第57話 リリース終わって日が暮れて

「前にゲーティアに向かった時は気づかなかったが、改めて通ると随分と道が蛇行しているのだな」


 ディーが真面目モードでそんなことを話す。

 前にレスタ領に行くため、ゲーティアへと向かった時は気づいてなかったらしいが、私は前世の記憶があるから余計に「なんで、主要道路がこんなグネってるの?」って思ったもんだ。


「ミシャが荒野だったところにおっきい道路を真っ直ぐに作った方が良いって言ったの、ボクもやっとわかってきたよ」


「道幅を広くすれば、馬車同士がすれ違うときにお互い徐行する必要もなくなるしね」


 今もまたすれ違う馬車に気を使って少し徐行している。王都での皇太子結婚っていうお祭りに参加したい人たちの馬車がたくさん王都に向かっているからだろう。


 エリカやシェリーさんに幹線道路の話を説明する時、私は二車線左側通行と中央分離帯の必要性についても説明していた。

 正面衝突が起きないよう、道の中央分離帯を作り、常に行く方向の左側を走るようにすれば、すれ違いの徐行が減って平均速度が上がるはず。

 あと、馬車の故障とかに備えて路側帯を広めにとっておく事とかも説明したりとか。

 前世の高速道路はあまりに真っ直ぐ過ぎると居眠り運転が起きやすくなるとかで、適度にカーブしているらしい。本当なのかどうかちゃんとは知らないけど。


「だが、出るのが早かったから、昼過ぎにはゲーティアに着くな」


「前はゲーティアの街を見る暇もなかったし、ちょうどいいじゃん!」


「そうね。なんだか行きも帰りも慌ただしかったし、今回はちゃんと観光もしましょ」


 幹線道路の話を思い出してて、思わず仕事脳になりかけてたけど、ちゃんと楽しまないとね。



【SubThread:不可視の白銀サーラ】


 いつもの居場所『白銀の短剣』ギルドに戻ってきたあたしは、いつもの椅子に腰掛ける。


「久しぶりに楽しかったね」


 そう独り言ちると、ギルドの静けさが一層身に染みる。

 ついこの間までは、かつての戦友だったマルリーが泊まっていたのもあって、賑やかなのもあったせいだろう。

 あのマルリーが手に余ると言っていたミシャ。なんでもロゼ様の弟子らしい。

 最初はあたしたちと同じでロゼ様に拾われた子なんだろうと思っていたが、それはとんでもない間違いだったようだ。

 カピューレの遺跡の問題を解決して王都に戻ってきた日、かなり真面目にマルリーと話した。あの娘は大丈夫なのかと。


 ………

 ……

 …


「私も最初はそれくらいの認識でしたよー。ロゼ様もそれだけ言って帰っちゃいましたしー」


「氷槍を撃つぐらいはまだ良かったけどさ、ゴーレムの命令を書き換えたのはおかしいでしょ?」


 あたしもマルリーも酒が入ってはいるが酔ってはいない。

 ただ、この話をするには多少は口が軽くならないとやってられないからだ。


「あれは私も見たことがなかったのでー、とても驚きましたー。きっと、ルシウスの塔のゴーレムを解析してものにしたんだと思いますよー」


「だから、普通はあっさり解析できないし、あっさり付与も出来ないんだってば!」


「そこはー、ロゼ様の弟子ですからー」


 どんな理不尽を見て訴えたところで、結局は「ロゼ様の弟子だから」で済まされる。あの子たちが「ミシャだからしょうがない」と言ってるのと同じだ。


「ディオラがミシャを見たらブチ切れるんじゃないの?」


「うーんー、逆にすごーく気に入られるんじゃないですかねー。まともに話してくれるロゼ様だと思えばー」


「うーん、そう言われると……」


 ディオラはロゼ様に弟子入りを志願したにも関わらず「弟子は取らないから」の一言で断られている。

 仕方なくという言い方は悪いけど、ナーシャさんに弟子入りして、あっさりとその師匠を超えたエルフだけに、ミシャに嫉妬しないかは心配になる。

 まあ、魔法研究のためならドワーフにだって弟子入りするエルフとも言えるんだけど……


「マルリーはさあ、心配じゃないの?」


「何がですかー?」


