第53話 不具合修正済みを確認します
大樹がある部屋の奥には祭壇の間という感じの出っ張りがあり、三段ほどの階段で繋がっていた。
ノティアのダンジョンだと、見えない壁があって隠されてたけど、ここは奥にあるダンジョンコアまで見えているので、ちょっと不用心な気がする。
一応、魔素を流してみたが、特に障壁や転送陣はないみたいだ。と、なると、普通にダンジョンコアに声をかけてみるしかないかな。
『えーっと、ログインできる?』
『報告します。管理者権限によるアクセスを確認。言語コードjaを認識。パスワードを入力してください』
うん、日本語に聞こえる。
さて、またこれが通るかが不安なんだけど……
『パスワード』
『報告します。入力を確認。認証成功しました』
また通った……。やっぱり、この世界のダンジョンって全部初期パスワードままっぽい。
『えーっと、ログインする必要は?』
『回答します。パスワード認証に成功した時点でログイン状態となります』
『つまり、あなたに声が届く範囲ならどこでもログイン・ログアウトが可能?』
『回答します。その通りです。また、地上に出た時点で自動的にログアウトとなります』
よしよし、じゃ、このフロアにいる分には会話できると。
『まずはパスワードの変更を』
『了解しました。まず現在のパスワードを入力してください』
おなじみの手順でパスワードを変更。とりあえずこれで私以外は入れなくなったはず。
『ここはどういうダンジョンなの?』
『回答します。私は神樹育成ダンジョン施設。管理番号T0027です』
なんだか今までのダンジョンよりも随分と管理番号が若い気がする。古いってことなのかな。
それと神樹って……まさか、というかこの樹が神樹だよねえ。
『えーっと、神樹育成用ダンジョンって?』
『回答します。周辺地域の植生を正常化する恵みの神樹を育成するために設置されたダンジョン施設です』
『このフロアにあるあの樹が恵みの神樹なの? それに周辺が荒野になっちゃってるんだけど?』
『回答します。このフロアにある樹となります。また地上周辺部の状態については把握しておりますが、神樹の生命を維持するためやむをえない事態であったための非常時対応となります』
『非常時対応ってのは周りから魔素を吸って、神樹の保護育成にあててたってことかな?』
『回答します。その通りです』
『じゃ、神樹を元気な状態に戻せば、地上も元に戻る?』
『回答します。非常時対応モードから通常モードへの移行を命令していただければ実行します』
なるほどなるほど。
じゃ、やっぱりディーとソフィアさんには神樹を治してもらった方が良いかな。
「ざっくりと説明しますね……」
ここがこの樹を育てるためのダンジョンで、あの害虫のせいで樹が枯れてしまわないように、周りから魔素を奪ってたことを説明する。
ルル、ディー、マルリーさんが納得の表情でうんうんと頷いているなか、サーラさんとソフィアさんは、
「えーっと、ミシャちゃん、私もうどこから突っ込んで良いのか……」
「ミシャ様、実は女神様の御使いなのでは?」
とか言い始めたのでスルーする。
で、この樹を治してあげれば、荒野になってるのも解決するだろうと。
ただまあ、自然が回復するのなんて本当に「運を天に任せる」みたいになるから、植樹したりとか地味な活動が必要だろうとは伝えておく。この辺はソフィアさんもわかると思うし。
「治しましょう!」
「うむ、賛成だ。早速、準備に取り掛かろう」
「じゃ、それはお任せで。私はもう少し聞きたいことがあるから、ダンジョンコアと話しながら見てるよ。準備が終わったら呼んでね」
森ガールな二人に任せて、私は気になってる点をいくつか質問しておくことに。
えーっと、結構いろいろあるんだけど……
『あの害虫っていつどうやって住み着いたの?』
『回答します。およそ三百二十七年前に来訪者によって放たれました』
『……その人の映像って残ってる?』
