第56話 次のお仕事へと向かいます
結婚式は王城ではなく、王城の隣にある教会で行われる。
ただ、これに参加できるのは、王家と縁の深い貴族と関係者のみということで、百人もいないとは聞いていた。
私たちはもちろんそれに参加するので馬車から降りた先は教会の前だ。
ノティア伯爵であるルルのお爺ちゃんを先頭に、ルル、私、クロスケ、ディー、クラリティさんと並んで聖堂へと歩いていく。
ルルのお爺ちゃんは当然このためにノティアからやってきた。その代わり、ルルのお父さんが向こうに行って領主代理だ。ギリギリまでルルのドレス姿がもう一度見たいとゴネていたけど……
クロスケは特別に許可をもらってるんだけど、ここは配慮するべきかなと思って、聖堂に入る前にクロスケの毛色変化を解いた。
警備に当たっている近衛騎士っぽい人が目を剥いて驚いてたけどスルーする。ウィナーウルフだと知って驚いたのか、毛色変化したから驚いたのかは不明。
中に入ると既にほとんどの席が埋まっていた。どうやら私たちはルルのお爺ちゃんが伯爵だということもあって最後らしい。
中央の道ではなく、右側を通り抜けて最前列に座ったんだけど、皆がクロスケを見て驚いてるのがわかる。流石にウィナーウルフを知ってるんだろうね。
昼の一の鐘が教会内に鳴り響いた。建物の真上から鳴ってるんだけど、うるさくなくて荘厳な雰囲気が高まる。
その音が収まる頃、正面祭壇の左側から現れたのが国王陛下と王妃様。そのまま豪華に誂えられた椅子へと着席する。
最後に反対の右側から高齢の司祭、きっと大司祭とか大司教とかそういう人が現れて、中央へと進んだ。
さて、そろそろ開始かな?
「マルス皇太子様、エリカ大公姫様、ご入場!」
声が響き、同時に皆が立ち上がる。あ、国王陛下と王妃様除く。
中央にある道……バージンロードってこっちでも言うのか知らないけど、皇太子様とエリカが歩いてくるので、皆がそちらを向いた。
やがて、
「おおっ!」
という感嘆の声があがるが、私の位置からだとまだ見えない……見えた!
こっちの世界でもウェディングドレスは白なんだなあ。
「エリカ、すっごく綺麗!」
ルルが私やディーが思っていることを口に出してくれる。
それは良いんだけど、もうちょっと身分的なものを考えた方が良くない?
ちょっとドキドキしたが、ここにいる人たちは気にしてないようだ。ルルのお爺ちゃんが隣にいるしね。
ふと、ディーを見ると目に涙をいっぱいに溜めていて、お前はエリカの母親かと突っ込みそうになる。
そんなことに気を取られている間に、二人は祭壇へと上がって司祭様の前で立ち止まった。
エリカは背が高いし、まるでスーパーモデルみたい。隣の皇太子様は年齢的には普通かちょっと高い身長だと思うんだけど、差が結構あって……
そんなことを考えている間も結婚式は粛々と進められた。
***
「エリカ、ホント綺麗だったねー」
「そうね。普段からは想像がつかない感じだったよ」
式も終わって披露宴? なのかな。王城の大広間には式には来れなかった貴族たちもいる。
きっちりと席次が決められていて、私たちはさっきと同じメンバー五人でかなり前の方の席に座っている。
もちろん、一番前は皇太子様とエリカだが、国王陛下と王妃様に挟まれている。
まあ、身分的にこちらから向こうに行くことはないだろうし、あとで新郎新婦が各席を回る程度だと思う。
式の主役はもちろん新郎新婦の二人で、ほとんどみんなそっちに注目してるんだけど、合間合間に私の隣に控えているクロスケに視線が注がれる。立食形式じゃなくて本当に良かった……
ちなみにクロスケにもちゃんとコース料理が出されている。美味しそうに食べているのは良いんだけど、最近ちょっと太ってきてないかね、君?