「まあ、その、ミシャが悪い方向にというか……」


 なんとも歯切れが悪い言い方になってしまう。

 あたしだってあの子がそんな風になってしまうなんて思ってないし、それはミシャだけでなく、その周りの子たちも含めてだ。


「全くない、とは言い切れませんね。例えばルルさんやディアナさんを失ったら、ミシャさんは危ういかもしれません」


「あんたそれ……」


 急に真顔で言われて驚くしかない。

 メンバーが欠けて正常ではなくなるパーティーは多いし、昔の私たち『白銀の乙女』だってそれが元で解散したんだから。


「それでもロゼ様が会いに来いと言ったわけですから、私たちには見守ることしかできませんよ」


「はあ……。ロゼ様もあたしたちを見てる時はこんな気分だったのかね」


「そうですねー。きっとそうだったと思いますよー」


 そう答えたマルリーの顔は、あたしが知っているゆったりとした笑みに変わっていた。



【SubThread:ベルグ王国皇太子マルス】


「今ごろはゲーティアに向かう馬車の中だろーな……」


 隣に座っているエリカが珍しく物憂げだ。

 この二ヶ月ほどに起きたことは、彼女の今までの人生でもとびきりの出来事だったと思う。

 僕はそれが無事に終わってくれたことにホッとしたけど、彼女がそれに想いを馳せる気持ちもわからなくもない。


「本当に良かったの?」


「何がだ?」


「僕との結婚を急がずに彼女たちと旅に出る、とかさ」


 そう言ったところでガッチリと抱きしめられた。

 ああ、もう少し背が高ければなあ……。エリカの背が高過ぎるんだけど。


「それはダメだ。あたしはマルスが好きだから……国を跨いで離れるのは……」


「まあ、大公姫のままでも十分に無理なんだけどね。できたとして、特使として国賓待遇されるのが前提かな」


「ちょっ、なんだよそれ!」


 慌てて僕を覗き込むのでニッコリと笑顔を返すと、彼女はそれ以上は言えなくなってしまう。

 どちらにしても、身分が違い過ぎるのには変わりがないからだ。


「まあでも、ルル嬢があのノティア伯のお孫さんだったのは助かったよ。周りも何も言えなかったからね」


「そうだな。それに、あいつらと一緒じゃなきゃ、ルシウスの塔だって無理だったと思うし」


「正直、それについてはまだ信じられないよ。王国騎士団や宮廷魔術士の精鋭でも十七までが精一杯だったって聞いてるし」


 前王、王である父の兄上がエリカが生まれる前に、騎士と魔術士の強さを測るために挑ませた時には第十七階層でリタイアしたと聞いている。

 傭兵なら第十階層を突破できればベテランだし、第十五階層を突破できればすぐにでも宮仕えする先が見つかる力量だ。

 それをエリカたちはたった二度の挑戦で超えていった。それも単にスケジュール的な都合で二度に分けただけで、一度で最上階まで突破できていた可能性がある。


「あたしは自分が弱いとは思ってねーけどさ、やっぱりルルたちも相当だと思うぜ。特に……」


「あのミシャって人だね」


 エリカが頷く。


「その場でゴーレムの魔法付与を書き換えてたからな。それも一度や二度じゃねえ。他の魔法だって無茶苦茶だ。打ち出す火球の威力はとんでもねーし……」


「だから、母上の形見のローブをあげたの?」


「ああ、あの三人にはなんとしても、将来のあたしたちの側にいてもらいたい。しょうもないところで死んで戻ってこねーとか嫌だしな……」


 そう言ってプイとそっぽを向く。

 エリカが彼女たちを相当気に入ってるのは知っているし、僕だって彼女たちにはこの国のために力を貸して欲しいと思っている。


「リュケリオンの次はラシャードに向かうって言ってたよね。どうする?」


「まあ……いいと思うぜ。ただし、悟られないようにしてくれよ。あいつらは妙に勘もいいし、そんなことで嫌われたくねえ」


「うん、わかってる」


 彼女らの旅の邪魔にならないように監視をつけることを、エリカは不本意ながらも同意してくれた。もちろん、それが彼女らの不利になったり、不興を被ることにならないようにだけど。