『回答します。記録映像を再生します』
理解できない会話に興味津々なルル、マルリーさん、サーラさんにも見てもらえるよう、私はダンジョンコアにモニター位置を指定すると、そこには黒衣に身を固めた人物が手のひらぐらいの大きさのそれを樹に集らせている様子が映し出された。
「人為的災害だったわけですねー。この格好ではどういう人だか全くわかりませんがー、これって三百年以上前なんですよねー?」
「です。それからずっと樹を食って大きくなってたってことですね」
「あたし、もう驚かないけどさ。こいつが犯人だとしたら、治してもちゃんと警備態勢を整えないとまずいんじゃないの? 単独犯でこんな意味不明なことしないでしょ」
激しく同意って感じかな。みんなも頷いてるし。
この樹の存在を知ってて、それを害そうとしてくる者たちか……
『ここの防衛設備って地上にいるロックゴーレムとあの扉だけ?』
『回答します。その通りです。地上配備されているロックゴーレムは魔素不足のため数が足りておりません。また扉は以前は開閉に魔法錠がありませんでしたが、後の来訪者により施錠されました』
『……後の来訪者の映像ある?』
『回答します。記録映像を再生します』
いやもうロゼお姉様だって絶対にわかってるんだけど一応。
さっきと同じ位置で再生され始めた動画は、ロゼお姉様が扉を開けて降りてきて、あの害虫を見てビビって逃げ、扉を閉めて施錠するところまでで止まった。
「ロゼ様ってー、虫が苦手なんですかねー」
「そんな感じに見えたけどさ、そもそもアレを一人で倒せるとか無理でしょ。あたしらだって、相談に行った時にアレを倒せたかっていうと……」
年長者二人の意見にルルもうんうんと頷いているし、私だってアレをソロ討伐とかは絶対に嫌だ。
どうしてもって言われたらバル◎ンみたいな奴を作ると思う、多分。
「今回はミシャがいたからね!」
「こらこら。マルリーさんの
ちょうど良くブラッドスコーピオンの毒針が手に入ってたのは本当にラッキーだったと思う。
サソリの毒って殺虫剤になるとか見た記憶あったし。
「じゃ、あとはゴーレムを増やした方が良いよね?」
「そうだね。あのロックゴーレム弱かったし数がないとちょっとね。まあ、樹が元気になれば、警備にも手が回るようになると思うよ」
私はそう言ってダンジョンコアに振り向いて確認を取る。
通常モードに戻れば、日々一体を生産可能だとのこと。防衛力不足はちゃんと認識しているらしい。
あと、天井がどうなっているのかとか聞いてみたが、もともとそういう物だという話だった。
ソフトウェアによるものではなくて、ハードウェアなんだと思う。
『神樹が成長して背が高くなるとどうするの? そのうち天井に当たっちゃうと思うんだけど』
『回答します。神樹は一定の高さになると地表に転送され、次の神樹の育成が開始されます』
えーっと、何百年かのスパンで神樹を育てては地表に植林してる? ってことなのか。
設置した人? 神? としては、緑を復活させたいってことでいいんだよね、これ……
「ミシャ、始めるぞ!」
ディーからそう声がかかり、私たちはダンジョンコアとの会話をいったん中断して、樹の方へ意識を向けた。
***
神樹のあちこち齧られていた樹皮が徐々に再生していく様は、自分の魔法に比べても格段にすごい気がする。
折れてしまっている枝先にも新芽が生え始めるのは奇跡と言っても良いんじゃないのかなあ。
「これってやっぱりソフィアさんが加護を貰ってるからかな」
「ボクも同じこと考えてた」
神樹が全ての傷を癒した後も、ソフィアさんはまだその幹に手を添えたままだ。
ちょっと不安になるが、声をかけて良いものかわからない。
まあ、ディーが止めないから大丈夫なんだろうけど。
「終わりました。これで神樹様も大丈夫だと思います」
そっと手を離したソフィアさんがこちらを向いて微笑む。
うん、この子の方が絶対に女神様の御使いだから。実際に会ってるわけだし!
