第52話 基幹部分に大バグあり
光の精霊に照らされた階段を降り続けること数分。ようやっと底と思われるところについた。
踊り場っぽい広さしかなく、中央に大人三人が並んで歩けるぐらいの通路が続いている。
「うーん、通路の先に光が見えてるね」
サーラさんがマルリーさんの横から通路を覗き込んで報告してくれる。
とりあえず行き止まりではなさそうだけど、なかなか気が抜けない感じ。
「じゃ、行きましょうかー。サーラは私に並んでトラップの心配をー」
「了解さー」
先頭二人が急にバックステップしても大丈夫なように、少し距離を取って進む。
この遺跡地下もダンジョンなんだろうなと思うんだけど、上部が崩壊してたからダンジョンコアが正常に動作しているのかはちょっと不安だ……
進むにつれて出口から漏れる光がはっきりとし始め、その先が何となく見え始めた。
今のところはアンデッドに出会った時のような不快感は感じない。
「何だか水の匂いがするね……」
「荒野の真ん中に水ですかー」
うーん、周りの水を全部吸ってるとかなのかな?
だとすると、ダンジョンの設定がおかしいとかそういうパターン?
「ん、ちょっと見てくるから待ってて」
「気をつけてくださいねー」
スルスルと無音で進んでいったサーラさんが入り口付近で様子を伺う。
覗き込んだ顔をぐるーっと……ん?
「やばいやばいやばいって!」
「うわぁ!」
えっ、ついさっきまで向こうにいたと思ったんだけど?
「ねえねえ、何がやばいの?」
「でかい樹にでかい虫が……」
サーラさん、鳥肌になってる。虫が苦手なんだろうか。
それにしても、大きい樹と虫ねえ。
「ミシャさん、どうします?」
「うーん、みんなでちらっと見てから作戦を考えましょうか」
皆が頷いてそろそろと歩く。あ、中が見えてきた。
これって……中庭? なんかこういう感じを見た記憶があるような……学校?
「じゃ、私からー」
マルリーさんが覗き込んで帰ってくると、いつもの顔っぽいけど表情が固まっているような。
続いてルルが私の手を引く。しょうがないなあもう……
さてさて、どんな虫なのやら。
「どれどれ」
うーん、まんま中庭って感じかな。
結構広く、部屋の中心が花壇っぽい感じになってて、その中央には何の樹だろう。なんか樹のあちこちが傷ついてるっぽいのが気になる。
目線を上に持っていくと……
うわぁ……虫ってこれか……
隣を見るとルルがワクテカ顔をしている。うん、平気なタイプで良かった。
ルルを連れて戻り、続いてディーとソフィアさん、クロスケを送り出す。
クロスケは心配いらないと思うけど、ディーとソフィアさんが大声出さないか心配だ。
あ、虫に気づいたっぽい。
おお、堪えた堪えた。
「何なんだあれは……」
戻ってきたディーがくずおれた。気持ちはわかる。
で、一方のソフィアさんは深刻な顔をしていた。
そういえば、植物が好きだとか行ってたし、見たことあるのかな?
「ねえ、ソフィアさん。あれってカミキリムシだったと思うんだけど?」
「はい、カミキリムシですね。あれって樹皮を食べたりする害虫なんですよ」
「それで樹がボロボロだったんですねー」
「それなら駆除すべきだろう」
まあ、あのまま放置はちょっと良くない気がするし、そもそも気持ち悪い。
となると、
「で、どうやってアレ倒すの? 今となると扉に封をしてた理由もわかるんだけど」
「そうですねー。あそこまで大きい虫なんて初めて見ましたし」
サーラさんもマルリーさんも作戦の話に移る。
あのカミキリムシのサイズおかしかったもんね。自動車? いや、遠目だったし、ダンプカーぐらいあるかもしれない。
「こういう時は、ミシャに考えてもらうのが一番!」
「うむ、ミシャに任せよう」
君たち、もう少し自分で考える癖をつけようね……
***
「じゃ、行くよ。みんな落ち着いて」
隊列は変わらず一斉に踏み込む。
索敵に反応したのは先程見た一体。そいつが……いた!
