第50話 nullデバイス状態
翌日、朝ご飯をいただいた後、早速、南側にある荒野との境界に向かう。
馬車で二時間ほど進んだところで、ソフィアさんの言う土手が見えてきた。
二人分ほどの高さがあってこちらからは坂道で登って行けるようで……なんか大きな川にあった河川敷みたいな雰囲気。それが東西にずーっと延びている。
「すごいな。これを作ろうとしたソフィア嬢のご先祖は……」
ホントそう思う。
ここを最終防衛ライン?に決める決断とか、将来を見据えた選択だったわけだし、大変だっただろうね。
「この土手の両端はどうなっているんですかー?」
「西側は山脈の裾野で止まっています。東側はトムソン領との境目にある巨石で止まっていますね」
「なるほどな。それで魔物が侵入してくるのはこの辺りなのか?」
「いえ、西側の裾野付近です。土手が山脈にぶつかっているところから、放牧している羊を狙って侵入してくるんです」
ああ、土手の高さを稼げないところからスルッと入ってくるのか。
そんなことを話していると土手の手前に到着した。ここでいったん降りて、土手の向こう側を見る予定だ。
ルルが駆け足で土手を駆け上がり、私たちもそれに続く。
「うわー! すごいね!」
「わかってはいたが、こうも違う風景が広がると驚くしかないな……」
ひび割れた大地にはわずかに枯れた草木の跡があるぐらいという、まるで見本のような荒野が広がっている。振り向くと普通の農村風景が広がっているのも不思議。
「この土手って出来てから何年ぐらい経ってるの?」
「二百年以上と言われています。その間に何度か補修されてはいますが」
「斜面に植えてある樹は土手の強度を上げるためなのかな?」
「私もそう思います。土手を作った際に植樹したという話です」
うーん、よく考えられて作られてるなー。
「この辺りは雨は普通に降るの?」
「はい。雨量は王都よりもあるくらいです。ですが、この土手より向こうでは植物、いえ、土が生きていけないんです」
聞けば、何とか荒野から取り戻せないかという試みが過去に何度かあったらしい。山から土を持ってきて入れ替えてみるとか。
けど、結果は見ての通り全て失敗。ソフィアさんも過去に何度か試してみたらしいけど……
「どうしますかー。一度降りてみますかー?」
「いえ、魔物が侵入するっていう西の端に行って、そこで荒野の方に降りてみましょう」
「おっけー!」
いったん土手を降りて馬車に乗り込み、私たちは土手の西端へと向かった。
***
「あれ? なんか聞こえない?」
ルルのその言葉にディーが馬車から身を乗り出す。
「風の精霊よ!」
その言葉が発せられると、私たちの耳にも何か鐘を乱打したような音が聞こえてくる。
「魔物の侵入を知らせる合図です!」
「マルリーさん、急いで!」
「はいー」
馬に鞭が入って速度が上がる。
私たちはいつでも飛び出せるように各々武器を手に取る。私はただの魔素タンク代わりの
「見えてきたぞ! サンドリザードだ。かなりでかい!」
「ルルさんー、私、盾がそこにあるので、先にお願いしますねー」
「わかった!」
「止まりますよー」
馬車がスピードを落とし、少し右に曲がってから止まると、ルルが左側の扉から飛び出す。
私とディー、ソフィアさんは右側の扉から出て、馬車越しに様子を伺う。
マルリーさんは御者台を降りて馬車の中にある盾を取りに行くようだが、サーラさんはその場で立ち上がってサンドリザードの周りを確認しているようだが、
「我は逃げ遅れた人がいないか見てくるぞ」
とだけ言って御者台を飛び降りて走り出した。
まあ、マルリーさんの知り合いだから多分大丈夫だと思う。
「ディー、先制お願い。クロスケはソフィアさんを守ってて」
「了解だ!」
「ワフッ!」
さて、硬いと噂のサンドリザードにディーの弓が効くのだろうか……
ひゅん! という綺麗な音とともに放たれた矢はまっすぐに飛んでいき……サンドリザードの目に命中する。
え? 狙ったんだよね? 三十メートルぐらいはあったと思うんだけど?
