アフターサポート

第54話 完了報告と改善提案

 久しぶりの地上……という感覚はあまり無かったが、空は雲一つない快晴で気分スッキリ。

 地下入口にあった扉はきっちりと閉めて、魔法で施錠しておいた。

 物理で壊せば通れてしまうが、今のところは想定しても仕方ない事として諦める。


「ミシャ、地面に水溜りできてるよ!」


 ルルが嬉しそうに指差す先には、昨日の夜降ったと思われる雨水が水溜りを作っていた。

 ダンジョンが通常モードで動作し始め、周囲から余分な水分を吸わなくなったからだろう。


「良かったです……」


 感無量といった表情のソフィアさんを見て、ディーがえぐえぐと泣き始めてしまう。

 整った顔が涙と鼻水に塗れる相変わらずの残念さだが、今日はまあ良いかな……


 北へ向かって歩を進めると、ロックゴーレムたちがうろうろと警ら中だった。

 彼らの敵味方の認識判定は昨日書き換えたが、それはこれから生成されるゴーレムにも適用される。

 神樹のフロアで一泊した時にダンジョンコアが持ってた魔法を全部ダウンロード……取得したんだけど、特に目新しい魔法は無し。

 逆に私たちを味方と認識するよう『白銀の盾』グループかどうかの判定術式を提供し、今後のゴーレムに組み込んでもらうことになっている。

 なお、グループが『白銀の盾』になってるけど、エリカやシェリーさん、サーラさん、ソフィアさんといった人も入ってて……そのうちリネームしようと思う。


 そういえば時間があったので、ソフィアさんにいろいろと聞いた。迷い人先輩のこれまでの人生について。


 ………

 ……

 …


「え? じゃあ、私がダンジョンコアと話してた言葉って全くわかってなかったの?」


「はい、なんだかボソボソと聞こえていただけでした」


 ソフィアさんは日本語がもう聞き取れないし、全く読めないらしい。

 私が魔素手帳に記している日本語も全然読めなかった。


「じゃ、物心ついた頃に初めて転生したってわかるんだ」


「はい、その時点で既に高校生だった自分の記憶は全て取り戻します。でも、知識としてあるだけで、うまく取り出せない感じでしょうか。その後に言葉を覚えると取り出せるようになる感じです」


 わかるようなわからないような……

 数字の概念を教育されるとあっという間に掛け算やら連立方程式やらを思い出すらしい。

 ソフィアさんはもともと文系だったそうで、語学や歴史なんかも不得手ではなかったが、やっぱり算術はずば抜けた成績で学園を卒業したとのこと。

 エリカだかシェリーさんが言ってた、迷い人だとバレやすいのも納得はできる。

 私みたいな理系だったら、それこそ歴史とか壊滅的だっただろうし……


「あれ? 『インターン』ってどうやって?」


「えーっと、私の記憶に残っている兄の言葉をできるだけ音にしてみました」


 な、謎過ぎる……

 あー、でも、私の超翻訳が動作してるとそれも解決してしまうのかも?

 そうだ!


「今から、インターンって知ってる? ってダンジョンコアに聞いてみるので、それ聞き取れるか試してみてくれる?」


「なるほど、わかりました」


 うんうん、理解が早くて助かります。

 私は改めて『日本語』を意識してダンジョンコアに問いかける。


『インターンって知ってる?』


『回答します。知識データベースより。正式名称はインターンシップ。特定の職の経験を積むための就労体験のこと。またその制度のこと』


 ダンジョンコアに知識データベースなんてあるんだ……それはともかく。


「すいません。全くわかりませんでした」


「なるほど……。あ、だとすると召喚されて『転移』で来た迷い人は日本語話せるのかな?」


「わかりません。私もミシャさんが初めて会った迷い人なので……」


 そりゃそうだよね。ロゼお姉様は数年に一人って言ってたけど、この世界全体でって考えると、百万分の一以下? もっとかも?