「そろそろお時間かと」


 エリカ付きの侍女、シェリーが僕たちを呼びにくる。

 昨日の結婚式はあくまで貴族たち向けだったが、今日は王城のテラスから国民皆に手を振ることになっているからだ。


「うん、行こうか」


「ああ」


 僕たちはこれからも国の象徴として、彼らの平穏な生活を守らなくてはならない。

 今日旅だった彼女たちのような生き方は許されない。

 それが王族として生まれた宿命だけど、彼女と二人ならそれでいいかなと思う……



【SubThread:ノティア伯爵ワーゼル】


「行っちゃったねえ」


 ルルたちを見送ったワシの背後からクラリティの声が掛かった。

 奴は見送りは家の中で済ませたのだろう。


「アイツの若い頃に本当にそっくりじゃ」


「ふふっ、本当にね。だから安心していいと思うよ、ワーゼル」


「信じておらんわけではない! じゃが、人の悪意とは時に予想もできぬ事態を招く……」


 そう答えるとクラリティは肩を竦めた。

 エルフの顔でそれをやられると、無性に殴りたくなるのだが、もはやそんなやり取りはずっとずっと前に卒業している。

 奴もそれをわかっているからこそ、昔のように戯けて見せたのだろう。


「ルル君はミシャ君やディアナ君が守ってくれるさ。彼女たちはお互いがお互いを必要としているからこそ強いと思うよ」


「ふん! そんなことはわかっておる。それにあのロゼ様が絡んでおるのだ……」


「そうなんだよね。なまじ変なちょっかいを出そうものなら……」


 二人して頷き合うと、ワシらは屋敷の中へと入る。

 リビングのソファーにどっかりと腰を下ろし、朝っぱらからではあるがワインで乾杯した。


「それで、例の妙な弓はできそうなのか?」


「ああ、アレね。ちょっと待ってね」


 メイドに命じて客室から取って来させた紙をローテーブルに広げる。

 そこにはかなり精密な『複合弓コンパウンドボウ』と呼ばれるものの設計が描かれていた。


「ふむ……、滑車の力で弦を引くのか」


「そうだね。今までの半分以下で弓を引けるけど、その分本体や弦の強度の問題が出てくる。ミシャ君の話では、いくつかの素材を重ねることでそれを実現できるらしい」


「……これはワシが持ち帰っても良いのか?」


「ああ、マルスから許可はもらっているよ。むしろロッソに頼るべきことだろうと思うし、助力をお願いしたい」


 既存の木弓よりも硬さがありつつ、だが、曲げても折れずに元に戻る素材というのは中々難しい。

 そんな素材を作るには鍛治師である弟ロッソの方が適任だろう。


「わかった」


「当面は城壁に設置してる弩なんかに滑車を付ける方に手をつけることになると思うし、そっちで先に進めてもらうと助かるよ」


 ノティアも南のダンジョンから不死者の氾濫はんらんの問題が解決でき、街の東側も全くアンデッドを見なくなっている。

 このまま安全圏を広げるためにも、飛距離が倍近くなるという『複合弓コンパウンドボウ』は喉から手が出るほど欲しい。


「ふむ。半年以内には試作を終わらせ、一年後には量産に配備と行きたいところじゃが……」


「ずっと荒野だった王都西側の復興にも間に合ってくれると良いんだけどね」


 ルルの話では、カピューレの遺跡にあったダンジョンもロゼ様の弟子のミシャが管理下に置いたそうだ。

 正直、信じられる話ではないが、事実としてノティア東側の脅威が去り、王都西側の荒野もセラードの近くでは緑が戻りつつあるらしい。

 このことを戻ってナーシャに話すと、また詳しく話せとうるさいことになるのだろう。気が重い。


「ロゼ様の弟子、か……」


 目元を押さえ、ソファーに深く沈み込むと天を仰いだ。

 かつてロゼ様は自身を「彩神様さいしんさまの親戚ぐらいかな」と言った。

 弟子を一切取らない彼女の初めての弟子ということは……


彩神様さいしんさまの考えていることを、私たちが悩んだところでしょうがないよ」


「ふん! ワシはルルが元気でいてくれればいいだけじゃ!」


 そう。少し幸運に恵まれただけのドワーフである以上、多くを望むことなどはしない。

 ただただ、ルルとその仲間たちがこの世界を謳歌してくれることを願うだけだ……

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