「ディー!」
その声に反応し、ディーが素早く弓を引き絞り、放つ。
その矢は真っ直ぐに敵に向かい、その眼に当たったのだが、乾いた音をたてて弾かれた。
やっぱり、かなり硬いか。
『キィィィィィ!』
金切り声が上がって奴の羽が広がる。
複眼なので視線ははっきりしないけど、こっちに敵意が向いていることはわかる。
「来ます! マルリーさん!」
耳障りな羽音とともに、その巨体が飛んでくる。
ちょっとこれやばい!?
《起動》《魔法障壁》
慌ててかなり厚めの魔法障壁を張ったが、それをあっさり突き破られ、マルリーさんの大盾に着弾する。
「はあっ!」
鈍い音が響き、カミキリムシが弾き返された。
相変わらず無茶苦茶だな、この人……
「ミシャさん、助かりましたー。今がチャンスですよー」
「「樹の精霊よ!」」
ディーとソフィアさんが二人がかりで精霊魔法を発動すると、墜落したカミキリムシに地面から沸いた太い蔓草が絡む。
「我の出番だな!」
そう言って飛び出したサーラさんが、暴れるカミキリムシの外骨格の隙間に毒針を打ち込んで行く。午前中にブラッドスコーピオンからとった奴だ。
これが効いてくれればかなり楽になるはず……
「終わったよ」
サーラさん、いつの間にかマルリーさんの後ろに戻ってきてる。
「ミシャ、まだダメ?」
「もう少し待って。毒は効いてる感じだけど……」
根に絡まってもがく動きが鈍っている気はするが、やっぱり体の大きさに対しての毒の量が足りてないんだろうか。
念には念を入れておくかな。
「撃ちます」
《起動》《雷撃》
体内の魔素の七割を使った雷撃を落とすと、あたりは閃光と轟音に包まれ、それが終わった後には軽く痙攣する奴だけが残った。
「ルル!」
多分、その声の前にもう駆け出してたと思う。
ルルの新しい
「やったか?」
と、サーラさんが露骨にフラグを立てる。この人だとわざとやってそうで怖い。
流石に頭部がなくなったカミキリムシはピクリとも動かなくなったが、こういう虫は中に寄生虫とかが居そうなので油断は禁物。
「大丈夫だと思うけど、ちょっと様子を見ましょう。ディー、拘束は解かないでね」
「ああ、わかった」
索敵では奴の反応が徐々に消えつつあるのは把握しているが、とにかく安全第一。
あいつの魔素が完全に消えるまで、臨戦態勢でその様子を見守ることにした。
***
カミキリムシだった物の魔素が消えていくのを索敵で感じながら思ったのは、魔物だと思われる物は総じて魔素が濁っている気がする点だった。
ルルの魔素は透き通るオレンジ、ディーとソフィアさんは透き通る緑、マルリーさんとサーラさんは透き通る白。まともな人は濁ってないのかな。私も透き通る青だから濁ってない、うん。
そういえばクロスケも透き通る黄色だった。あの子は賢いし可愛いし濁ってるはずがない。
「ワフ〜」
そのクロスケが私を現実に引き戻し、膝に甘えてくる。すりすりしてくれるたびに自分の魔素が回復しているような気が……いや確実にしてる。私の魔素が底に近いのを知って分けてくれたのかな?
「ありがとね、クロスケ」
クロスケの顔を手で挟んでモフっていると、その濁った反応が潰えた。駆除完了かな。
「もう大丈夫だと思います。でも、気を抜かないように」
その言葉に皆が頷き、警戒しつつ奴の死骸に近づく。
マルリーさんが
「大丈夫そうですねー。サーラー、こういうのの魔石ってどこなんですー?」
「クックック、それはもちろん心の臓……って、まあ胴体のどこかにあると思うから任せて」
サーラさんはそういうと、ハンカチだかスカーフだかをマスクがわりにして、頭部が落ちたところから、奴の死骸を確認し始める。
あまり直視したく無い作業なので、ごめんなさいと思いつつ、私は改めて樹の方に目をやった。
あちこち樹皮が剥がれてて痛々しいが、緑の葉をつけているので枯れてはいないようだ。
そのサイズはかなり大きく、まるでどこかで見た『伝説の樹』に見えなくも無い。
「天井が……」
「うわ、どうなってるのこれ!」
ルルと二人してほぼ真上を見上げると、そこには青空が広がっていて、雲も泳いでいるように見える。
本当に天井が開いているわけでは無いと思うし、これはプロジェクションマッピング的な? でも、ちゃんと日光が降ってきてるような気もするんだよね。
再び樹の方に目をやると、ディーとソフィアさんが近寄り、何か話しているようだ。
樹の治療ができるならやってあげたいと思ってるのかな。もちろん、私もそれには賛成だけど。
「うひょー、これはおっきいね。ミシャちゃん、清浄かけてー」
声が掛かって見た先にはソフトボール大の魔石を抱えたサーラさんがいた。
いや、これオーガロードの時よりも一回り大きいからハンドボール……よりは小さいかな。
《起動》《清浄》
サーラさんは魔石ごと綺麗になったところで、それを私に手渡してくる。
「え? 私に?」
「魔法使える人が持っとく方が良いんじゃないの? うちらの時はディオラが持ってたし」
自分が持つつもりが全くないのか、私が手を添えるとあっさりとそれを手放す。
ってか、このサイズの塊だと重い!