「私も積極的にバラすつもりはないから、ソフィアさんも内緒でお願いね」


「はい、それはもちろん。私もここにいる皆さん以外は知らないので」


「え、そうなの?」


「はい。召喚されたわけではなく、両親から生まれた私には証明する手段もないですし」


 よく考えなくてもそうだよね。というか、育てた子がいきなり「私は迷い人」とか言い出したら、正気を疑うよね……


「ミシャ様は迷い人を探しておられるんですか?」


「ん? 違うよ。単にダンジョンコアと話せる人が他にいると困ったことになりそうだなって」


「……ダンジョンを悪用されるから、ですか?」


「うーん、まあそうかな。悪いことが起きても困るだけだしね」


 それでも自分が関係ない、知らないところで起きてる悪いことに首を突っ込むつもりはない。

 私は前世は過労死だったから、こっちでは気楽にやりたいなって思ってるだけで、そこに高尚な何かがあったりはしないし。

 今後もルルとディーとクロスケと旅ができればそれでいいかな。


 ………

 ……

 …


 ぬかるんだ土の上を歩くのは普段なら嫌な感じだけど、今日はそれも楽しい。

 まだ、サンドリザードにもブラッドスコーピオンにも遭遇してないし。

 遺跡に向かう時に狩ったからっていうのもあるんだろうけど、雨が降ったことにも関係してるのかは気になるところ。


「ワフッ!」


「土手が見えてきたよ!」


 地平線までの距離がおおよそ五キロだったから、あと一時間ぐらいかな。

 こっちに来て若返ったのもあるけど、最近は歩くの苦痛じゃない感じ。

 なんでだろ……


***


 一週間後、私たちはエリカ……皇太子妃の屋敷へと向かう馬車の中にいた。


 遺跡の調査と原因解決を終え、王都に戻ってきてまず依頼達成報酬を受け取った。

 今回の依頼は覇権ギルドで塩漬けになっていたものを、サーラさんが引き受けたことになっている。

 一瞬、『孫受け? 中抜き?』と思わずにいられなかったが、割と普通にあることらしい。

 ここで実動が私たちだけなら、サーラさんは仲介手数料を取る中抜きになるが、今回はサーラさんも実動部隊の一員だし、手数料も取らなかった。

 金貨五十枚を、マルリーさん、サーラさん、ルル、ディー、私で五等分、金貨十枚ずつ。

 一人あたり百万円と考えると……儲かりすぎな気がするんだよね。まあ、遠慮せずもらうけど。


 さっそくエリカに報告かなと思ったんだけど、彼女も色々と用事があるようで数日後ということになった。婚約したばかりだし準備とかあるんだと思う。

 で、マルリーさんはさっさと帰ってしまった。


「ノティアの『白銀の盾』ギルドを放っておくわけにもいかないのでー。あとは任せますよー」


 気楽なもんだなあ、と。

 まあ、ノティアの領主様=ルルのお爺ちゃんに報告する必要もあるんだろう。


「クックック、我も皇太子妃との会合は辞退させてもらうぞ。真に巡り逢う運命の日ではないのでな」


 サーラさんもエリカとの会合は辞退。単にめんどくさいんだと思う。


「あの……魔石は私の物で本当にいいんでしょうか?」


「いいよ!」


「ルルが言うんだからそれでいいんだよ。それにエリカに見せたら取り上げられるかもしれないんだしね」


 そう笑って言うとソフィアさんも納得してくれた。

 白金貨十五枚はかたい魔石だけど、皆で相談してこれからの緑地再生に使ってもらうべきだろうということで。

 どっちかというと、急激に環境が変わることになる荒野がどうなるのか気になるし、今までいた魔物がどうなるのか心配。

 ソフィアさんのレスタ領には、あの魔物の侵入を防ぐ土手もあるから大丈夫だとは思うが、他が心配なんだよね。

 まあ、それを話すためにエリカのところに行くんだけどね。


***


「こちらで少々お待ちくださいませ」


 そう言ってシェリーさんが退室する。

 いつもエリカたちとお茶していたリビングだが、今日はソフィアさんの分の椅子が増えた。

 そのソフィアさんは緊張気味だ。晩餐会みたいなちょっと挨拶をして終わりって場所でもないし、これから重要な報告になるからね。


「おう、待たせたな!」


 扉が開いてエリカが現れると、ソフィアさんは慌てて席を立った。一方で私たちは座ったままだ。


「おう、ソフィアだな。今回のことは悪かったな。で、まあ、ルルたちと帰ってきたってことは上手くいったのか?」


 シェリーさんが椅子を引き、エリカはそこにどかりと腰を下ろした。おっさんか。

 ソフィアさんもそれにあわせて座り直す。


「無事解決したよ!」


「おっし、じゃ、詳しく聞かせてくれ。シェリー、記録しとけよ」


「かしこまりました」


 ソフィアさんから概要を、戦闘についてはルル、ダンジョンコアのことは私が。

 それぞれ順に話し始めた。


 ………

 ……

 …


「はあ……まあ、ミシャだからしゃーねーか」


「だよねー」


「それにしても、その害虫を放った黒衣の者が気になりますね」


 エリカとルルは放置。シェリーさんの言葉に私はカピューレの遺跡ダンジョンからもらった映像を再生する。

 ダンジョンコアが使った映像再生魔法だが、映像データの作り方がまだわからないままだ。けど、ダンジョンコアからもらったデータなら再生できる。きっと特殊なエンコなんだと思うけど。


《起動》《再生:T0027_0132》


「おお!」


 宙に映し出される映像に見入るエリカとシェリーさんだが、黒衣の者を見て顔をしかめた。ひょっとして心あたりが?


