラさんから預かった手紙を渡すのが第一ミッション。

 で、まあ、私としては魔法のことについていろいろ聞いておきたい。前にディーが言ってくれた、前の世界にいる家族に手紙を出す方法について、その可能性の断片でもあれば……


「会えると決まったわけではありませんが、母上から伯母上に言伝ことづてなどありますか?」


「私たちが元気にしていることを伝えてくれれば十分よ。あなたが顔を見せれば、それで良いぐらいかしら」


 確かに姪っ子がちゃんと大人になってるのを見せるのが一番かも?

 そんな話をしていると……


「ワフ」


 私の足元でおねむだったクロスケが急に顔を上げて玄関扉の方を見る。

 どうやら、お客さんが来たようだ……

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