第51話 パスワード使い回し疑惑

 その日は土手の近くにある空き家で一泊することになった。

 この家の持ち主もサンドリザードが土手を超えてくるようになったので、より北側へと退避中らしい。半年ぐらい前から。


「明日はサンドリザードとブラッドスコーピオンは倒しながら進んだ方が良さそうだな」


「だね。原因が解決できても魔物がすぐ減るわけじゃないし」


 私としてもそれは賛成だけど、あんまり道草食ってると遺跡に着くのも遅れそうなんだよね。

 早朝に出発して、遺跡に着くのは昼前。そこから遺跡の調査がすんなり終われば夕刻には戻ってこれるけど、時間がかかるなら遺跡で一泊かな?


「そういえば気になったんだけど、土手をあの場所に作ったのって、ソフィアさんのご先祖様なんです?」


「はい。百年以上前の話らしいです」


「あの場所が土が変になる境界だと思うんだけど、どうやって調べたんでしょう?」


「今日、ミシャさんが試したように、水を撒いて違いを見て場所を決めたと聞いてます」


 うわぁ、気が遠くなるようなことを……

 でもまあ、それが領主としての義務だもんねぇ。


「となると、それができてない場所は自然に荒野に侵食されたのかな。原因が解決すれば戻るとは思うけど、魔物が逃げ込む先になりそうなんだよね……」


「そうですねー。そこはルルさんが大公姫様に伝えないとですねー」


「マルリー、もう大公姫ではなく、皇太子妃だよ」


 そんなことを話している乙女二人は置いといて、明日の予定を皆に話す。

 野宿で一泊しないといけない可能性があることも含めて。


「ソフィアさんにもついてきてもらうつもりだけど大丈夫です?」


「はい!」


 元気よく返事してくれたし大丈夫かな? クロスケを護衛につけておけば、最悪咥えてでも離脱してくれるだろう。

 見かけた魔物は駆逐していくけど、昼前には遺跡に着くことを優先。

 ロックゴーレムがいるらしいので、それはルシウスの塔の攻略時と同じく、転向させることで対応という方針で。


「おっけー!」


 特に異論はなしで明日に備えて早くに就寝となった。


***


「このミシャさんの作ったスープ、お湯入れるだけでできるってすごいですねー」


 朝はパンと干し肉と野菜スープ。

 で、その野菜スープはフリーズドライを戻したものだ。

 確か凍らせてから真空で水分を飛ばすとかいう手順だったかなーって何度か試して成功。

 昨日、こちらに来る前に、朝ご飯にいただいたスープの残りで作って持ってきた。


「みひゃふぁららひょーはない」


「はいはい、口に物を入れて喋らないの」


 ルルを嗜めつつ、私もスープを飲み干す。うーん、元が美味しいし、これであとは真空パックが再現できれば長く持ち運べるんだけどなー。


「ミシャさん、これってお湯で戻すスープの素みたいな奴ですよね?」


「そうそう。あとは真空包装が再現できればなんだけどね」


 同じ迷い人、日本出身のソフィアさんとコソコソと話す。


「お味噌の作り方って知ってます? 私、高校生でこっちに来たから全然知らなくて……」


「えーっと、大豆を煮て潰して、麹と塩を混ぜて、空気を抜きながら詰める、だったはず。実家のお婆ちゃんがそんなこと言ってた」


「麹を作るのが難しそうですね……」


「んー、ソフィアさんは精霊の力を借りれるから、麹はお願いすればいいんじゃない? あれって確かカビの一種だし」


 カビは樹の精霊魔法で……まあいけるんじゃない?


「試してみます」


 期待しよ。西へ行って戻って来る頃には、焼き魚を醤油で食べられてたり、お味噌汁が飲めたりするといいなあ……


***


「じゃ、出発!」


 ルルの掛け声で土手を降り、南へと進んでいく。

 最前列にサーラさんとクロスケ、私、ルルが続き、ディーとソフィアさんと続いて、最後尾はマルリーさん。

 私の索敵も発動しているが、サーラさんとクロスケの方が鋭そうだ。不意打ちにだけ注意してればいいかな?

 と思ってたら、


「む、我らが行手を阻む不届きものが現れたな。滅してくれよう!」


 サーラさんが病気を発動してダッシュすると、クロスケもそれについていく。

 そんなに深刻な相手でもなさそうなので、私たちも小走りで追いかけた。


「あれがブラッドスコーピオンですか」


「私も初めて見ましたが、かなり大きいんですね」


 ソフィアさんはマルリーさんの後ろに隠れて覗き見ているが、まあ、その気持ちはわかる。

 クロスケより大きいサイズのサソリだもんね。


「サーラさん、大丈夫なんです?」


「大丈夫ですよー。ああ見えて、ほらー」


 マルリーさんの視線の先のサーラさんが……え?

