第55話 験を担ぐことだってある

「はー、これで一件落着かな」


 私はベッドに座って誰にというわけでもなく声に出した。

 その声に、私の膝枕を堪能中のルルが反応する。


「でも、もうしばらくは王都にいないとなんだよねー」


「仕方あるまい。エリカもミシャのアイデアにかなり乗り気だったしな」


「言うんじゃなかったかなあ……」


 幹線道路なんて、更地の時ぐらいにしか作れないよねって思って、つい言ってしまった。

 いろいろ説明はしたけど、設計時に質問が出るだろうと思うし、ちゃんと答えておくべきだろう。

 それもエリカがそんなに時間はかけないと言ってくれたし、言い出しっぺなので仕方ない。


「ミシャは悪くないから良いよ! それより次だよ。ディーの故郷だよね!」


「ディーはそれでいいの?」


「ああ、構わないが、ルルは少し居心地が悪いかもしれないぞ?」


 そりゃ、エルフの里にドワーフだもんねえ。

 ゲーティアから更に北西にベルグ王国を出て進むと、その先が魔導都市リュケリオンだ。

 ディーの故郷のエルフの森はその中間付近、街道から北東に続く小道の先にあるという。


「ボクはそういうの気にしないからいいよ」


「大丈夫だと思うよ。その間はクロスケの毛色変化を解くつもりだし」


「本当か!? いや、それはそれで騒ぎになりそうな気がするぞ……」


 膝枕しているクロスケを撫でつつ神妙な顔つきになるディー。

 ウィナーウルフ、どれだけ神格化されてるんだ一体……


「そうだ。ボク、気になってたんだけど、ディーの両親って里にいるの?」


「ああ、まあ元気にしていると思うが」


「一人っ子なの?」


「そうだな。私が里を出るまではそうだったが……」


 ああ、里を出てから弟か妹ができてる可能性が普通にあるのか。エルフの時間感覚が壮大すぎてピンとこない。

 ルルはそれを聞いてなんだか別のことを考えているようで……


「うちのギルドにディオラさんっていう人がいるんだ。それってディーの知り合いじゃないの?」


「そう言えばサーラさんも言ってたね。マルリーさんと昔組んでた『白銀の乙女』っていうパーティーにいたっぽいよね」


 サンドリザードの魔石を受け取った時に聞いたような。魔術士だった気がする。


「いや、私には心当たりは全くないな」


 その答えに思わず心の中で『ないんかい!』と突っ込んでしまう。いかにもフラグっぽかったのになあ。


「えー、じゃ、ディーが知らない親戚とかいう可能性は?」


「それはあると思うぞ。うちの里もそうだが、里を出たエルフの話はほとんどされないからな」


「そうなの?」


「外の世界に出るエルフは里では変人扱いだからな。私も帰っても声をかけてくるのは両親ぐらいだと思うな」


 何なのそれ……


「えーっと、なんか無理にお邪魔する必要は無い気がしてきたんだど?」


「気にする必要はない。単に里にずっと住んでいるエルフは外に関心がないだけだからな」


「この国や魔導都市と取引とかしないの?」


「ああ、やむを得ない場合を除いて全くしない。たまに外から戻ってくる私のような者が持ち込むくらいだ」


 要するに自分たちの世界で完結してるってことなのか。

 まあ、ディーが嫌じゃないんだったら、私もルルもちょっと行ってみたくはある。

 酷い扱いを受けるようなら早々に立ち去ればいいや……


***


 結局、二週間程度、王都に滞在を続けることになった。

 ルルのお父さんには悪いなあと思ったけど、私とディーが宿泊費を払うのをルルが許すわけでもないので甘えた。(一度、ルルに聞いたらダメって言われたし)


 エリカからの呼び出しは数回あって、最初は大雑把な質問だったけど、二回目以降は細かな質問が多かった。

 車線で進行方向を限定する意味とか、一定距離ごとに休憩スペースを設ける意味とか、などなど。

 ただ、結局、幹線道路を作るかどうかは未定らしい。数年、十数年の国家事業になるし、その費用も莫大だし、そもそも荒野が元に戻っていってるのかの確認も必要だし。


 それ以外の日は、三人で行動だけど、雨の日は王城にある第二書庫で読書。

 魔法に関しては新しいことは特に無し。ロゼお姉様の書庫のヤバさを改めて実感する。

 ここには歴史書や神学関連が多くて、主にそっちを読んだ。

 ベルグ王国全体で主に信仰されている月白げっぱく神、ソフィアさんが転生時に会ったという翡翠ひすい神といった彩神様さいしんさまの話とか。


 天気の良い日はだいたい街歩き。

 遺跡の件の報酬も大きかったし、宿代もかかってないので、あちこちを観光。

 たまに『白銀の短剣』でサーラさんとお喋りしたり、クラリティさんの工房へ行って複合弓コンパウンドボウのアドバイスをしたりとか。

 ディーがソフィアさんに精霊魔法を教えに行っている時はルルと二人なんだけど、「ミシャとデート!」とかはしゃいでた。クロスケもいるんだけど?