「じゃ、ダンジョンの状態を変更してもらうね」
『神樹は治ったよ。一応、確認してもらって、大丈夫なら通常モードに移行してもらえる?』
『回答します。神樹の生態状況を確認……優良状態と判定。通常モードに移行……移行完了しました』
特に変わった感じはしないけど、そう言うのならそうなんだと思う。
外に出て確認してみれば良いのかな。適当に水とかまいたりして。
「ねー、ミシャ、あの虫の死骸が残ったままなの気持ち悪いんだけど」
「ホントだ。あれってダンジョンに回収してもらえるのかな。ちょっと聞いてみるよ」
『あの害虫の死骸を回収って可能?』
『回答します。可能です。直ちに回収しますか?』
『うん、お願い』
そう答えた次の瞬間には死骸が地面に溶けるように消えていった。怖い。
これだけオーバーテクノロジーなのに、なぜ虫一匹殺せなかったのか。
まあ、生きてるものを殺せない仕組みが備わってるんだろうけど……
「アレが消えただけでなんか部屋が綺麗になった気がしますねー」
「だねえ。まあ、なんだかとんでもないこと続きだったけど、一件落着って感じだね」
二人はどっこらしょって感じで神樹の根本に座る。
それを見て気が抜けたのかソフィアさんも座り、私もなんとなく座ってしまった。
「ワフ?」
「大丈夫だよ、クロスケ。ありがとね」
頭を撫でて上げると目を細めるクロスケに癒されていると、ルルとディーはまだ元気が余っているのか、
「ちょっと見てきてもいい?」
「本当に大丈夫になったか確認したいと思うんだが」
と確認を申し出てくれた。私も皆も否やはないので当然オーケーする。
「クロスケも行っといで」
「ワフッ!」
楽しそうに歩いていく三人を見送り、そういえばもう一つ気になってたことをダンジョンコアに問いかける。
『ねえ、あの扉って開け閉めはここからできないの?』
『回答します。扉の開閉はできません』
できないのか……
ノティアの時も開閉ギミック自体はロッソさんの匠の技だったもんなあ。それをロゼお姉様が自動にした感じだけど。
「ミシャさんー、お茶入れてくださいー」
「あ、はいはい」
マルリーさんがコップを用意し始めたので、私はいつも通り魔素膜を使った圧力抽出でお茶を入れる。
ちょうどその時、腕時計が昼の三の鐘を知らせてくれた。思ったよりも時間経ってたなあ。
「昼の三の鐘ですかー。無理して帰るよりも一泊ですかねー」
「ちょっと待って。マルリー、それ何?」
「ミシャさんが作ってくれた時がわかる魔導具ですよー。良いでしょー」
マルリーさんとサーラさんがあーだこーだ言い合っているが、もう説明するのも面倒くさくなってる私は無視してお茶をいただくことにする。
「あれって腕時計ですよね?」
「そうそう、やっぱり不便でねー。魔法で作っちゃった」
小声で聞いてくるソフィアさん。日本人の時間感覚を知ってるからか興味津々だ。
結局、依頼が終わってから二人にも作ってあげるってことで話を落ち着かせると、ちょうどルルたちが戻ってくる。
「ただいま! 外、雨が降ってた! ちゃんと土は濡れたままだったよ!」
「良かったです」
ソフィアさんが心底安心したような笑顔になる。
一応、これで原因調査と解決ってことになるのかな。
「外は雨なんですしー、今日はここで一泊ですよねー」
「あたしも賛成。久しぶりに真面目に仕事したら疲れたー」
まあ、私も賛成かな。今から濡れながら帰るのはちょっと辛い。
一泊できる備えは持ってきてたし、特に不都合はないんだけど……
『あの扉を閉めても、ここの空調って大丈夫だよね?』
『回答します。このフロアには階段の通路以外に、風路・水路で循環させているので居住に問題はありません』
よしよし、本格的に住むつもりはないけど一泊して問題なしと。
「ミシャ、どうしたの?」
「あ、うん、一泊するなら扉の施錠しとくべきかなってね」
「じゃ、行こ!」
ルルが私の手を取って引っ張るので、慌ててコップをディーに渡した。
立ち上がった足元ではクロスケがはしゃいでいて、早く行こうと急かしている。
「はいはい、わかったから」
この設備で使われてる魔法とか、ダンジョンコアに聞きたい事がたくさんあるけど、今日一泊するなら後でいいかな。
振り返って神樹を見上げると、害虫がいた時が嘘のような若々しさが感じられて、良いことしたなって少し誇らしく思ったり……
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