「すごい!」
「弓のおかげだな」
二人がそんなやりとりをしていると、立ち直ったサンドリザードがこちら側にすごい勢いで近づいて来た。
そんなわけで私もボーッと見ている訳にもいかない。とりあえず効きそうな魔法を試してみよ。
《起動》《氷槍》
射出された円錐状の氷塊がサンドリザードの顔に直撃したが、突進の勢いを削いだ程度で効いてないっぽい。やっぱり外皮に当たっても弾かれちゃうのかな。
《起動》《白氷球》
今度はソフトボール大のドライアイスの塊が射出され、再びサンドリザードの顔面に直撃する。
けど、やっぱり効いてないのかな。せめて……
「おや? 動きが鈍くなったようだぞ?」
「あー、うん、効いたのかも」
リザードってとかげだから変温動物だよね。冷たいものをぶつけて体温を下げてやれば動きが鈍るのはラノベとかでよく見たし。
「やっちゃっていいの?」
「うん、ルルお願い。でも、気をつけてね」
そう言うと、ルルがダッシュで助走をつけて
ガツンという鈍い音がして、サンドリザードの頭がひしゃげ、完全に生命活動を停止したようだ。
「すっごい固かった!」
「あらあらー、手伝う必要もなかったみたいですねー」
「えっ、もう退治できたんですか?」
マルリーさんが
まあ、このくらいの魔物だったら全然。もう一つのブラッドスコーピオンっていう魔物の方が気になるかな? サソリなんだし毒持ちだよね、きっと。
「他に魔物はいないみたいだし、逃げ遅れた人とかもいないっぽいよ」
いつの間にそこまで来たのか、左手にある土手の上にサーラさんが立っていた。
「あ、はい。ありがとうございます」
「くっくっくっ、我の目より逃れられる者などおらぬ! とうっ!」
例の病気を発症したサーラさんは、土手からジャンプし、空中で一回転して着地した。普通にすごいんだけど、どうにも褒めづらい。
「あのサンドリザードはどうしますー? 荒野の方に投げ捨てると他の魔物が来そうですしー。それと魔石を回収してもいいかと思いますよー」
「どーれ、我が魔石を回収してやろうではないか」
サーラさんがそう言って腰から抜いた短剣でサンドリザードを解体し始める。
なんだか肉は食用にできるらしいけど、美味しい羊肉があるのに、わざわざトカゲ肉を食べる気はしない……。なので、ディーにお願いして精霊魔法で穴を掘ってもらってそこに埋めてしまった。
「ミシャちゃん、綺麗にしてちょ」
「あ、はいはい」
サーラさんに清浄の魔法をかけると魔石を渡される。サイズとしては……ピンポン球ぐらい? ゴブリンだとビー玉ぐらいらしいけど、倒したサンドリザードは結構大きかったからかな。
いや、もらっても困るんだけど、とりあえず戦利品ということで預かっておくことにした。一応、売ればお金になるんだっけ? その辺は最後でいいかな。
「えーっと話の途中になってたけど、魔物が乗り越えてくるのはあのあたり?」
「はい、そうです。斜面づたいに乗り越えてくるので柵を作ったりしたんですが……」
「さっきの勢いがあると、かなり頑丈にしないと壊れちゃうよね」
ショボンとした顔で頷くソフィアさん。
じゃ、とりあえず先にそれを解決しておこうかな。
「ミシャさんー、魔法で壁を作るつもりですかー?」
「ええ、分厚い石壁を高めに作っておけばいいかなって」
「ありがとうございます!」
ということで、私たちは土手に登って山肌と接しているところまで進む。
荒野側を見渡しても今のところ魔物の姿は見えないけど、念のため警戒はしてもらっている。
「ボクたちが見張ってるから、ミシャは魔法に専念してね!」
「ん、ありがと」
《起動》《石壁》
土手の端と山肌に沿ってかなり厚めの石壁を作る。これでもさらに石壁を越えるところまで山肌を登られたらダメなんだけどね。
「ふう、こんな感じですかね」
「すごいですね……」
「ミシャちゃん大丈夫? こんなサイズの石壁作ると普通はぶっ倒れるんだけど」
「大丈夫です。この杖は土木向きの奴ですし」
あと言えないけどエリカからもらったローブが強過ぎる。
「そんなあっさり大丈夫って言われても。さっき二発魔法撃った後だし、石壁だって普通は少しずつ作るもんだと思うんだけど……」
「ミシャならこれくらいはね!」
「ですねー」
「だな」
はいはい、お約束どうも。
さて、あとは荒野の方をちょっと様子見たいけど……どうやって降りよう。
ちょっと覗いてみた感じ、大人二人分以上の高さあるんだけど。少なくとも、私とソフィアさんは降りれないでしょ。んで、降りたあとどうやって登るの?