「黒神教徒だと思われます」


「何それ?」


「だろうな。まあ、ルルたちが知らないのは当然だな。二百年ほど前に壊滅させたって話だしな」


 それに補足してシェリーさんが説明してくれた。

 彩神教の敵。暗黒神のみを崇める一神教らしいが、世に混沌をもたらす系らしい。

 なんだそれって感じだけど、文化を否定して本能を肯定するような連中だそうで。

 そういえば前世でも世界遺産の石像を壊すような連中いたなーと。


「今は気をつけなくても大丈夫なのか?」


「はい。ベルグ王国では禁忌となっていますし、地下組織などの報告もありません」


 ディーの懸念にシェリーさんが答える。

 まあ、国からしたらそんな連中はテロリストみたいなもんだよね。


「黒神教徒については念のために再調査しとけ。王都以外にも伝えとけよ」


「わかりました」


 いったん休憩ということになり、シェリーさんがお茶やお茶菓子を持ってきてくれる。

 ソフィアさんもやっとエリカに慣れてきたようで、口調はかたいが緊張することなく話せているようだ。


「でだ。問題は荒野が元に戻ったらどうなるんだってことだよな?」


「それなんだよね。あそこって所属的にはどうなってるの?」


「荒野になる前までにあったカピューレ村所属のままかと……」


 シェリーさん、しっかり調べてくれていたようで助かります。

 まあ、想像していた通りかな、それなら、


「じゃあ、普通に直轄地扱いで良さそうね」


 ところがエリカもシェリーさんも黙ってしまう。

 ん? 何か問題でも?


「カピューレの村があった当時はベルグ王国所属ではなかったので……」


「そもそも領堺とか適当な時代だっただろうしな。今の時点でハッキリしてんのは、ソフィアのレスタ領がその土手まで、荒野は誰も住んでねえから誰の物でもねえってぐらいだな」


 あー、所有者がいない土地ってものがあるんだ……っていうか厳密な土地所有の概念、登記簿のようなものは無いっぽいんだろうね。


「エリカ様、これ以上は国王様に……」


「ああ、そうだな。領地配分が変わるかもしれねえ」


「エリカ、ソフィアさんとこ、ちゃんと守ってあげてね?」


「おう、そりゃ当然だ。あの荒野に住めるって話になりゃ、王都の外にいる連中にも仕事ができるだろうしな。心配すんな」


「そ、そんな。ルル様たちの助力がなければ……」


 遠慮するソフィアさんだが、エリカはそういうところはしっかりしてるしね。悪いようにならないとは思う。


「そういえばさ。今ってあの荒野って王都の南西まで続いてるでしょ。幹線道路とか作るといいんじゃないの?」


「は?」


「ミシャ様、かんせん道路とは? 道ですよね?」


 あー、幹線道路の概念がないのか。ソフィアさんはわかってる感じ?

 私は思いつきをざっくりと説明する。


 王都の南西から真っ直ぐ西に向かい、カピューレの遺跡の手前で右折、レスタ領などを北上しゲーティアへと抜ける。

 そういう幅広な道を作れば物流が良くなるんじゃないかという話。王都北西からゲーティアに抜ける道が意外と整ってなかったんだよね。


「ゲーティアに向かって北西に行くよりも距離があると思うのですが」


「確かに真っ直ぐで比べるとね。でも、高低差が少ない直線道路は速度も出せるし、道が広ければ混雑も起きないので、かかる時間は変わらなくなるよ?」


 私が机の上のコップを王都やゲーティア、カピューレの遺跡に例え、その道を指で描いてみると、皆が「なるほど……」と唸っている。


「ミシャ、お前、これを叔父貴に説明……」


「ごめん、それは無理!」


 国王様に直接は無理!

 二人が説明できるよう、しっかりした図を書くことで許してもらいました……

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