披露宴だけど、別に新郎や新婦の子供の頃の話が流れたりするわけでもなく、国の重鎮が順次お話をする程度。
ルルのお爺ちゃんも簡単なスピーチをしていた。三つの袋の話とかはなかったから、あれはきっと日本だけのお約束なんだと思う……
そんなこんなしているうちに、新郎新婦が各テーブルを挨拶回りするフェーズになったようだ。
で、私たちが一番最初ですか、そうですか……
「おっと、立たなくて良いぜ」
およそウェディングドレスに似つかわしくない、いつもの口調でエリカが話しかける。
「エリカ様は良い女になりましたな。マルス皇太子様、いろいろと大変でしょうが、この爺もおりますので頑張ってくだされ」
「ノティア伯の奥方もじゃじゃ馬だったと聞いていますので、ご助言いただきたいですね」
ルルのお爺ちゃんとマルス皇太子様はそんな軽口を言ってグラスを合わせる。
まあ、ルルのお婆ちゃんだし、ナーシャさんの義姉なんだし、きっと凄い人だったんだろう。
「私のところに遊びにくるのもほどほどに願いますよ?」
「いえ、あれは僕の趣味ですから。当然、今後も続けますよ」
クラリティさんはその答えに苦笑いしつつも、同様にグラスを合わせた。
「はっ、名残惜しいが、今日からあたしは皇太子妃だ。最後の冒険がお前たちとでホント良かったぜ」
「こっちこそだよ!」
「ああ、私たちの生涯の誇りだ」
「本当にそうだね。クロスケもそう思うよね?」
「ワフッ!」
目をキラキラさせて返事するクロスケを、エリカとマルス皇太子が優しく撫でてあげると、その様子を見た他の貴族たちから大きな歓声が沸いた。
「すぐに出発だろうが必ず戻ってこいよ。これは命令だからな」
「はいっ、かしこまりました!」
ルルが代表してそう答えると、二人は名残惜しそうに他のテーブルへと向かったのであった。
***
「今日は皆ご苦労だったな。改めて礼を言おう」
披露宴が終わって戻ってきたのは夕方ごろ。
ただ、もうご飯は披露宴でかなり食べたから、皆でお茶をしている。もちろん、クラリティさんも来てくれている。
「私からもお礼を言うよ。そして、できればエリカと出会った経緯から話してくれると嬉しいね」
「うむ、心配したんじゃぞ。ナーシャから聞いてルシウスの塔に挑んだのは知っておったが……」
「あはは……。じゃ、ルル、お願い」
いつもと同じように説明をルルに丸投げして、その説明を修正していく。
ルシウスの塔のこと、クラリティさんに頼んだ
……思ったよりずっと濃ゆい二ヶ月弱だった気がする。
流石にもう私が迷い人であることを話の辻褄が合わないので、それも説明したのだが、領主様もクラリティさんも驚きはしなかった。
「まあ、あのロゼ様が弟子と認めたのであれば、そういうことでも驚かないね」
「そうじゃな。それに迷い人は数年に一度現れるものだ。実際、ソフィア嬢もそうなのだろうしな」
やはり人生経験というものだろうか。
あ、この二人なら過去に迷い人と出会ってても不思議じゃないか……
「少し気になるのだが、ソフィア嬢が
「ミシャって時々変なこと知ってるよね」
「魔法の使い方もおかしなことが多いな」
「前世の知識に差があったから、ですかね。ソフィアさんがそういうのに興味なかっただけかと」
普通の女子高生は
私がなんでそんな動画見たことがあるのかは置いとくとして。
「迷い人の知識にも得手不得手があるということじゃな」
「はい。私は幸いそういうのに詳しかっただけで。ソフィアさんは植物の育成なんかは私よりもよっぽど詳しいですよ」
「なるほど。ディアナ君がソフィア嬢に樹の精霊をという話はそこに繋がるのだな」
クラリティさんの言にディーが頷く。
彼女は転生時に
「ふむ、いんたあんの件はあるが、彼女は信用して良さそうじゃな」
「もう、じーちゃん! あの子はとってもいい子だよ!」
「わ、わかっとる! わかっとるから!」
相変わらず孫娘には勝てない領主様。
まあ、そんなこんなで一通りの説明を終えて、二人とも納得してくれたようだ。
「それで、ミシャ君はロゼ様に会いに西へ、ラシャードへ行こうということなんだね」
「はい。急がなくていいんですけど、来るようには言われてるので」
「もちろん、ボクたちもついていくよ!」
「だな!」