 サソリの前の方にいたと思ったら、次の瞬間、後ろに回って尻尾を切り飛ばしていた。


「ねー。相変わらず『不可視の白銀』の二つ名の通りですねー」


「あの人、何者なんです?」


「まあ、ちょっと特別なハーフリングですねー。それ以上はノーコメントですー」


 特別なハーフリング……ハーフリングってホビットと似たような感じだったような? なんか指輪でも持ってるの? 姿消してるし……

 そんなことを考えているうちに、クロスケがブラッドスコーピオンの両腕を切り飛ばし、無力化したところで、サーラさんが急所にとどめの一撃を入れたようだ。


「よいしょっと。魔石はいまいちだね。ミシャちゃん、よろ」


 手際良く魔石を取り出したサーラさんが清浄をせがむのでさくっと。

 ピンポン球ぐらいの魔石はルルが受け取ってサイドポーチに放り込んでいた。

 こんな感じなら、魔物退治しながらでも余裕かな。


「ん、サーラさん、その尻尾の針って……」


「ブラッドスコーピオンの毒針。物騒だけどこの毒は薬にもなるからね」


 誤って刺さらないように皮袋に納めている。あとで見せてもらう事にしよう。


「ちなみにどういう毒なんです?」


「くっくっく、その毒は体全ての自由を奪うのだ!」


「えーっと、麻痺毒ってことか」


 あれ? 神経毒っていうんだっけ? まあ、前世の記憶では薬にもなってた気がする。漢方だったかな? 

 そういやこっちの薬学は漢方に近いような……鎮痛効果に使ったりするんだろうか。こっちの世界は麻酔とかあるの?


「ミシャ!」


「ワフッ!」


 おっと、置いていかれちゃう。

 私は思索を止めて、慌ててみんなを追いかけた。


***


 二時間強……鐘二つ分は歩いたところで遺跡の外周っぽいあたりに到着。

 荒野にポツンと立つ遺跡は……なんか前世のギリシャ神殿みたいな雰囲気だけど、がっつり崩れ落ちてる。

 そして、付近には……


「ロックゴーレムだな。どうやら警戒行動中のようだ」


「何体かいますねー。各自の警戒範囲があるみたいですがー」


「ミシャ、どうするの?」


 まあ、こういう時は単体を釣って倒していく感じかな。

 ディーに矢を射掛けてもらって、こっちに来たらマルリーさんに受けてもらう。

 あとはまあ、ルルがロックゴーレムを転ばせて、かな?