「ねえ、ちょっと向こうに行ってみたい!」
「うーん、そうなんだけど土手から向こうに降りるの大変だよね?」
「そういうことなら少し待ってくれ。そうだな、ソフィア嬢、ちょっと手を貸してくれるか」
「は、はい!」
ディーは何をするんだろうと見ていると、ソフィアさんに精霊魔法の使い方を教えているみたい?
まあ、今日は急いでないしとその場に腰を下ろすと、ルルとクロスケが後ろからじゃれついてくる。
「や、やってみます……。樹の精霊よ……」
左手を胸に当てて、多分ディーにもらったネックレスを握ってるのかな?
その手から光が溢れ始め、地面に触れた右手へと伝わっていくと、そこから急激に蔓草があふれて荒野側へと垂れ伸びていく。
「おお、すごいすごい!」
ルルが首根っこに抱きついたままはしゃぐので首が……
「うむ、さすがだな」
「なるほど、これに捕まって降りようってことね」
ディーは頷くと、その蔓草の束を使ってスルスルと荒野側に降りた。さすがエルフ。
次にルルが滑るように降り、私も気をつけながら降りた。
マルリーさんは
で、サーラさんとクロスケは蔓草を使わず、そのままジャンプして降りた……
「サーラさんはともかく、クロスケは帰りどうやって登るの?」
「ワフッ!」
見てろとばかりに吠え……えええ!? 空中を駆けてるんだけど?
また土手の上に戻ったクロスケだったが、すぐに階段を降りるように宙を駆けて戻って来た。
あ、ああ、そういうこと?
魔素膜……はちょっと薄くて怖いので、魔法障壁を膝高に作って乗れる……かな?
「ええっ!」
うん、みんな驚くよね。青い半透明の板が宙に浮いていて、私がその上に乗ってるんだから。
「ミシャさんー、魔法障壁の研究を進めてたんですねー」
「ええ、こういう使い方なら大丈夫そうですね」
魔法障壁を消して地面に降りる。
クロスケはこれと同じことをピンポイントでやってたんだと思う、多分。
凄く小さくても狼の身体能力があれば余裕なんだろうね。
「ワフワフ」
クロスケがその通りという顔をしてるので撫でてあげよう。
「ミシャ、ボクも乗ってみたい!」
「それは後でね。とりあえず地面の様子を見てみたいから、ルルちょっと掘ってみてくれる?」
ルルはぶーたれながらも
結構深く、膝の高さぐらいまで掘ってもらったが、ただただ乾いた土が現れるだけだ。
「ふむ、全く水分がないな」
「ちょっと水撒いてみようか」
《構築》《元素》《水》
掘った穴一杯に水が満たされる……が、あっという間に消え去り、湿った土すら残らない。
いや、これおかしいでしょ。
「普通の土を持ってきても、一日経つとこんな風になってしまうんです」
「うん、これは普通じゃないね」
「ふむ、かつて我らが理を見極めんとしたときと変わらぬようだな」
「ですねー。結局、あの時は止められちゃいましたがー、今回はミシャさんもいますしー、ちゃんと解決しておきたいところですー」
乙女二人の会話はスルー。
原因と思われる遺跡の調査は明日からかな? ここからずっと先という話だけど、地平線に見えないので少なくとも五キロ以上離れてるんだろう。
「その遺跡まではどれくらいの距離があるんです?」
「歩きで鐘二つか三つぐらいだった気がしますねー。朝早く出てお日様が真上に来る前には着いてましたよー」
うーん、そうなると一泊を想定しないとダメかな? できれば日帰りで終わらせたかったけど、野営の準備もしておかないと。
「よし、今日はこの辺にして、明日の朝から遺跡に行きましょうか」
「了解! ミシャ、階段出して、階段!」
結局、帰りはみんな、私が出した魔素障壁の階段を登って帰ったんだけど、一人使うごとに魔法障壁を作り直す必要があった。
そういえば、魔法障壁って他人の魔素で打ち消されるんだっけ……
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