「ワフッ!」
皆がそう声を揃えてくれるのを嬉しく思うが、同時に責任も感じている。
まあ、ラシャードまでは、まったり旅であることを祈ろう……
***
朝の二の鐘が鳴った。
今日のお昼は王都の民衆にマルス皇太子とエリカ皇太子妃が王城から手を振るイベントがあるんだけど、私たちはそれには参加せずにリュケリオンへと向かう。
まずは国境の街ゲーティアまで馬車で行って一泊の予定だ。
「よし、みんな忘れ物ない?」
「大丈夫!」
「問題ない」
「ワフッ」
最後に部屋に清浄をかけて綺麗にしておく。立つ鳥跡を濁さず的な。
玄関を出ると、領主様、ルルのお爺ちゃんがしょんぼりして立っているが、
「もー、じーちゃん、それノティアの時もだよね?」
とルルに言われて、更にしょんぼりしている。
「それじゃ、お世話になりました。ロゼお姉様に会ったら戻って来ますので」
とりあえずそう言って領主様をなだめていると、門の方から見知った声が聞こえてきた。
「ソフィアさんにサーラさん。見送りに来てくれたんですか?」
「はい。ノティア伯爵様、突然の訪問をお許しください」
そう丁寧に挨拶するソフィアさんを見て、領主様も和かに答える。
「そうかしこまる必要はない。カピューレの遺跡の件、苦労したと聞いている。今後も何か困ったことがあったら、気軽に息子に伝えておくれ」
「は、はい! ありがとうございます」
感無量といった感じで深々と頭を下げるソフィアさんの隣で、サーラさんは相変わらずだった。
「クックック、我に悟られずに王都を出ようなどと小賢しい」
「お前は相変わらずだな、サーラ……」
呆れ顔の領主様。ということはサーラさんの病気を知ってるんだ。
ああ、マルリーさんと組んでた『白銀の乙女』を知ってるってことなのかな。
「急にごめんね。マルリーとも話して、ちょうどいいからディオラに近況を伝える手紙を渡してもらおうと思ってね」
サーラさんが差し出したのは、庶民には珍しい封筒に入った手紙と、それを届ける依頼書だ。
依頼報酬は金貨三枚とありえない高額に設定されている。
「ちょっと、この金額は多すぎじゃない?」
「私とマルリーとソフィア嬢からの餞別だよ。ま、お土産期待してるからねってことで」
ルルが依頼書を返そうとしたが、そのまま押し付けられてしまう。
「ディオラ殿はリュケリオンのどのあたりにお住まいか知っておられるのだろうか?」
「それがわかんないのよ。その分の手間賃ってのもあるね」
サーラさんが笑う。そりゃ確かに手間だ。
魔導都市リュケリオンはベルグ王国よりもずっと歴史があり千年都市とも言われているらしい。住人もこの王都の倍はありそうな気がする。
そんな都市から一人のエルフを見つけないといけないのか……
「ねえ、じーちゃんはディオラさんのことも知ってるんだよね?」
「ん、ああ、まあナーシャの弟子だったからのう。そうじゃな、リュケリオンで探すなら都市の北区にある魔術士ギルド本部へ行くのが良かろう」
「そこなら住んでいる場所もわかるの?」
「ナーシャさんの弟子なら魔術士ギルドにも入ってるだろうから、そこから辿ればってことかな」
「うむ。まあ、あやつも魔術士ギルドの政治的な側面は嫌っておったからのう。ギルドではあまり情報は得られんかもしれんが……」
そういうことか。まあ、私がナーシャさんの弟子(ということになっている)なら会ってくれそうかな? 私も魔法に関係ないことには関わりたくないし……
「ミシャちゃんが気にすることはないよ。あの子もあたしたちと同じで自分の好きなことにしか興味ないタイプだからさ。サーラとマルリーからの手紙だって言えば会ってくれるから」
「わかりました。しっかり届けます」
そう答えたところで、私たちをゲーティアまで届けてくれる馬車がやってきた。
普通の乗合馬車はもう少し遅い時間になってしまうし相席前提だが、こういう下級貴族がチャーターするような馬車なら問題ない。それなりのお値段だが、懐事情も暖かいので問題なし。
「じゃ、行ってくるね!」
私たちが乗り込むと領主様がまた目に涙を溜め始めたがスルーする。
ソフィアさんは
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