 街中の話題は今は皇太子様とエリカの婚約の話で持ちきりだ。

 その前にルシウスの塔を踏破した件も、おめでたい話の前では霞んでしまうのか。時たま、ルルを見て気付くような人もいるが、騒ぎになるようなことはない。

 そんなゆったりした日を送っていた。


***


「こちらで少々お待ちください」


 ルル、ディー、私とクロスケは久しぶりに揃ってエリカの屋敷に呼ばれていた。

 おそらく、私の言い出した幹線道路の計画についてサポート終了ってことなんだと思う。


「おう、待たせたな!」


 エリカのいつもの気安い声がかかり、そちらを向くと……

 私たちは慌てて席を立ち、その場に跪く。


「ええっと、気にしないでください。初対面でもないんですよ」


 エリカの婚約者、つまりは皇太子様がエリカの隣で苦笑いしている。

 私たちは顔を見合わせてゆっくりと立ち上がり、二人が席につくのを待ってから、自分たちも着席した。


「改めて紹介するぜ。あたしの旦那になるマルスだ」


「エリカ、その口調でいいの?」


 私が思わず聞いてしまうが、エリカはそれを豪快に笑い飛ばす。

 それを楽しそうに見ていたマルス皇太子様は私たちに向き直りこう告げた。


「お三方も堅苦しいのは不要ですよ。エリカの親友ですし、師匠……クラリティ師匠のところで会いましたよね」


 え? は? クラリティさんのところで?

 ルルと二人で顔を見合わせていると、ディーが青ざめた顔で呟く。


「その、クラリティ殿のところで弓を……」


 あー!! 見たことあるなーって思ってたら、あの時いた弟子の人か!

 ディーが満足できない弓……って言ったのはクラリティさんなんだけど、青ざめてるのはそのせいだよね。


「はい。ですので、あの時のように接してもらった方が嬉しいですね」


 ニッコリ微笑む美少年。

 隣のエリカがニヤニヤしていて、もう完全にやられたなって。


「はー、わかりました。それで、エリカは私たちのこと、どこまで話したの?」


「そりゃ、全部話したぞ。あたしは旦那に隠し事したくないからな!」


 えーっと、隣の皇太子様が照れてらっしゃいますので、糖分控えめでお願いします。

 まあ、複合弓コンパウンドボウのことだって完全にバレてる訳だし、そうなると私が迷い人なのもお察しだ。


「まあ、いいけどね」


「大丈夫ですよ。僕があそこで弟子の真似事してることも内緒なのでおあいこということで」


 そういうことなら致し方なしかな。

 それに幹線道路の件だって、国家事業になるんであれば、皇太子様が知っていないとダメな話だろうし。


「エリカが今日呼んでくれたのはそれだけ?」


「それだけじゃねーよ、ルル。あの荒野の扱いについて決まったし、お前らにもちゃんと教えておくのが筋だと思ったからな」


「思ったよりも揉めずに済みました」


 皇太子様がニッコリ笑って説明をしてくれた。

 現状で荒野となってる部分はいったん全て国の直轄領扱いだそうで。

 今、王都の南側にあふれている住人たちは、そのまま南西側に入植し、国からの復興作業に携わらせるとのことだ。

 きっちりとした区画整理(私が提案したことだけど)をして、幹線道路を敷く部分を残し、家屋や畑を作っていくことになる。

 私が伝えていた魔物、サンドリサードやブラッドスコーピオンについては、王国軍の訓練の一環として駆除させるそうだ。


「意外ですね。レスタ領はソフィアさんが無理をしないのを知ってますが、他の領主たちは荒野に食われた土地は所有権を主張するかと思ってたのに」


「見栄の問題ですよ。カピューレ遺跡にあった原因を取り除き、それにお金を出したのはレスタ領です。そのレスタ領が今の領地のままで良いと言った以上……」


「めんどくさいなあ」


 ルルがそんなことを言うが、君だって領主の孫娘だからね?