「では、行くぞ!」


 ディーの放った矢は過たずロックゴーレムの首の付け根に命中する。が、さすがに岩相手に刺さるはずもなく、その一部を抉って落ちる。

 だが、矢を放った方向へと突進してきた。すごくゲームっぽい反応で助かる。


「じゃ、受けますよー」


 気の抜けた声に続いて、ロックゴーレムのパンチを大楯ラージシールドで受け止めた鈍い音が響く。

 次の瞬間、ルルが足を引っ掛けてロックゴーレムを転ばせると、そのまま背中を足で踏んで抑え込む。


「ミシャ、早く早く!」


「はいはい」


《起動》《解析》


 よしよし、ルシウスの塔のゴーレムと同じだ。

 ダンジョンが作るゴーレムはほぼ全部同じだと考えて良さそう。

 というわけで。


《構築》《制御:停止》……《付与》《再実行》


「ルル、終わったよ」


 ルルが足を退けてくれたのを確認し、護衛命令を送信すると、ロックゴーレムがゆっくりと立ち上がった。


「え、ミシャちゃん、今、何したの?」


「あ、知らない人もいたんだった。まあ、ゴーレムの魔法付与を書き換えて乗っ取った的な?」


 それを聞いたサーラさんがぷるぷるしてる。へー、ホントにこういう動きするんだ。

 ソフィアさんは何が起こったのか全く理解できてない風。

 マルリーさんは……悟ったような目をしてるのが、逆にちょっとムカつくというか。


「まあまあ、サーラも落ち着いてー。こういう時は『ミシャだからしょうがない』と思えばいいんですよー」


「だよね。ミシャだからしょうがないんだよ」


 また始まったが、それで理解してくれるんなら、もうそれでいいです。

 とにかく、残りのロックゴーレムもさっさと転向させたいところ。


「ディー、次よろしく」


「ああ、わかった」


 以下繰り返しで、遺跡周辺にいた六体のロックゴーレムを転向させ終わったのは、ちょうどお昼ぐらい。遺跡のサイズを考えると意外と少ない気がする。


「なんだかおかしなことが起きてると思うんですが……」


「ソフィア嬢も気にしてはいけない。ミシャだからしょうがないんだ」


「はいはい。それよりもロックゴーレムが遺跡の大きさの割に少ない気がするんだけど。マルリーさんたちが来た時も六体だったんです?」


「いえー、私たちが来た時は倍はいたかとー。あの時は三体ほど倒してー、遺跡内に飛び込んだら追いかけて来ませんでしたねー」


 おっと、それじゃ全部のゴーレムに構う必要なかったんじゃん。

 それに遺跡に入ってしまえば追いかけて来ないってことは、警備テリトリーはあくまで外周なのかな。


「うーん、じゃあ、この子たちも警備に戻しましょうか。私たちを襲うことはもうないので、背後を取られるよりはいい気がして」


「はぁ、そうだねえ。あたしたちが前に来た時も、遺跡内部にはなんもいなかったし、まあこのメンツなら大丈夫でしょ」


「いいと思いますー。中に入っちゃいましょうー」


 先人のお墨付きももらえたので、私たちは遺跡内部へと足を進める。

 内部と言っても石段を登って、崩れた円柱などが散乱してるような場所だけど。

 石畳に円柱の土台だけが残ってて、まんまギリシャで見かけるような感じ。


「もう少し先にー、地下への階段がありますー」


「クックック、冥府への入り口と相見えるのも久方ぶり。我の右腕に封じられた漆黒の力が震えておるわ!」


 サーラさんの厨二病を聞いて、ソフィアさんも苦笑している。

 あの病気を見ていたたまれなくなるのは迷い人特有かもしれない。あ、日本人限定かな?


「ワフッ!」


「おお、でっかい階段!」


 崩れた石塀の向こうに地下に伸びる大階段が現れた。

 幅は大人四人分ぐらいあって、続く先が暗くなって見えないのでかなり長いっぽい。


「ディー、あかりお願い」


「もちろんだ。任せておけ」


 前方を警戒しつつ、階段をゆっくりと降り始めた。

 クロスケが夜目が効くせいか危険はないと判断して、すたすたと先行していくので、皆もそれについていく感じだ。


「ワフッ!」


「あー、これこれ。懐かしーなー」


 ディーの呼んでくれた光の精霊に照らし出されたのは両開きの大きな扉。

 うーん、私だと開けられない重さだろうね、これ。


「これを開けようとして開かなかったってことですよね?」


「ですー。ディオラに鑑定してもらったんですが、鍵の解除に必要な情報が足りないとかー」


 んんー? ノティアのダンジョンの時みたいに施錠されてて、パスワードが分からないって状態だったってこと?


「とりあえず、私も解析してみますね」


《起動》《解析》


 うーん、確かに魔法で施錠されてるけど、開けるのは力押しっぽい。

 さて、まずはパスワードなしで解錠を試してみるかな。


「把握しました。ちょっと試します」


 みんなが静かに見守ってくれてる間に試してしまいましょ。


《起動》《解錠》


 ダメ。やっぱりパスワードが必要。

 これ、ロゼお姉様が施錠したんなら、前と同じで試してみるかな。

 それがダメだと厳しいんだけど……


《起動》《解錠:4725》


 ガコン! と合わさった扉の中央付近で音がする。

 おっと、当たり? 同じ数値って、ロゼお姉様がズボラなのか、私に任せたってことなのか悩ましいんだけど……

 どっちにしても、文句を言われることでもないよね。


「ミシャ、開いたの!?」


「うん、鍵は外したよ。でも、手で開けないとダメだからね」


「すごいっ!!」


 飛びついてくるルルを受け止めつつ他を見回すと、ディー、マルリーさんはいつもの様子。クロスケもか。ソフィアさんはよくわかってない感じ? サーラさんは何か顔を痙攣ひきつらせてた。


「えーっと、じゃあ、開けて進みたいと思いますけど、ここから先は戦闘の可能性が高いので隊列変更しましょう」


 メイン盾のマルリーさんが最前列。少し下がって左右にルルとサーラさん。その後ろに私とディー。最後尾はソフィアさんとクロスケだ。


「ソフィアさん、万一危なくなったら、クロスケに飛び乗ってくださいね。この子、それくらいは余裕で出来ますから」


「は、はい」


 そう伝え、クロスケの首輪の毛色変化を解くとウィナーウルフの黄金の毛色がよみがえる。


「はあぁ!?」


 サーラさんが目をむいて驚いたのを見て、ああ、これも言い忘れてたなって思い出した……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る