「ルル、ごめん。バックパックに空きがあるなら入れておいてくれる?」
「おっけー!」
ルルは小走りで入り口付近に置いてあったバックパックを持ってきて、それに魔石をしまってくれた。
オーガロードの時は白金貨十二枚だっけ? これだと十五枚ぐらいになりそう……。あ、いやいや、これはソフィアさんに渡した方が良いかな。まあ、後で考えよ。
「樹の方は二人に任せてー、私たちは周りを調べませんかー?」
「そうですね。ぐるっと回ってみましょうか」
「クックック、樹の女神たちの守護は我に任せよ」
「アッハイ。クロスケ、私はもう大丈夫だから、ソフィアさんのことお願い」
「ワフ」
うむ、賢い。
それにしても、サーラさん。クロスケの背中に乗るとピッタリなんじゃなかろうか。狼少年、いや、狼少女かな。もののけのお姫様。
袋を置いて戻ってきたルルを加え、私、ルル、マルリーさんでこの部屋の探索に移る。入ってきた扉を六時として時計回りに。
「ミシャ、水路だよ」
「おおー、って水あるんだよね、ここ。外は荒野なのに……」
九時から三時に真っ直ぐと水路が通っていて、樹の近くで下に潜ってるのかな? 樹に向かって水が緩やかに流れてる。
零時のところ、つまり、入ってきた反対側に出っ張りがあり、そこは祭壇のような感じになっていた。その祭壇の上に鎮座しているのは……ダンジョンコアだよね、どう見ても。
「やったね、ミシャ!」
「やっぱりここもダンジョンだったんですねー」
「まあ、そうなんじゃないかなって思ってましたけどね。とりあえず一周しましょう」
ダンジョンコア様は後回しにして進むと、やはり三時方向から九時方向に水路があって樹に緩やかに水が流れている。
どっちの水路も樹に流れ込んでるんだけど、どこに流れ出てるんだろう……
「うーん、不思議なのは天井と水路ぐらいだね」
「ダンジョンコアは不思議じゃないの?」
「えー、だってアレはミシャが説明してくれるし」
そんなくだらないやりとりをしているうちに一周して戻ってきた。
ディーとソフィアさんは樹に手をあてて何かしている感じ? 樹の声が聞こえるとかそういうの?
「えーっと、どういう状況か教えてもらえます?」
「はい。この樹なんですが、やっぱりさっきのアレにかなり齧られてたみたいです。
害虫が居なくなったので、これからは大丈夫だと思いますが、できるなら手当てしてあげたいかなと」
「だが、一応、皆に聞いてからにしようと思って待っていた」
ふーむ、この樹を回復させて不都合が出る感じはしないかな?
ただ、ここでこれ以上、この樹を成長させたりすると部屋に入り切らなくなるのではと思ったり。
「私は良いかなって思うけど」
そう言って見回すが反対意見はなさそう。
「良いと思いますよー。今回の依頼はソフィアさんが出しているわけですからー、ソフィアさんがこうした方が良いと思うことですしー」
「そうだね。悪いことするってんなら、あたしは止めるけどさ、傷ついてる樹を治してやろうなんて良い心がけじゃない」
と、先輩二人が賛成してくれたが、
「ボクも賛成だけど、ミシャがダンジョンコアに話を聞いてからが良いと思う!」
というルルの一声で、先にダンジョンコアとご対面することになった。
また、パスワード、いつもの奴なのかな……
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