 ノティアは直轄領以外とは接してないし、東は果てなく森が続いてるから、かなり例外的な土地ではあるけど。


「そうだ。報告書は届いてると思うんですが、カピューレの遺跡には自律防衛機能があって、ロックゴーレムが付近を警戒しているので気をつけてください」


「うん、大丈夫。将来的には遺跡周辺は立ち入り禁止にしようかと思ってるんだ。エリカから黒神教徒の話も聞いてるしね」


 それを聞いて一安心。

 あそこのロックゴーレムは増え続けているはずだし、扉には私が施錠したので、開けられる可能性があったとしてロゼお姉様ぐらいだろう。

 ただ、遺跡が正常に戻ったことは、入植が始まれば国外にも伝わると思う。

 それが黒神教徒に伝わったとして、どういう出方をしてくるか……


「あんま考えても仕方ねーぞ。それにもうすぐ国を出るんだろ?」


 こういうエリカの察しの良さには本当に驚かされる。


「うん、そろそろリュケリオンに向かおうと思ってるけど」


「それなんですが、できれば僕たちの結婚式まで待ってもらえませんか?」


 あ、そっか、もう来月、あと二週間後ぐらいなんだっけ。

 うーん、悩むなあ、とルルの方を見る。


「ボクは結婚式参加したい! それからで良いよね?」


「ああ、私も祝福したいな」


「じゃ、そういうことで」


 そう答えると二人は嬉しそうに微笑み合い、その場でシェリーさんが招待状を用意してくれる。

 っていうか、用意してあったんだろうな、これ。


「三人とも一番良い席に呼ぶから、ちゃんとドレスとか用意しろよ?」


「え、マジで……」


 まあ、新婦の親友だもんなあ。

 ルルは伯爵家令嬢だから当然として、私はナーシャさんの弟子、ディーはクラリティさんの弟子ぐらいのポジションということで問題ないらしい。


「クゥン?」


「う、クロスケはごめんね。お留守番かな」


「ミシャ。クロスケをウィナーウルフとして出席させてーんだが、ダメか?」


 エリカの目が真剣なので冗談じゃないんだろう。皇太子様もそれに頷いている。

 そういえば、皇太子様には見せてなかったし、ここはちゃんと見せておくべきかな?

 私がクロスケの《毛色変化》を解くと、そのかっこいい金毛があらわになり、心なしか顔つきも男前になる。


「僕、初めて見ました。威厳がありますね……」


「カッコいいよね!」


「神々しい……」


 驚く皇太子、はしゃぐルル、陶酔した目になるディー……はちょっとヤバい人みたいなのでやめよ?


「常に私の側にいるっていう条件ならいいかな? 賢い子だし粗相はしないと思うけど……」


「ああ、頼む。あたしでもさ……その、縁起を担ぎたいって思うこともあんだよ……」


 赤くなって頬をかくというエリカの超珍しいデレが発動してほっこりする。

 確かに勝利を呼ぶ狼が見守る中で結婚するなんて素敵だよね。


***


「うーん、ボク、やっぱりこういう服は好きじゃないなー」


 ルルのドレスは晩餐会の時に着ていた明るいオレンジ。

 ショートヘアにとても合っている。


「私もこういう服は着たことがないので辛い……」


 ディーのドレスは明るいライムグリーン。

 時間がないので既製品だが、残念な顔さえしなければ、エルフのお姫様だ。残念な顔さえしなければ。


「なんだか、それぞれの魔素の色と同じになったね」


 私のドレスはスカイブルーで、ディーと同じ既製品だ。

 まあ、主役がエリカだし、ルルの引き立て役ということで、地味目で良いんじゃないかなと。


「ねえ、ミシャ。髪戻してみて?」


「ん、うーん、良いけど、当日はやらないよ?」


 私はそう言って地味化を解いた。


「「おお!」」


 二人がなんだか盛り上がってるみたいだが、自分ではイマイチなのですぐに戻す。途端に落胆の声が聞こえるが無視しておこう。

 そんなことよりも……


「クロスケ、お座りしてー」


「ワフッ」


 素直なクロスケの毛色変化を解き、カッコよくなったところで、銀糸で刺繍されたケープを巻くと……


「「「カッコいい!」」」


 一番似合ってたのはクロスケでした。

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